近年、かつて主に高齢者の病気と考えられていた脳卒中が、若い世代において増加傾向を示しています。
シンシナティ大学などの研究チームが発表した長期的な疫学研究によると、20歳から54歳の若年成人層における脳卒中の発症率は、過去約30年間でほぼ倍増していることが明らかになりました。
一方で、医療技術の向上や迅速な対応により発症後30日以内の致死率は緩やかに低下しており、生存率は改善しています。
しかし、生存率の向上は、後遺症を抱えながら長期間生活する若い世代が増加していることを意味しており、個人および社会全体への負担が増大していることが懸念されます。
本研究は、米国オハイオ州南部とケンタッキー州北部の5つの郡に居住する約140万人を対象とした大規模な地域集団ベースの追跡調査に基づいています。
調査地域は年齢、人種構成、教育水準、収入などの観点で米国全体の人口構造を極めて良く反映しており、医師による厳密な病型分類を行っているため、人間を対象とした疫学研究としては極めてエビデンスレベルが高いデータと言えます。
以下に研究の内容をまとめます。
参考研究)
・Stroke in the Young: Incidence, 30-Day Case Fatality Rates, and Risk Factors Over Time in a Population-Based Study(2026/09/25)
若年層における脳卒中の急増と高齢者層との対比

今回の研究では、1993年7月から1994年6月までの1年間をはじめ、1999年、2005年、2010年、2015年、2020年の計6つの期間において、病院に入院した初発の脳卒中患者のデータを網羅的に収集して分析が行われました。
分析の結果、20歳から54歳の若年成人層における脳卒中の発症率は、1993年から1994年の時点で人口10万人あたり年間33.90件であったのに対し、2020年には人口10万人あたり年間62.18件へと増加しました。
これは約83パーセントの増加であり、ほぼ倍増したことを意味します。
興味深いことに、同じ期間において高齢者層の脳卒中発症率は低下傾向を示していました。
高齢者層の発症率は、1993年から1994年の時点で人口10万人あたり年間618.78件であったものが、2020年には人口10万人あたり年間453.04件へと減少しています。
高齢者層において予防医療や降圧薬などの普及による発症抑制効果が見られる一方で、若い世代においては逆の現象が起きていることが数値として明瞭に示されました。
以下のグラフは、若年層(20〜54歳)と高齢層(55歳以上)における脳卒中発症後30日以内の致死率を比較したグラフです。
Stroke in the Young: Incidence, 30-Day Case Fatality Rates, and Risk Factors Over Time in a Population-Based Studyより 【左図(20〜54歳:若年層)】
致死率は時期によって多少の変動(1999年のピークや2020年のやや上昇など)を示しつつも、全体としては低下傾向にある。
統計的にも有意な改善が認められる(p = 0.002)。
【右図(55歳以上:高齢層)】
致死率は調査期間を通じて約14〜15%前後とほぼ横ばい(不変)で推移している。
統計的な有意差は見られない(p = 0.99)。
【まとめ】
高齢層では脳卒中発症後の30日以内致死率に大きな変化が見られないのに対し、若い世代(20〜54歳)においては医療技術の向上等により30日致死率が有意に低下(改善)していることを示している。
病型別の傾向と専門用語の解説
脳卒中は大きく分けて、脳の血管が詰まるタイプと、脳の血管が破れて出血するタイプに分類されます。
今回の調査では、若年層における脳卒中の増加がどのタイプによって引き起こされているのかについても詳細な分析が行われました。
研究を読み解く上で、知っておいた方が良い言葉を以下にまとめます。
・虚血性脳卒中
一般的に脳梗塞と呼ばれる病態です。脳に血液を送る血管が血栓と呼ばれる血の固まりなどで塞がれ、酸素や栄養が途絶えることで脳細胞が損傷を受けます。
・脳内出血
脳の内部の細い血管が破れ、脳の組織の中に血液が漏れ出してしまう病態です。
・くも膜下出血
脳の表面を覆う膜の間に存在する血管、特に脳動脈瘤と呼ばれる血管のこぶが破裂することで、脳の周囲に出血が広がる病態です。
・心房細動
心臓の上の部屋である心房が細かく震え、正常に脈を打たなくなる不整脈の一種です。
心臓内で血栓が作られやすくなり、それが脳へ飛んで血管を詰まらせる原因となります。
研究結果によると、若年層における脳卒中の増加を主導していたのは虚血性脳卒中でした。
若年成人における虚血性脳卒中の発症率は、1993年から1994年の人口10万人あたり年間23.8件から、2020年には人口10万人あたり年間47.3件へと、約30年間でほぼ2倍に跳ね上がっています。
対照的に、脳内出血やくも膜下出血といった出血性の脳卒中については、同期間中に明確な増加傾向は見られませんでした。
このことから、若い世代で急増しているのは主に脳の血管が詰まるタイプの脳卒中であることが分かります。
リスク要因の経時的な変化と注意すべき点
研究者は、脳卒中を発症した若い患者たちがどのような持病や生活習慣を持っていたかについても調査を行いました。
その結果、調査期間を通じて、高血圧、糖尿病、心房細動といった従来の血管リスク要因を持つ患者の割合が有意に増加していることが判明しました。
さらに大きな変化が見られたのが薬物や違法物質の使用歴です。
1993年から1994年の時点では、脳卒中を発症した若年患者のうち薬物や物質の使用が記録されていた割合は4.6パーセントにとどまっていましたが、2020年には40.2パーセントへと急増しました。
この増加の多くは大麻の使用に関連していることが報告されています。
ただし、このリスク要因の増加が脳卒中の直接的な原因であるかどうかについては事実として曖昧な点が残ります。
研究者は、脳卒中を発症していない一般の若い健康な人々におけるリスク要因の保有率データを比較対象として保持していないため、持病や物質使用の増加がどの程度直接的に脳卒中の増加を引き起こしたかという因果関係までは確定できていません。
この点は研究上の制約として明記されています。
致死率の低下と新たな課題

