近年、「低糖質ダイエット(ローカーボ)」と「低脂肪ダイエット(ローファット)」のどちらが健康に優れているのかという議論が世界中で続いています。
体重管理や糖尿病予防、さらには心血管疾患予防のために炭水化物を減らすべきだという意見がある一方で、脂質を制限した方が良いという考え方も根強く存在します。
しかし今回、ハーバード大学公衆衛生大学院(ハーバード・T.H・チャン公衆衛生大学院)の研究チームが約20万人を30年以上追跡した大規模研究によって、心臓の健康にとって最も重要なのは「糖質の量」や「脂質の量」そのものではなく、食品の質である可能性が示されました。
研究では、同じ低糖質食でも植物性食品を中心とした食事では冠動脈性心疾患リスクが低下していた一方で、動物性脂肪や加工食品に偏った低糖質食ではリスク上昇が認められました。
同様に、低脂肪食であっても精製炭水化物中心の食事は健康効果が乏しく、むしろリスク増加と関連していました。
つまり、「糖質を減らせば健康になる」「脂質を減らせば健康になる」という単純な話ではなく、何を減らしたかよりも、何を食べていたかが重要だったのです。
以下に研究の内容をまとめます。
参考研究)
・Effect of Low-Carbohydrate and Low-Fat Diets on Metabolomic Indices and Coronary Heart Disease in U.S. Individuals(2026/02/11)
長年続いてきた「低糖質 vs 低脂肪」論争

栄養学の世界においても長年、「低糖質食」、「低脂肪食」のどちらが優れているのかについて議論が続いてきました。
低糖質食は炭水化物摂取量を減らし、その代わりにタンパク質や脂質の割合を増やす食事法です。
一方、低脂肪食は脂質摂取量を抑え、炭水化物やタンパク質を中心に構成されます。
しかし、これまでの研究結果は必ずしも一致していませんでした。
ある研究では低糖質食の優位性が示される一方で、別の研究では低脂肪食の有効性が報告されてきました。
研究者らは、この矛盾の背景に「食事の質」という重要な要素が見落とされている可能性があると考えました。
約20万人を30年以上追跡した巨大研究
今回の研究は、米国で行われている有名な3つの前向きコホート研究を利用して行われました。
対象となったのは、Health Professionals Follow-Up Study(HPFS)、Nurses’ Health Study(NHS)、Nurses’ Health Study II(NHSII)です。
参加者数は、男性医療従事者:42,720人、女性看護師:64,164人、女性看護師:91,589人の合計198,473人となっています。
追跡期間は1986年から2019年までに及び、総観察期間は524万8,916人年という極めて大規模なものとなりました。
人年とは、研究対象者数と追跡年数を掛け合わせた指標です。(例:100万人を5年間追跡すれば500万人年)
この研究では、その期間中に20,033件の冠動脈性心疾患が発症しました。
「健康的」と「不健康」を分けて分析
今回の研究の特徴は、単純に低糖質食と低脂肪食を比較したわけではないことです。
研究者らはそれぞれをさらに以下のように細かく分類しました。
・健康的な低糖質食 or 健康的な低脂肪食
・不健康な低糖質食 or 不健康な低脂肪食
・植物性低糖質食 or 植物性低脂肪食
・動物性低糖質食 or 動物性低脂肪食
健康的低糖質食(HLCD)
糖質を減らしつつ、ナッツ、豆類、植物性タンパク質、不飽和脂肪酸(オリーブオイルなど)を多く摂る
不健康な低糖質食(ULCD)
糖質を減らす代わりに、加工肉、赤身肉、動物性脂肪を多く摂る
植物性低糖質食(VLCD)
糖質を減らし、植物性タンパク質や植物性脂肪を中心に摂る
動物性低糖質食(ALCD)
糖質を減らし、肉類・乳製品など動物性食品を中心に摂る
健康的低脂肪食(HLFD)
脂質を減らしつつ、全粒穀物、果物、野菜、豆類など質の高い炭水化物を多く摂る
不健康な低脂肪食(ULFD)
脂質は少ないが、白パン、白米、菓子類、砂糖など精製炭水化物が多い
植物性低脂肪食(VLFD)
脂質を抑え、植物性食品中心の食事
動物性低脂肪食(ALFD)
脂質は抑えているが、動物性食品由来のタンパク質への依存が高い
つまり研究者らは、「糖質を減らしたかどうか」ではなく、「どのような食品から栄養素を摂取したのか」を評価したということです。
主な結果は以下のグラフの通りです。
この図は、食事パターンや代謝プロファイル(血液中の代謝物の特徴)が、心血管リスクマーカーとどのように関連しているかを示しています。
【指標の意味】
TG:中性脂肪(低い方が望ましい)
TC:総コレステロール(低い方が望ましい)
LDL-C:悪玉コレステロール(低い方が望ましい)
nonHDL-C:動脈硬化リスクを反映するコレステロール(低い方が望ましい)
HDL-C:善玉コレステロール(高い方が望ましい)
hs-CRP:炎症マーカー(低い方が望ましい)
【A:食事スコアとの関連】
上段(A)は各食事パターンそのものと血液マーカーの関連です。
健康的低糖質食(HLCD)および健康的低脂肪食(HLFD)では、以下の変化がみられました。
・TG ↓
・LDL-C ↓
・nonHDL-C ↓
・hs-CRP ↓
・HDL-C ↑
つまり、脂質異常や慢性炎症の改善と関連していました。
不健康な低糖質食(ULCD)および不健康な低脂肪食(ULFD)では、以下の変化が見られました。
・TG ↑
・HDL-C ↓
・LDL-C ↑傾向
これは、心血管リスクが高まる方向の変化です。
【B:代謝プロファイルとの関連】
下段(B)は食事によって形成された代謝物パターンとリスクマーカーの関連です。
結果はAとほぼ同じでした。
健康的な食事パターン由来の代謝プロファイルでは、以下の変化が見られました。
・中性脂肪低下
・LDL低下
・nonHDL低下
・HDL上昇
これは、食事の質の違いが実際に体内の代謝状態に反映されていることを示しています。
【このグラフの結論】
この図から分かるのは、「低糖質か低脂肪か」よりも、「健康的な食品を選んでいるか」が血液マーカー改善に強く関係していたということです。
具体的には、野菜、果物、豆類、ナッツ類、全粒穀物、植物性タンパク質を多く含む健康的な低糖質食・低脂肪食は、善玉コレステロールを増やし、悪玉コレステロールや炎症を減らす方向に働いていました。
一方で、加工肉、動物性脂肪中心、精製穀物、超加工食品に偏った不健康な食事においては、低糖質食・低脂肪食にかかわらず、心血管リスクマーカーが悪化する傾向がみられました。
つまりこの図は、「炭水化物と脂質の割合よりも、食品の質が心血管健康を左右する」という、この研究全体の中心メッセージを示している図です。
健康的低糖質食では心臓病リスクが15%低下

