筋痛性脳脊髄炎(ME)および慢性疲労症候群(CFS)は、強い疲労感や睡眠障害、集中力の低下などが長期間続く原因不明の疾患として知られています。
近年では免疫異常や慢性的な炎症との関連が報告されていますが、その背景にある仕組みは十分には解明されていません。
今回、オーストラリアのグリフィス・ユニバーシティの研究チームは、脳内の老廃物を除去する「グリンパティック系」の働きがME/CFS患者で低下している可能性をMRIで示しました。
さらに、この機能低下は睡眠障害や「ブレインフォグ(頭に霧がかかったように思考や集中力が低下する症状)」の程度とも関連していました。
一方で、本研究は31人の患者を対象とした横断研究(ある時点で患者群と対照群を比較する観察研究)であり、グリンパティック機能もMRIから間接的に推定しています。
そのため、機能低下がME/CFSの原因なのか、それとも病気の結果として生じた変化なのかは現時点では判断できません。
エビデンスとしては「初期段階の観察研究」に位置付けられますが、ME/CFSの病態解明につながる新たな知見として注目されています。
以下に研究の内容をまとめます。
参考研究)
原因が分からないままの慢性疲労症候群

筋痛性脳脊髄炎(Myalgic Encephalomyelitis:以下ME)や慢性疲労症候群(Chronic Fatigue Syndrome:以下CF)は、十分な休息を取っても改善しない強い疲労感を主症状とする疾患です。
疲労だけでなく、記憶力や集中力の低下、睡眠障害、筋肉痛、関節痛、立ちくらみなど、多彩な症状がみられます。
特徴的なのは、運動や精神的な活動の後に症状が著しく悪化する労作後症状増悪(Post-Exertional Malaise:PEM)です。
これは少しの活動でも症状が数日から数週間続くことがあるME/CFSを代表する症状であり、多くの患者の日常生活に大きな影響を及ぼします。
これまでME/CFSは「心理的な問題ではないか」と誤解されることもありました。
しかし近年では、血液や脳脊髄液、免疫細胞、腸内細菌叢(腸内に存在する細菌の集まり)などに特徴的な変化が報告され、生物学的な疾患として理解が進みつつあります。
その中でも注目されているのが、脳内の炎症や免疫異常との関係です。今回の研究では、その背景にグリンパティック系の異常が関与している可能性が検討されました。
睡眠中に働く「脳の清掃システム」とは

グリンパティック系とは、脳脊髄液(脳や脊髄を満たす透明な液体)を利用して、脳内に蓄積した老廃物や不要なタンパク質を洗い流す仕組みです。
このシステムは2012年に動物実験で提唱された比較的新しい概念であり、近年になってヒトでも存在することが示され始めました。
特に睡眠中に活発になると考えられており、脳の健康維持に重要な役割を果たしていると考えられています。
グリンパティック系の働きが低下すると、神経細胞から生じた不要な物質が十分に除去されず、脳内で炎症が持続しやすくなる可能性があります。
そのため、アルツハイマー病やパーキンソン病などの神経変性疾患との関連についても研究が進められています。
一方で、ME/CFS患者を対象としてグリンパティック機能を調べた研究はほとんどなく、本研究はその可能性を検討した初めてのMRI研究の一つとなります。
MRIを用いたグリンパティック機能の評価
研究には、18~65歳のME/CFS患者31人と、年齢や性別を一致させた健康な対照者27人が参加しました。
ME/CFSの診断には、国際的に広く利用されているCanadian Consensus CriteriaおよびInternational Consensus Criteriaが用いられました。
また、新型コロナウイルス感染後症候群(Long COVID)の影響を避けるため、COVID-19の既往歴がある人は対象から除外されました。
研究チームは3テスラMRIを用い、DTI-ALPS法という画像解析手法でグリンパティック機能を評価しました。
DTI(Diffusion Tensor Imaging:拡散テンソル画像)は、水分子の動きを画像化するMRI技術です。ALPS(Analysis Along the Perivascular Space)は、血管周囲腔(水分や脳脊髄液が流れる微細な空間)に沿った水分子の拡散を解析し、グリンパティック系の働きを間接的に推定する方法です。
この方法は造影剤を脳脊髄液へ注入する必要がなく、非侵襲的(体に傷をつけたり器具を挿入したりしない)に評価できることが大きな利点です。
ただし、あくまでも機能を「推定」する指標であり、グリンパティック系そのものを直接観察しているわけではありません。
ME/CFS患者ではグリンパティック機能の低下が示唆された
解析の結果、ME/CFS患者では健康な対照者と比較してDTI-ALPS指数が有意に低下しており、グリンパティック機能が低下している可能性が示されました。
この違いは特に右半球で顕著でした。
一方で左右差そのものを示す指標には統計学的な有意差は認められず、「右半球だけが障害されている」と結論づけられたわけではありません。
論文では、全体として機能低下がみられ、その差が右半球でより明確だったと解釈されています。
さらに、患者の症状との関連を調べたところ、睡眠障害が強い患者ほど右半球のDTI-ALPS指数が低く、ブレインフォグや集中力低下が強い患者でも同様の傾向が認められました。
この結果は、グリンパティック系が睡眠中に活発になるというこれまでの知見とも一致しており、ME/CFSでみられる睡眠障害と脳機能の変化が相互に関係している可能性を示唆しています。
グリンパティック機能の低下は症状にどう関わるのか
今回の研究では、グリンパティック機能の低下が確認されたものの、それがどのようにME/CFSの症状につながるのかまでは直接証明されていません。
しかし研究チームは、脳内の炎症が持続しやすくなることが一つの可能性として考察しています。
グリンパティック系は、脳内で不要になったタンパク質や代謝産物、炎症に関わる物質などを脳脊髄液とともに排出する役割を担うと考えられています。
この機能が低下すると、老廃物が十分に除去されず、神経炎症(脳や脊髄で起こる炎症反応)が長引く可能性があります。
近年のME/CFS研究では、免疫細胞の活性化や炎症性サイトカイン(免疫細胞が分泌する情報伝達物質)の変化、脳内の炎症を示唆する報告が相次いでいます。本研究は、こうした知見と矛盾しない結果を示したといえます。
研究を主導したKiran Thapaliya氏は、「ME/CFS患者でグリンパティック機能の低下をMRIで示した初めての研究であり、これまで報告されてきた炎症性変化を説明する一つの仕組みとなる可能性がある」と述べています。
ただし、グリンパティック機能の低下が炎症を引き起こしたのか、それとも炎症によって機能が低下したのかは現時点では分かっていません。
この点は今後の研究で明らかにする必要があります。
睡眠との深い関係

