膵臓がんは、現在知られているがんの中でも特に予後が悪い疾患の一つです。
発見時にはすでに進行していることが多く、治療の選択肢も限られているため、予防法の確立が重要な課題となっています。
そんな中、アメリカのイェール大学の研究チームは、食事中の脂肪が膵臓がんに与える影響について詳しく調べた結果、脂肪の総摂取量よりも「どの種類の脂肪を摂取するか」が重要である可能性を報告しました。
研究では、オリーブオイルに多く含まれるオレイン酸が膵臓がんの進行を促進する一方で、魚油に豊富なオメガ3脂肪酸は病気の進行を大きく抑制し、マウスでは発症負荷を約50%減少させる効果が確認されました。
ただし、この研究はマウスを対象に行われたものであり、人間でも同じ結果になるかはまだ確認されていません。
そのため、現時点で「オリーブオイルが膵臓がんを引き起こす」と結論づけることはできません。
しかし、脂肪酸の種類ががんの発生や進行に深く関与する可能性を示した重要な研究として注目されています。
以下に研究の内容をまとめます。
参考研究)
・Diet-induced phospholipid remodeling dictates ferroptosis sensitivity and tumorigenesis in the pancreas(2026/06/02)
膵臓がんと食事脂肪の関係
今回の研究は、アメリカのイェール大学医学部遺伝学部門の研究者らによって行われたものです。
研究成果は、米国がん研究学会(American Association for Cancer Research)の学術誌『Cancer Discovery』に掲載されています。
研究対象となったのは、膵管腺がん(Pancreatic Ductal Adenocarcinoma:PDAC)です。
膵管腺がんとは、膵臓がんの中で最も多いタイプであり、全体の約90%以上を占めるとされています。
進行が速く転移しやすいことから、極めて死亡率の高いがんとして知られています。
研究の第一人者であるChristian Felipe Ruiz氏によれば、米国では年間約6万5000人がPDACと診断され、そのうち5万人以上が死亡すると予測されています。
また、5年生存率は約13%にとどまっています。
これまでの研究では、高脂肪食が膵臓がんリスクを高める可能性が指摘されていました。
しかし、「脂肪そのものが問題なのか」、「特定の脂肪酸が問題なのか」については明確になっていませんでした。
そこで研究チームは、脂肪の種類ごとの影響を詳しく調べることにしました。
12種類の高脂肪食を比較
過去の動物実験では、ラード由来の脂肪を大量に含む極端な高脂肪食が用いられることが一般的でした。
しかし、そのような食事は人間の日常的な食生活を十分に反映しているとは言えません。
そこで研究チームは、脂肪源だけを変えた12種類の高脂肪食を作製しました。
すべての食事は総カロリーを同じに設定し、違いは脂肪の種類だけになるよう調整されています。
さらに、ヒトの膵管腺がんに非常によく似た病態を発症する遺伝子改変マウスを用いて比較が行われました。
この方法によって、脂肪酸ごとの影響をより正確に評価できるようになりました。
オレイン酸は腫瘍の成長を促進した

研究で特に注目されたのが、オレイン酸(Oleic Acid)です。
オレイン酸は、オリーブオイル、ピーナッツ、ラードなどに多く含まれる脂肪酸です。
また、オレイン酸は一価不飽和脂肪酸(Monounsaturated Fatty Acid:MUFA)に分類されます。
一価不飽和脂肪酸とは、分子内に一つの二重結合を持つ脂肪酸で、一般的には心血管疾患リスクを下げる可能性がある「健康的な脂肪」として知られています。
ところが今回の研究では、オレイン酸を多く含む食事を与えたマウスで、膵臓がんの進行が著しく加速しました。
オリーブオイルは長年にわたり地中海食の中心的な食品として推奨されてきました。
そのため、オレイン酸が膵臓がんに対して促進的に働く可能性が示されたことは予想外の発見でした。
ただし重要なのは、この研究結果だけでオリーブオイルの健康価値を否定することはできないという点です。
今回の研究は膵臓がんモデルマウスを対象としており、心血管疾患や総死亡率への影響を評価したものではありません。
オメガ3脂肪酸は強い抑制効果を示した

