ビタミンD(化学名:カルシフェロール)は一般的に「骨の健康」に関係する栄養素として知られています。
しかし近年では、それだけではなく、免疫機能や炎症調節、さらには痛みの感じ方にも関与している可能性が注目されています。
今回、エジプトのファイユーム大学の研究チームは、乳がん患者を対象に、手術前のビタミンD状態と術後の痛みとの関連を調査しました。
その結果、ビタミンDが不足していた患者では、術後の痛みが強く、オピオイド鎮痛薬の使用量も大幅に増加していたことが明らかになりました。
特に、ビタミンD欠乏の患者では、術後24時間以内に中等度から重度の痛みを経験する割合が約3倍に増加していたと報告されています。
また、術後に使用されたオピオイド系鎮痛薬「トラマドール」の使用量も大きく増えていました。
研究チームは、手術前にビタミンD不足を改善することが、術後回復を助ける可能性があると指摘しています。
ただし、この研究は観察研究であり、ビタミンD不足が直接的に痛みを引き起こしたことを証明したわけではありません。
以下に研究の内容をまとめます。
参考研究)
ビタミンDが注目されている理由

ビタミンDは脂溶性ビタミンの一種で、カルシウム吸収を助ける働きで知られています。
しかし最近では、それ以外にも多くの役割があることが分かってきました。
特に注目されているのが、炎症反応の調節です。
炎症とは、体が損傷や感染から身を守るために起こす反応ですが、過剰になると痛みや組織障害につながります。
ビタミンDには、この炎症を抑制する可能性があると考えられています。
また、ビタミンDは免疫細胞にも作用するとされており、神経系を通じて「痛みの感受性」に影響している可能性も示唆されています。
さらに、乳がん患者ではビタミンD不足が比較的多く見られることも、以前から報告されていました。
研究はどのように行われたのか
今回の研究は、2024年9月から2025年4月にかけて、エジプトのファイユーム大学病院で実施されました。
研究には、片側乳房切除術(乳房を切除しつつ、一部のリンパ節も取り除く手術方法)を受ける184人の乳がん患者が参加しました。
参加者は、血中ビタミンD濃度によって2群に分けられました。
・ビタミンD欠乏群:30 nmol/L未満
・ビタミンD十分群:30 nmol/L以上
両グループの年齢構成はほぼ同じで、平均年齢は44歳と42歳でした。
重要なのは、患者を担当した医師や看護師は、患者のビタミンD状態を知らされていなかった点です。
これにより、治療者側の先入観による影響を減らそうとしていました。
また、すべての患者は同じ標準治療を受けています。
術後の痛みの評価
手術中、患者には急性痛を抑えるためにフェンタニルが投与されました。
フェンタニルは非常に強力なオピオイド鎮痛薬で、麻酔や術中疼痛管理で広く使用されている薬物です。
さらに術後には、全員に静脈内パラセタモールが8時間ごとに投与されました。
また患者は、自分でボタンを押して鎮痛薬を追加投与できる「PCA(患者自己調節鎮痛法)」も利用できました。
PCAとは、患者自身が必要に応じて痛み止めを追加できるシステムで、術後疼痛管理でよく使われます。
追加薬剤として使用されたのはフェンタニルよりは比較的弱い作用を持つオピオイド系鎮痛薬のトラマドールでした。
研究チームは、術後すぐ、そして6時間後、12時間後、18時間後、24時間後に痛みを評価しました。
さらに以下の項目も調査しています。
・吐き気
・嘔吐
・鎮静状態
・入院期間
ビタミンD不足患者では痛みが3倍多かった
研究結果で最も注目されたのは、ビタミンD不足群で痛みが顕著に増えていた点です。
ビタミンDが不足していた患者は、術後24時間以内に中等度から重度の痛みを経験する割合が約3倍高かったと報告されました。
なお研究では、0〜10点の疼痛スケールが用いられました。
このスケールでは、以下の分類がされました。
・0:痛みなし
・1〜3:軽度
・4〜6:中等度
・7以上:重度
興味深いことに、どちらの群でも「7以上の重度疼痛」を訴えた患者はいませんでした。
つまり差が現れたのは、「軽度の痛み」ではなく、4〜6点の中等度疼痛を訴える患者数が増えたことによるものでした。
これは、ビタミンD不足が「耐え難い激痛」を生むというより、術後回復期の不快感や持続的な痛みを増加させていた可能性を示しています。
オピオイド使用量も大幅に増加
もう一つ重要だったのは、オピオイド使用量の違いです。

