NAD+を補充すると老化は遅くなる? マウスの寿命延長と幹細胞若返りを示した画期的研究を解説

科学
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近年、「若返り分子」として大きな注目を集めている物質にNAD+(ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド)があります。

 

NAD+は、私たちの体内でエネルギー産生やDNA修復に不可欠な補酵素であり、加齢とともにその量が減少することが知られています。

 

2016年に科学誌『Science』に掲載された研究では、加齢に伴って低下したNAD+を補充することで、老化したマウスのミトコンドリア機能や幹細胞機能が回復し、さらに寿命まで延長したことが報告されました。

 

この研究は、老化を単なる不可逆的な現象ではなく、代謝を介して部分的に制御できる可能性を示した重要な研究として現在でも頻繁に引用されています。 

 

一方で、この研究はマウスを対象とした基礎研究であり、ヒトで同様の効果が得られることは現時点では確認されていません

 

また、その後の研究では、健康寿命への効果は示唆される一方、寿命延長効果については一貫した結果が得られていないことも明らかになっています。 

 

以下に研究の内容をまとめます。

  

参考研究)

NAD+ repletion improves mitochondrial and stem cell function and enhances life span in mice(2016/06/17)

 

 

老化とともに減少する「NAD+」とは何か

NADの構造式

  

NAD+は、正式には「ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド」と呼ばれる補酵素(酵素の働きを助ける分子)です。

 

医学・薬学や看護学を学ぶ中では頻繁に現れる分子であり、主に以下のような生命活動に関わっています。

 

・細胞内でのエネルギー産生

・DNA損傷の修復

・ミトコンドリア機能の維持

・長寿関連遺伝子であるサーチュインの活性化

・幹細胞の維持

  

年齢を重ねるにつれて体内のNAD+量は低下し、それに伴って細胞のエネルギー産生能力や修復能力も低下していくことが知られています。

 

研究者たちは、このNAD+低下こそが老化現象の重要な原因の一つではないかと考えてきました。 

 

 

NAD+と幹細胞の老化

今回の研究を主導したのは、スイスのローザンヌ連邦工科大学(EPFL)の研究グループで、「NAD+の減少が幹細胞の老化を引き起こしているのではないか」という仮説を検証しました。

 

幹細胞とは、自分自身を複製すると同時に、さまざまな細胞へ分化できる特殊な細胞です。

 

例えば、筋肉幹細胞は筋肉の修復を、神経幹細胞は脳組織の維持を、メラノサイト幹細胞は毛髪の色素維持を……、といったように、これらの幹細胞は加齢とともに機能が低下し、その結果として筋力低下、認知機能低下、白髪化などが進行すると考えられています。 

 

 

研究ではNAD+前駆体「ニコチンアミドリボシド」を使用

ニコチンアミドリボシドの構造式

  

研究チームは、NAD+そのものではなく、体内でNAD+に変換される前駆体であるニコチンアミドリボシド(NR)を高齢マウスに投与しました。(ヒト換算で約300mg

 

NRはビタミンB3の誘導体であり、体内で効率的にNAD+へ変換されることが知られています。

 

現在でもサプリメントとして販売されていますが、その効果については研究段階です。 

 

 

老化した筋肉幹細胞が若返った

研究者らがまず注目したのは、加齢によって機能が低下した筋肉幹細胞でした。

 

その結果、NRを投与された高齢マウスでは、以下の変化が観察されました。

 

・筋肉幹細胞の数が増加

・幹細胞の再生能力が回復

・損傷した筋肉の修復能力が改善

・筋力そのものも向上

 

研究者たちは、この現象を単なる代謝改善ではなく、「老化した幹細胞の機能的若返り」と解釈しました。

 

 

ミトコンドリア機能の改善が重要だった

ミトコンドリアの電子顕微鏡画像

  

研究の中心的な発見は、NAD+がミトコンドリア機能を改善したことでした。

 