中でも注目されたのが健康的低糖質食でした。
健康的低糖質食スコアが最も高い群では、最も低い群と比較して冠動脈性心疾患リスクが15%低下していました。
また、健康的低糖質食の特徴は、以下の点を重視していたことでした。
・ナッツ類
・豆類
・植物性タンパク質
・不飽和脂肪酸
・全粒穀物
・野菜
・果物
不健康な低糖質食では逆にリスク上昇

興味深いことに、すべての低糖質食が良い結果を示したわけではありませんでした。
加工肉や赤身肉などを中心とした不健康な低糖質食では、冠動脈性心疾患リスクが14%上昇していました。
この食事パターンでは、加工肉、動物性脂肪、精製炭水化物、超加工食品などの割合が高くなっていました。
一般的な低糖質食のイメージとして、ベーコン、ソーセージ、バター、大量の肉類を中心にした食事が紹介されることも少なくない点から考えると、これは重要な知見と言えます。
しかし今回の研究は、そのような食事パターンが心血管保護につながるとは限らないことを示唆しています。
低脂肪食でも同じ傾向が確認された

同様の結果は低脂肪食でも認められました。
健康的低脂肪食では冠動脈性心疾患リスクが13%低下していました。
特徴は、全粒穀物、野菜、果物、豆類などの質の高い炭水化物が中心だったことです。
一方、白パン、精製小麦製品、砂糖の多い食品に依存する不健康な低脂肪食では、冠動脈性心疾患リスクが12%上昇していました。
つまり、「脂質を減らせば良い」という考え方も十分ではなかったのです。
血液検査とメタボローム解析でも裏付け
この研究が特に注目される理由は、単なる食事アンケート研究ではない点です。
研究者らはメタボロミクス解析も実施しました。
メタボロミクスとは、血液中に存在する多数の代謝産物を網羅的に解析する技術です。
代謝産物とは、体内で栄養素が利用された結果として生じる化学物質のことです。
研究では1,146人を対象に代謝プロファイルが解析されました。
その結果、健康的な低糖質食と健康的な低脂肪食では共通して、HDLコレステロール増加、中性脂肪低下高感度CRP(慢性的な炎症状態を示すマーカー)低下が確認されました。
腸内細菌との関連
研究ではさらに興味深い発見がありました。
健康的な食事パターンでは、3-indolepropionic acid(3-IPA)など人体に有益な細菌類や、それに関連する物質の増加が認められました。
3-IPAとは、腸内細菌が食物繊維などを代謝することで産生される物質で、抗酸化作用、抗炎症作用、代謝改善作用との関連が注目されています。
以下は、それらの食事パターンと関連する代謝物のまとめです。
このグラフは、各食事パターンと関連して増減した特徴的な血中代謝物(メタボライト)を示しています。
簡潔に言うと、健康的な食事パターンでは「植物性食品や腸内細菌由来の有益な代謝物」が増え、不健康な食事パターンでは「心血管リスクと関連する代謝物」が増えることが示されています。
【健康的低糖質食(Healthy LCD)】
・増加していた主な代謝物
→Trigonelline(トリゴネリン)
→Quinic acid(キナ酸)
→trans-Istic acid
→3-Indolepropionic acid(3-IPA)
これらは、コーヒー、全粒穀物、果物、野菜、腸内細菌による発酵と関連することが知られています。
また、植物性食品が豊富な食事を反映している可能性があります。
【健康的低脂肪食(Healthy LFD)】
・増加していた主な代謝物
→3-Indolepropionic acid(3-IPA)
→Hippuric acid(馬尿酸)
→Trigonelline(トリゴネリン)
これらも、食物繊維、ポリフェノール、腸内細菌活動との関連が報告されている物質です。
健康的低糖質食と似た代謝パターンがみられています。
【植物性低糖質食・植物性低脂肪食】
・増加していた代謝物
→3-Indolepropionic acid
→Hippuric acid
→Quinic acid
これらは植物性食品や腸内細菌との関連が強い代謝物です。
植物性食品中心の食事が腸内環境を通じて好ましい代謝状態を作っている可能性が示唆されています。