手術中、ビタミンD欠乏群ではフェンタニル使用量が平均8μg多くなっていました。
研究チームは、この増加について「比較的小さい差」と説明しています。
しかし術後になると差は大きく広がりました。
ビタミンD不足患者では、トラマドール使用量が平均112mg多かったのです。
これはかなり大きな差であり、患者がより強い痛みを感じていた可能性を示唆しています。
オピオイド増加による副作用リスク
オピオイド系鎮痛薬は強力ですが、副作用も少なくありません。
代表的な副作用には、吐き気、嘔吐、眠気、混乱、呼吸抑制などがあります。
さらに長期使用では依存や中毒の問題もあります。
今回の研究でも、ビタミンD不足群では術後の吐き気がより多く見られました。
嘔吐は欠乏群でのみ報告されましたが、研究チームは「統計学的に有意な差ではない」と説明しています。
「統計学的有意差」とは、偶然では説明しにくい差であることを意味します。
つまり、今回の嘔吐データだけでは、「ビタミンD不足が確実に嘔吐を増やす」とまでは言えないということです。
研究の限界もある
研究チームは、今回の研究にはいくつか重要な限界があることも認めています。
まず、この研究は「観察研究」です。
観察研究とは、患者を観察して関連性を調べる研究であり、原因と結果を直接証明するものではありません。
そのため、「ビタミンD不足が痛みを増やした」のか、「痛みが強い人ほどビタミンDが低かった」のかどちらなのかは断定できません。
また研究は単一施設、つまり1つの病院だけで実施されました。
そのため、他国や他民族でも同じ結果になるかは不明です。
さらに研究では、以下の要因が評価されていませんでした。
・不安
・うつ症状
・がんの進行度
・過去の治療歴
・睡眠障害
これらはいずれも痛みに影響する可能性があります。
また研究チームは、炎症マーカーも測定していませんでした。
炎症マーカーとは、体内炎症の程度を示す血液指標です。
そのため、「なぜビタミンD不足で痛みが増えたのか」というメカニズムは、まだ完全には分かっていません。
ビタミンD補充は有効なのか

研究チームは、術前ビタミンD補充が有望な可能性を持つと述べています。
特に、血中ビタミンD濃度が30 nmol/L未満の患者では、術前補充が疼痛軽減に役立つ可能性があるとしています。
ただし、ここで重要なのは、今回の研究では実際にビタミンDサプリメント投与を行っていないという点です。
つまり、「ビタミンDを補えば本当に痛みが減るのか」については、まだ直接証明されていません。
この点は誤解しやすいため注意が必要です。
今後は、ビタミンD補充を実際に行う介入試験(ランダム化比較試験)が必要になるでしょう。
ランダム化比較試験とは、被験者を無作為に分けて治療効果を検証する研究方法で、医学研究では信頼性が高いとされています。
今回の研究から見えてきたこと
今回の研究は、ビタミンDが単なる「骨の栄養素」ではなく、痛みや術後回復にも関与している可能性を示した点で興味深い内容でした。
特に乳がん患者では、栄養状態や炎症状態、免疫機能が複雑に絡み合っています。
その中でビタミンD不足が術後回復に影響する可能性は、今後さらに注目されるかもしれません。
一方で、現時点では「ビタミンDを飲めば痛みが確実に減る」と結論づける段階ではありません。
自己判断で大量摂取を行うのではなく、必要に応じて医師と相談しながら適切な血中濃度を確認することが重要です。
特にビタミンDは脂溶性ビタミンであり、過剰摂取によって高カルシウム血症などを起こす可能性もあります。
高カルシウム血症とは、血液中カルシウム濃度が異常に高くなる状態で、腎障害や不整脈を引き起こすことがあります。
今回の研究は、術後回復における「栄養状態」の重要性を改めて示したとも言えます。
特に乳がん患者では、治療だけでなく、栄養や睡眠、精神状態など多角的なケアが重要になるでしょう。
ビタミンD不足は自覚症状が乏しいことも多いため、気になる場合は血液検査で確認することも一つの方法です。
まとめ
・ビタミンD不足の乳がん患者では、術後の中等度疼痛とオピオイド使用量が増加していた
・ビタミンDは炎症や免疫、痛みの調節に関与している可能性がある
・ただし観察研究であるため、ビタミンD不足が直接の原因とはまだ断定できない

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