ミトコンドリアとは、細胞内でエネルギーを産生する器官であり、「細胞の発電所」と揶揄されることが多くあります。

 

研究では、NAD+の増加によって、ミトコンドリアのエネルギー産生能力向上、酸化ストレスの軽減、ミトコンドリアの劣化の軽減など、細胞レベルでの良い影響が確認されました。 

 

特に重要だったのが、UPRmt(ミトコンドリアアンフォールデッドプロテイン応答)です。

  

UPRmtとは、ミトコンドリア内で異常なタンパク質が蓄積した際に働く修復システムのことです。

 

このシステムが活性化することで、ミトコンドリア機能が回復したと考えられました。 

 

 

神経幹細胞や色素幹細胞にも効果

研究チームは筋肉以外の組織も調べました。

 

その結果、脳の神経幹細胞や毛髪色素を維持するメラノサイト幹細胞においても、老化の進行が遅くなることが確認されました。 

  

これは、NAD+の効果が特定の組織だけでなく、複数の組織に共通して作用する可能性を示しています。

 

また、研究の中でも特に注目を集めたのは、寿命への影響です。

 

NRを投与されたマウスでは、平均寿命の延長が認められました。研究者らは、この寿命延長が、筋肉機能の維持、神経系の保護、幹細胞機能の保持によってもたらされた可能性があると考察しています。 

 

ただし、ここで重要な注意点があります。

 

この研究では寿命延長が確認されたものの、その後に行われた若年齢マウスの研究では同様の寿命延長効果が再現されなかった報告もあります。 

 

そのため、「NAD+補充は確実に寿命を延ばす」という結論を現時点で出すことはできません。

  

 

ヒトでも若返り効果は期待できるのか

現在までに、NRNMN(ニコチンアミドモノヌクレオチド)を用いたヒト研究も進められています。

 

しかし、多くの研究で確認されているのは、血中NAD+濃度の上昇、一部代謝指標の改善までであり、寿命延長、認知機能改善、明確な若返り効果については、まだ十分な証拠がありません。 

 

したがって、「若返りサプリメント」としての効果を断定することは、現時点では科学的に適切ではありません。

 

  

この研究の限界

この研究にはいくつかの重要な限界があります。

 

第一に、実験対象がマウスであり、人間とは代謝や寿命が大きく異なること。

 

第二に、寿命延長効果については、その後の研究で再現性が十分確認されていないこと。

 

第三に、長期間にわたるNAD+増加が、人間のがん発症やその他の疾患に与える影響は、まだ完全には解明されていないことです。 

 

つまり、この研究は「老化研究の重要な第一歩」ではありますが、「若返り治療が完成した」ことを意味するわけではありません。

 

とはいえ、若返りやアンチエイジングが否定された訳ではありません。

 

今後、ニコチンアミドリボシドやそのパーツとなるニコチン酸。

ニコチン酸のカルボキシ基(ーCOOH)アミド基(ーCONH2)に置き換わったニコチン酸アミドなどの作用が解き明かされることで、人に有益な効果をもたらす確たる証拠が見つかる可能性もあります。

 

それまでの、科学の発展を期待しながら研究を眺めるのも良いでしょう。

 

現時点で科学的根拠が比較的確立しているNAD+増加法は、実はサプリメントではなく生活習慣です。

 

研究では、定期的な運動、適度なカロリー制限、良質な睡眠、肥満の予防が、体内のNAD+代謝を改善する可能性が示されています。 

 

そのため、NAD+サプリメントを過度に期待するよりも、まずは生活習慣の改善を優先することが、現時点では最も合理的な選択だと考えられます。

 

 

まとめ

・NAD+前駆体の投与によって、高齢マウスの幹細胞機能とミトコンドリア機能が回復し、寿命延長も観察された

・ただし、この結果はマウス研究であり、ヒトで同様の若返り効果が確認されたわけではない

・現在の科学的根拠では、NAD+サプリメントの効果を断定することはできず、生活習慣改善が依然として最も確実な方法である。

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