一方で、研究チームは多価不飽和脂肪酸(Polyunsaturated Fatty Acid:PUFA)に注目しました。
多価不飽和脂肪酸とは、複数の二重結合を持つ脂肪酸です。
代表的なものとして、EPA、DHA、α-リノレン酸などのオメガ3脂肪酸があります。
研究の結果、PUFAを多く含む食事では膵臓がんの進行が抑制されました。
特に魚油由来のオメガ3脂肪酸で効果が大きく、標準脂肪食と比較して病気の進行負荷が約50%減少したと報告されています。
この結果は、脂肪酸の種類によってがんに対する作用が大きく異なることを示しています。
なぜ脂肪の種類で違いが生じるのか
研究チームは、その理由としてフェロトーシス(Ferroptosis)に注目しました。
フェロトーシスとは、鉄と脂質の酸化によって引き起こされる特殊な細胞死の仕組みです。
近年、がん細胞を排除する重要なメカニズムとして注目されています。
細胞膜に組み込まれた脂肪酸は、それぞれ酸化されやすさが異なります。
PUFAは酸化を受けやすいため、がん細胞がフェロトーシスを起こしやすくなります。
その結果、がん細胞は生存しにくくなります。
一方でMUFAは酸化に強く、細胞膜を保護する作用があります。
そのため、
・酸化ストレスが減少する
↓
・フェロトーシスが起こりにくくなる
↓
・がん細胞が生き残りやすくなる
という流れが考えられています。
実際に研究では、食事中のMUFAとPUFAの比率が高いほど病気の負荷が増え、逆に比率が低いほど病気の負荷が軽減することが確認されました。
オスとメスで異なる反応
今回の研究では性差も確認されました。
オレイン酸による腫瘍促進効果は、主にオスのマウスで観察されました。
一方、メスのマウスではその影響がほとんど見られませんでした。
これに対してPUFAの保護効果はオスとメスの両方で認められました。
研究者らは、ホルモン環境や脂質代謝経路の違いが関与している可能性があると考えていますが、詳しい理由はまだ解明されていません。
この点については今後の研究が必要です。
人間への応用は可能なのか

今回の研究結果は非常に興味深いものですが、重要な注意点があります。
それは、現時点ではマウス実験であるということです。
人間の膵臓がんでも同様の現象が起こるかどうかは確認されていません。
また、オリーブオイルについては、心血管疾患リスク低下、総死亡率低下、炎症抑制など、多くの研究で有益性が報告されています。
一方で、これはオリーブオイルと他の油脂成分の食事を比較した場合の研究結果が参考にされているだけとも言えます。
少なくとも、これを書いている時点で調べた限り、「植物油脂を完全に抜いた食事」と「オリーブオイルを含めた食事」で比較された研究はありません。
つまり、よく研究で示されている病気の疾患率や死亡率の低下は、オリーブオイルが他の植物油脂よりもマシだったというだけの可能性もあるということです。
とは言え、「オリーブオイルは危険」、「オリーブオイルを避けるべき」という解釈は現段階では適切ではありません。
研究者らも、今回の結果を直ちに食事指針へ反映すべきとは述べていません。
今後は、これまで以上に、慢性膵炎、肥満、高齢発症型糖尿病、家族歴など、膵臓がんリスクが高い人々において、脂肪酸組成がどのような影響を与えるのかを今後調べる必要があるとしています。
さらに研究チームは、血液中のMUFAとPUFAの比率を測定することで、将来的に膵臓がんリスクを予測できる可能性についても検討しています。
研究から見えてきた新たな可能性
今回の研究は、「脂肪は悪い」という単純な考え方ではなく、「どの脂肪を摂るか」が重要である可能性を示しました。
特に、膵臓がんのような難治性がんにおいて、食事由来の脂肪酸が細胞死の仕組みに直接影響を与える可能性を示した点は大きな意義があります。
ただし、人間での臨床研究はまだ行われておらず、今回の結果だけで食生活を大きく変えるべき段階ではありません。
今後、ヒトを対象とした研究で同様の結果が再現されるかどうかが重要なポイントになるでしょう。
ここまでの結果は、特定の脂肪酸が膵臓がんに影響を与える可能性を示したものですが、現時点で特定の食品を極端に避けたり大量に摂取したりすることを推奨するものではありません。
お菓子の生クリームや、コーヒーフレッシュなどに使用されている油脂の摂取は論外ですが、むしろ、さまざまな脂肪源をバランスよく摂取し、魚介類やナッツ類などのPUFAを適度に取り入れることが重要と考えられます。
また、膵臓がん予防に関しては、禁煙や肥満予防、適度な運動、糖尿病管理など、すでに確立された予防策を優先することが重要というのは言うまでもないでしょう。
まとめ
・膵臓がんモデルマウスでは、オレイン酸を多く含む食事が腫瘍の成長を促進した
・魚油由来のオメガ3脂肪酸は膵臓がんの進行を約50%抑制した
・ただし研究はマウス実験であり、人間で同様の結果が起こるかはまだ不明

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