2021-10

哲学

「聖書は人が作った文書として見るべきだ」~スピノザ~

スピノザ 盲 目に神を信じるのではなく、自ら考えるのだ。   1670年、バールーフ・デ・スピノザ(1632~1677年)は自身が刊行した"神学・政治学”の中で、聖書を特別扱いするのではなく人間が作った文書として見るべきで...
宗教

半殺しの旅人を助けたのは…~善きサマリア人~

ユダヤ人のある律法学者は、「どうすれば救われますか?」とイエスに尋ねました。    イエスは「律法には何と書かれているのか?」と聞き返しました。    律法学者は「隣人を自分のように愛しなさい」と書いてあることを答...
歴史

覇権国VS新興国~トゥキディデスの罠~

古代ギリシャの歴史家トゥキディデスは、ギリシャ全土を巻き込んだスパルタVSアテナイの戦いを描いた“戦史”を著しました。    先に紹介した大戦争(ペロポネソス戦争)ではアテナイ軍の将軍として戦場に立っていました。    ...
その他

野口英世記念館に行ってきました!

今回は先日訪れた、福島県猪苗代町にある野口英世記念館の紹介です!    その日の午前中は凄まじい夕立に見舞われましたが、午後はしっかり晴れてドライブ日和でした!    福島の名所である猪苗代湖を見るのは初めてのこと...
歴史

【記事まとめ】野口英世の一生

今回の更新は日本の細菌学者野口英世です。   千円札の顔であり、名前を知らない人はいないと言っていいほど有名な人物ですね。    彼の母であるシカの話と、野口英世が誕生してからこの世を去るまでをまとめています。 ...
歴史

最後の研究~野口英世 最終話~

の続き…。    黄熱病への切り札 1918年、野口は病原体を見つけるためにエクアドルのグアヤキルに派遣されます。    黄熱病は当時ロックフェラー財団が本腰を入れて取り組んでいたテーマでした。 ...
歴史

母の手紙~野口英世⑧~

の続き…。    医学会を駆け抜ける野口の功績 1904年、ロックフェラー所長に就任したフレクスナー所長の推薦もあり、一等助手として迎えられた野口。    研究者としての熱も冷めることなく、文字通...
歴史

フレクスナー博士との出会い~野口英世⑦~

の続き…。    アメリカへの足掛かり?を掴む 名を“野口英世”に改めた清作。(以降野口に統一)    北里研究所に帰るとアメリカの視察団が研究所の視察をするための通訳兼案内役を頼まれます。 ...
歴史

野口清作、“英世”の名を授かる~野口英世⑥~

の続き…。   医学研究の道を目指す 20歳で医師免許を取得した清作。    地元に戻って医師として開業する手もありましたが、開業資金が無いことと左手を患者に見られたくない思いがあり臨床医を断念。...
歴史

志を得ざれば再び此地を踏まず~野口英世⑤~

の続き…。   血脇守之助先生との出会い 渡辺ドクトルの元で勉強と研究を続ける清作ですが、その勤勉さと賢さからドクトル不在時の病院会計の仕事までをも任されるようになりました。   そんなとき、出張...
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