健康上の深刻な傾向を示す一方で、ポジティブな変化も観察されました。
若い脳卒中患者の発症後30日以内の致死率は、1993年から1994年の11.7パーセントから、2020年には9.4パーセントへと低下しました。
年齢、人種、性別の違いを統計的に調整した分析においても、この致死率の改善傾向は確認されています。
特に致死率の改善が顕著だったのは、脳内出血(27.5パーセントから21.2パーセントへ低下)やくも膜下出血(27.9パーセントから18.6パーセントへ低下)といった、急性期に非常に危険とされる出血性の脳卒中でした。
これは急性期医療の進歩や集中治療体制の整備、画像診断技術の向上などが寄与していると考えられます。
しかし、救命率が向上したことは新たな課題ももたらします。
脳卒中から生き残った若い患者は、手足の麻痺などの運動障害、言葉がうまく話せなくなる言語障害、記憶力や注意力が低下する高次脳機能障害など、何らかの後遺症を抱える可能性が高くなります。
20代や30代で後遺症を負った場合、その後の数十年間にわたる家庭生活や仕事、社会的活動において大きな影響を受けることになります。
生活における注意点と予防策
今回の論文を踏まえると、若年層であっても脳卒中は決して他人事ではないことが示されています。
脳の血管が詰まる虚血性脳卒中が増加していることから、若いうちから血管の健康を保つ生活習慣を意識することが極めて重要です。
まず、健康診断を定期的に受け、高血圧や血糖値の異常を放置しないことが求められます。
若年層では多少の血圧の上昇や血糖値の異常があっても自覚症状がないため無視されがちですが、これらは長年にわたり静かに血管へダメージを与え続けます。
早期に発見し、食事や運動、必要に応じた投薬によって適切に管理することが最大の予防策となります。
また、不整脈などの自覚症状がある場合は早めに医療機関を受診することや、過度なストレス、喫煙、不適切な物質の使用を避けることも大切です。
バランスの取れた食事や適度な運動を取り入れ、生活習慣病の予防に努めることが、将来の脳卒中リスクを低減させる鍵となるでしょう。
まとめ
・20歳から54歳の若年成人層における脳卒中の発症率は過去約30年間で約83パーセント増加した(ほぼ倍増)
・発症率の増加は主に脳の血管が詰まる虚血性脳卒中(脳梗塞)によって引き起こされている
・医療技術の向上により30日以内の致死率は低下しているものの、後遺症を抱えて生きる若い生存者の増加が課題となっている




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