今回の研究で特に注目されたのは、睡眠障害が強い患者ほどグリンパティック機能が低下する傾向がみられたことです。
グリンパティック系は、深い睡眠中に最も活発に働くと考えられています。睡眠中には脳脊髄液の流れが促進され、日中の活動で蓄積した老廃物を効率よく除去するとされています。
そのため、睡眠の質が低下すると老廃物の除去効率も低下し、それがさらに脳機能へ影響を与えるという悪循環が生じる可能性があります。
一方で、本研究だけでは「睡眠障害がグリンパティック機能低下の原因」であるとは結論づけられません。
ME/CFSそのものが睡眠障害を引き起こし、その結果としてグリンパティック機能が低下している可能性も考えられます。
著者らは、睡眠とグリンパティック系の関係をさらに詳しく調べることで、ME/CFSの病態理解が進む可能性があると述べています。
将来的には診断や治療へ応用できる可能性も
ME/CFSは現在でも診断に利用できる確立したバイオマーカー(病気の有無や状態を客観的に示す指標)がありません。
そのため、診断までに長い時間を要する患者も少なくありません。
今回用いられたDTI-ALPS法はMRIだけで評価できるため、将来的に研究が進めば、グリンパティック機能を客観的に評価する画像指標として活用できる可能性があります。
また、グリンパティック系を改善する治療法が開発されれば、新たな治療戦略につながる可能性もあります。
しかし現時点では、そのような治療法の有効性は確認されておらず、臨床応用にはさらなる研究が必要です。
研究の限界
今回の研究はME/CFSの病態解明につながる興味深い結果を示しましたが、著者らもいくつかの限界を挙げています。
まず、対象者数は31人と比較的少なく、小規模な研究であることです。
また、一時点で患者と健常者を比較した横断研究であるため、因果関係を証明することはできません。
さらに、DTI-ALPS法はグリンパティック機能を直接測定する方法ではなく、水分子の拡散から機能を推定する間接的な評価法です。
そのため、今後はより直接的な評価法や長期間にわたる追跡研究によって結果を確認する必要があります。
また、本研究ではCOVID-19既往歴のある患者を除外しているため、近年増加しているLong COVID(新型コロナウイルス感染後症候群)に伴う慢性疲労との関連については評価されていません。
したがって、今回の結果をすべての慢性疲労症状へ当てはめることはできません。
生活における注意点
今回の研究は、睡眠と脳の健康の関係を改めて示唆する内容でした。
しかし、睡眠時間を延ばせばME/CFSが改善する、あるいはグリンパティック機能を高める特別な方法が確立されている、ということを示した研究ではありません。
そのため、本研究だけを根拠に特定のサプリメントや治療法へ期待することは適切ではありません。
一方で、一般的な健康管理としては、十分な睡眠時間の確保、規則正しい生活習慣、過度な疲労を避けることは、脳の健康を維持するうえでも重要と考えられます。
ME/CFS患者では無理な運動によって症状が悪化する「労作後症状増悪」がみられることがあるため、運動量については自己判断せず、主治医と相談しながら調整することが大切です。
今回の研究は、ME/CFSの原因を明らかにしたものではありません。
しかし、これまで十分に解明されていなかった病態に対して、「脳の老廃物除去システム」という新たな視点を提示した点は大きな意義があります。
今後、大規模な研究で同様の結果が再現されれば、診断法や治療法の開発につながる可能性が期待されます。
まとめ
・ME/CFS患者では、脳内の老廃物を除去するグリンパティック系の機能が低下している可能性がMRI解析で示され、睡眠障害やブレインフォグとの関連も認められた
・本研究はME/CFSとグリンパティック系の関連を示した初期段階の観察研究であり、因果関係を証明したものではない
・今後の大規模研究によって結果が確認されれば、ME/CFSの病態解明だけでなく、診断や新たな治療法の開発につながる可能性がある

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