「糖質制限」と言えば、ここ十数年で世界的に広まった食事法のひとつです。
ご飯やパン、麺類などの炭水化物を減らすことで体重減少を目指す方法であり、日本でもダイエットや血糖管理を目的として実践する人が増えています。
しかし、極端に炭水化物を減らす食事は、本当に長期的な健康につながるのでしょうか。
この疑問に対して、2018年に医学誌『The Lancet Public Health』に掲載された大規模研究は、興味深い結果を示しました。
研究では、炭水化物の摂取量が少なすぎても、多すぎても死亡リスクが上昇する可能性が示され、さらに、糖質の代わりに何を食べるのかによって健康への影響が大きく変わることも明らかになりました。
研究を主導したのは、アメリカのブリガム・アンド・ウィメンズ病院およびハーバードT.H.チャン公衆衛生大学院らによす研究チームです。
解析には40万人以上のデータが含まれており、栄養学研究としては非常に大規模なものとなっています。
以下に研究の内容をまとめます。
参考研究)
・Dietary carbohydrate intake and mortality: a prospective cohort study and meta-analysis(2018/08/16)
研究の背景:なぜ「糖質制限」が注目されてきたのか

炭水化物は、私たちの体にとって主要なエネルギー源です。
ご飯、パン、パスタ、果物、イモ類などに多く含まれており、摂取すると体内でブドウ糖へ分解されます。
しかし近年では、糖質を減らすことで血糖値の急上昇を防ぎ、体脂肪を減らしやすくするという考えから、「低炭水化物食(Low-Carbohydrate Diet)」が広く普及しました。
特に、ケトジェニックダイエット、アトキンスダイエット、パレオダイエットなどは海外を中心に大きな人気を集めました。
・ケトジェニックダイエット(Ketogenic Diet)
炭水化物を極端に減らし、脂質を主なエネルギー源にする食事法。体内で「ケトン体」を増やして脂肪燃焼を促すことを目的としている。
一般的には、糖質を1日の摂取エネルギーの5〜10%程度まで制限する。
・アトキンスダイエット(Atkins Diet)
炭水化物を制限しながら、肉・卵・チーズなどのタンパク質や脂質を比較的自由に摂取する低糖質食。(炭水化物:1食20g以下、1日20g〜40g程度)初期は厳格に糖質を減らすが、段階的に炭水化物を増やしていく特徴がある。
・パレオダイエット(Paleo Diet)
「旧石器時代の食生活」を再現する考え方に基づく食事法。肉、魚、野菜、果物、ナッツ類を中心にし、加工食品、穀物、乳製品、精製糖などを避け、「自然な食品」を重視する点が特徴。
これらの食事法は短期的には体重減少効果が報告されることもありますが、問題は「長期間続けた場合にどうなるのか」という点でした。
研究チームは、これまでの研究で結果が一致していなかったことから、大規模データを用いて改めて検証を行いました。
研究の内容:40万人超を対象にした大規模解析
今回の研究では、アメリカで行われていた「ARIC研究(Atherosclerosis Risk in Communities)」という長期追跡研究のデータが利用されました。
対象となったのは、45〜64歳の男女15,428人です。
研究参加者は1987〜1989年の時点で食事内容について詳細なアンケートに回答しており、その後、およそ25年間にわたって追跡されました。
さらに研究チームは、このARIC研究だけでなく、世界各国で行われた7つの前向きコホート研究も統合しました。
「前向きコホート研究」とは、健康な人々を長期間追跡し、将来どのような病気や死亡が起きるかを調べる研究手法です。
比較的信頼性が高い観察研究として知られています。
最終的には、43万人以上のデータが解析対象となりました。
最も死亡リスクが低かったのは「中程度の糖質摂取」
研究で最も注目されたのは、炭水化物摂取量と死亡リスクの関係が「U字型」になっていたことです。
炭水化物摂取量と死亡リスクの関係を示したグラフ(参考研究より) ・炭水化物食の人は、中程度摂取の人より死亡リスクが20%高かった
・高炭水化物食の人も、中程度摂取の人より死亡リスクが23%高かった
つまり、炭水化物が少なすぎても危険、炭水化物が多すぎても危険、中程度が最もリスクが低いという結果が示されたということです。
具体的には、総エネルギー摂取量の50〜55%程度を炭水化物から摂取していた人たちが、最も死亡リスクが低いことが示されました。
一方で、炭水化物比率が40%未満、炭水化物比率が70%超の人たちでは、死亡リスク上昇が確認されました。
ここが注目すべきポイントで、一般的に「糖質=悪」と考えられていたものが、この研究は、極端な制限が必ずしも健康的とは限らないことを示唆しています。
「何を代わりに食べるか」が重要だった
さらに興味深いのは、低炭水化物食の内容によって結果が大きく異なった点です。
Dietary carbohydrate intake and mortality: a prospective cohort study and meta-analysisより ・炭水化物を減らした代わりに、牛肉、豚肉、ラム肉、鶏肉などの動物性脂肪・動物性タンパク質を多く摂っていた人では、死亡リスクが上昇していた
・炭水化物を減らした代わりに、野菜、ナッツ、ピーナッツバター、全粒穀物などの植物由来食品を中心にしていた人では、死亡リスクが低下する傾向がみられた
つまり研究結果は、単純に「糖質を減らせばよい」という話ではなく、「糖質を減らしたあとに何を食べるのか」が極めて重要であることを示しています。
なぜ極端な糖質制限が問題になる可能性があるのか
研究では原因までは断定されていませんが、いくつかの可能性が考えられています。
まず、動物性食品中心の低糖質食では、飽和脂肪酸、加工肉、炎症性物質などの摂取量が増える可能性があります。
飽和脂肪酸とは、主に肉の脂身やバターなどに多い脂質で、摂りすぎると心血管疾患リスクに影響する可能性が指摘されています。
また、植物性食品を減らすことで、食物繊維、ポリフェノール、ビタミン、ミネラルなどが不足しやすくなることも考えられます。
食物繊維は腸内細菌のエサとなり、腸内環境の維持に重要な役割を果たします。
さらに、全粒穀物や野菜には抗酸化作用を持つ成分が含まれており、慢性炎症の抑制に関与している可能性があります。
一方で、炭水化物が多すぎる食事も問題となり得ます。
特に精製された白米や白パン、砂糖の多い食品ばかりを摂取すると、血糖変動が大きくなり、肥満や糖尿病リスク上昇につながる可能性があります。
つまり研究は、「炭水化物を極端に避ける」のでも、「大量に摂る」のでもなく、バランスが重要であることを示唆しているのです。
ただし「因果関係」は証明できない
この研究には重要な限界もあります。
最大のポイントは、これは「観察研究」であり、因果関係を直接証明するものではないという点です。
たとえば、低糖質食を実践していた人が、もともと健康問題を抱えていた可能性があることや運動習慣や喫煙習慣の違い、食事アンケートの誤差などの影響を完全には排除できません。
また、食事調査は自己申告で行われているため、実際の摂取量とのズレがある可能性もあります。
さらに、「炭水化物」といっても、白米、全粒穀物、野菜、果物、菓子類では健康への影響が大きく異なります。
しかし今回の研究では、炭水化物の“質”については十分に細かく分析されていない部分もあります。
そのため、「糖質制限は危険」あるいは「炭水化物を食べれば長生きする」と単純化して解釈するのは適切ではありません。
現在の栄養学でも「極端さ」は推奨されていない