【不健康な低糖質食(Unhealthy LCD)】
・増加していた代謝物
→N-acetylornithine
→Hippuric acid
→一部のリン脂質
また有益と考えられる3-IPAは低下傾向でした。
健康的な低糖質食とは異なる代謝状態がみられました。
【不健康な低脂肪食(Unhealthy LFD)】
・増加していた代謝物
→2-aminooctanoate
→2-aminoheptanoic acid
→N-acetylornithine
さらに、TG(51:1)、TG(49:3)などのトリグリセリド(中性脂肪関連代謝物)も増加していました。
心血管リスクや代謝異常と関連する方向での変化がみられました。
【動物性低糖質食・動物性低脂肪食】
・増加していた代謝物
→トリグリセリド(TG)
→一部のリン脂質
植物性パターンと比べると、有益な腸内細菌由来代謝物は少なく、脂質代謝に関連する代謝物が目立っています。
これらにお結果から読み取れるのは、「健康的な低糖質食」と「健康的な低脂肪食」は、どちらも腸内細菌由来の有益な代謝物(3-Indolepropionic acid、Hippuric acid、Trigonellineなど)を増やし、非常によく似た代謝プロファイルを示したという点です。
逆に、不健康な低糖質食や不健康な低脂肪食では、中性脂肪や代謝異常と関連する代謝物が増えており、食品の質が代謝状態を大きく左右していることが示唆されています。
ただし、これらは関連を示した結果であり、直接的な因果関係が証明されたわけではありません。
研究を主導したZhiyuan Wu氏は、「単に炭水化物や脂肪を減らすことではなく、その食事を構成する食品の質が重要である」と述べています。
また、研究チームは、「植物由来食品を重視した低糖質食と低脂肪食は、共通した生物学的経路を通じて心血管保護効果を発揮している可能性がある」と考察しています。
この研究のエビデンスの強さはどの程度か
今回の研究は前向きコホート研究です。
因果関係を検証するための研究デザインであるランダム化比較試験(RCT)ではありません。
そのため、「健康的な低糖質食が直接心臓病を予防した」と断定することはできません。
一方で、約20万人、30年以上追跡、2万件超の冠動脈疾患発症、メタボローム解析併用という規模は栄養疫学研究として極めて強力です。
現時点では、この分野における非常に有力なエビデンスの一つと考えられます。
食事のスタイルよりも超加工食品や加工肉に注意

今回の研究が示しているのは、極端な食事法への警鐘とも言えます。
糖質を減らしていても、加工肉、超加工食品、動物性脂肪中心であれば健康効果は期待できない可能性が高いということを示していると言えます。
逆に脂質を減らしていても、白パン、菓子類、砂糖の多い食品ばかりでは心血管保護につながりません。
重要なのは、 野菜、果物、全粒穀物、豆類、ナッツ類、魚などを中心とした食事全体の質です。
「低糖質だから健康」「低脂肪だから健康」という単純な考え方ではなく、食品そのものに目を向けることが重要だと言えるでしょう。
今回の研究は、「糖質を減らすべきか」「脂質を減らすべきか」という長年の議論に対して、新しい視点を提示しています。
ただし、この研究は観察研究であり因果関係を完全に証明するものではありません。
そのため特定のダイエット法を絶対視するのではなく、植物性食品や全粒穀物を増やし、超加工食品や精製食品を減らすという基本的な食習慣を重視することが重要です。
心血管疾患予防のためには、栄養素の割合よりも、毎日の食卓に並ぶ食品の質そのものに目を向ける必要があるのかもしれません。
まとめ
・心臓病リスクを左右していたのは低糖質か低脂肪かではなく、食品の質だった
・植物性食品や全粒穀物を重視した低糖質食・低脂肪食では冠動脈性心疾患リスク低下が認められた
・加工食品や動物性脂肪中心の食事では、低糖質食や低脂肪食であってもリスク上昇がみられた




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