仕事の待機時間を指示されるオンコール勤務は、医療従事者やITエンジニア、インフラ担当者など多くの職種で導入されています。
しかし、実際に業務の電話がかかってこなかったとしても、ただ待機しているだけで睡眠の質が著しく低下することが研究によって明らかになっています。
2018年に発表されたシークィーンズランド大学の研究から、オンコール待機に伴う「いつ呼ばれるか分からない」という予測不可能性と「着信を見逃すかもしれない」という心理的緊張が、脳を覚醒状態に維持させ、夜間の睡眠を深く妨げることが示されています。
本研究は、心理学的実験や行動モニタリング、アンケート調査といった複数の知見を総合した学術的解説記事がベースとなっており、待機ストレスが人間の睡眠生理に与える悪影響を科学的に説明するものです。
ただし、実際の個人の睡眠妨害の程度や耐性には、職種や個人の性格による差が存在するため、すべての待機労働者に均一な影響が出るかどうかの詳細な個体差については、研究の文脈上、やや不確定な要素が含まれます。
以下に研究の内容をまとめます。
参考研究)
オンコール勤務とは

オンコール勤務は、通常の勤務時間外であっても、雇用主からの要請があれば即座に仕事を始められるよう準備しておく働き方を指します。
この働き方は、緊急対応を必要とする医療現場の医師や看護師をはじめ、夜間のシステム障害に対応するIT労働者、電力やガスなどのインフラ作業員、配送アプリで待機するギグワーカーに至るまで幅広い産業で導入されています。
オンコール期間中、労働者は職場や自宅、あるいは連絡が取れる場所に留まり、電話や専用の端末を肌身離さず持ち歩くことが求められます。
連絡が入った場合、電話で指示を出したり、遠隔でパソコン操作を行ったり、場合によっては直接現場へ駆けつけなければなりません。
したがって、表目的には休日や休憩時間のように見えても、精神的にはプライベートのモードから仕事のモードへ一瞬で切り替えなければならない緊張状態に置かれます。
なぜ着信がなくても睡眠が阻害されるのか
睡眠を妨げる最大の要因は、深夜に電話が鳴ること自体だけではありません。
研究者によれば、「いつ呼び出されるか分からない」という予測不可能性と、「着信に気づかず失敗するのではないか」という予感不安そのものが、脳に強いストレスを与えるとされています。
人間が健全な睡眠をとるためには、自律神経が交感神経優位の「緊張モード」から副交感神経優位の「リラックスモード」へと移行する必要があります。
しかし、オンコール状態にある脳は、いつでも緊急事態に反応できるよう、無意識のうちに警戒態勢を維持してしまいます。
この現象は「予測効果」と呼ばれ、まだ起きていない未来の出来事を警戒することで、脳の深部が覚醒したままになってしまう生理現象を意味します。
さらに、一度着信を受けて対応した場合、夜間の貴重な睡眠時間が削られます。
作業が終わった後も、興奮した脳が収まらずに再入眠が困難になるため、実質的な睡眠時間は大幅に削られてしまいます。
睡眠不足がもたらす身体的・精神的リスク

睡眠が断続的になったり質が低下したりすると、脳と身体の回復プロセスが著しく阻害されます。
睡眠中に脳は、記憶の定着、感情の整理、そして注意力の回復といった重要な作業を行っています。
睡眠の質が落ちることで、まるで「バッテリーが切れかけたスマートフォンを無理に動かしている状態」に陥り、日中のパフォーマンスが全体的に低下します。
具体的には、集中力の低下、反応速度の遅れ、感情調整の悪化、意思決定力の低下などが引き起こされます。
医療や運送などの現場では、こうした判断力の鈍化が重大な事故や医療ミスの発生リスクを直結して高めることになります。
長期的な影響としても、慢性的な睡眠障害は心臓疾患、糖尿病、肥満、メンタルヘルスの悪化といった深刻な疾患のリスクを増大させることが科学的に証明されています。
個人の努力と組織的な対策の限界
睡眠を守るための取り組みとして、個人でできる予防策が存在します。
例えば、オンコールの夜は通常より早めにベッドに入ることや、寝室を涼しく暗く静かな環境に保つことが挙げられます。
カフェインやアルコールの摂取を控え、就寝直前の重い食事を避けることも推奨されます。
しかしながら、研究者たちは個人の生活習慣の改善だけではオンコール勤務による睡眠障害を根本的に解決することは不可能であると指摘しています。
個人がどれほど努力しても、待機という労働構造そのものが脳に緊張を強いるためです。
したがって、根本的な解決策は組織による働き方の設計にあります。
事業主は、夜間のオンコール対応を行った労働者に対して、翌朝早いシフトへの出勤を免除するような柔軟な制度設計を行う必要があります。
また、待機作業から完全に解放されて心身を回復させるための「オフコール期間」をシフトの中に十分に組み込むことが強く求められています。
睡眠の質を高めるために
オンコール勤務や夜間の急な呼び出しに対応せざるを得ない生活を送っている場合、日常の健康を維持するために以下の点に注意して過ごすことが推奨されます。
待機中の「睡眠の質」を高める工夫をする: 枕元に置くスマートフォンの通知音は、必要最小限の緊急連絡のみが鳴るように設定し、無駄な通知で脳が覚醒しない環境を作ることが推奨されます。
寝室は光や音を遮断し、脳が少しでもリラックスできる環境を整えることが大切です。
呼び出し後のリカバリーを最優先する: 夜間に呼び出し対応が発生した場合は、その後の時間で短時間の仮眠(パワーナップ)を取るなど、睡眠負債をその日のうちに少しでも解消する意識を持つことも重要です。
限界を感じたら組織に相談する: 待機ストレスによる不眠や疲労が蓄積している場合は、放置せずにシフトの調整や待機頻度の見直しを職場や医師に相談し、過度な健康被害を防ぐ行動が望まれます。
まとめ
・オンコール勤務は、実際に電話がかかってこなくても「呼び出されるかもしれない」という緊張感だけで睡眠の質を大きく低下させる
・睡眠不足は脳の回復を妨げ、集中力低下や事故のリスクを高めるだけでなく、長期的には心疾患や糖尿病などの健康リスクを引き起こる
・個人の睡眠習慣の改善には限界があるため、雇用主側が待機後の十分な休日や回復時間を保証するシフト設計を行うことが不可欠


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