現在、多くの栄養ガイドラインでは、炭水化物を完全に悪者扱いしていません。
むしろ、精製度の低い炭水化物、野菜、豆類、全粒穀物などを適量摂取する「地中海食」に近いパターンが、長期的健康との関連で高く評価されています。
今回の研究結果も、「適度な炭水化物+植物性食品重視」という点で、現在の栄養学の流れと比較的整合しているように見えます。
ただし、個人差も大きいため、糖尿病、腎疾患、肥満、アスリートなどでは、適切な栄養バランスが異なる可能性があります。
総括
今回の研究では、炭水化物摂取量が少なすぎても多すぎても死亡リスク上昇と関連する可能性が示されました。
また、低糖質食であっても、植物性食品を中心にするか、動物性食品を中心にするかで結果が異なることも明らかになっています。
近年は「糖質悪玉論」が広がりやすい傾向がありますが、実際の栄養学はそれほど単純ではありません。
食事において重要なのは、「特定の栄養素を極端に排除すること」ではなく、食品全体のバランスや質を考えることなのかもしれません。
日常生活では、極端な糖質制限を長期間続けないことや加工食品や加工肉に偏りすぎないこと、野菜・豆類・全粒穀物を適度に取り入れることといった点を意識することが、長期的な健康維持につながる可能性があります。
まとめ
・炭水化物摂取量は「少なすぎても多すぎても」死亡リスク上昇と関連していた
・低糖質食でも、植物性食品中心のほうが健康的な傾向がみられた
・観察研究によるもののため、因果関係を完全に証明したわけではない
・しかし、極端な食事は避けた方が長期的には健康的な可能性が示されている




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