私たちの健康は、食事や運動だけでなく、「食べたものがどれくらいの時間、腸内に留まるか」という要因によっても大きく左右されている可能性があります。
コペンハーゲン大学の研究者らによる2023年の包括的レビューでは、腸内通過時間(gut transit time)が腸内細菌の構成や代謝活動を大きく規定し、その結果として代謝疾患、炎症性疾患、さらには神経疾患にまで影響する可能性が示されました。
特に重要なのは、この「通過時間」が単なる結果ではなく、腸内細菌と相互に影響し合う“双方向の関係”にあるという点です。
以下に研究の内容をまとめます。
参考記事)
・How Long Poop Stays in Your Body May Impact Your Health, Study Finds(2026/04/20)
参考研究)
・Advancing human gut microbiota research by considering gut transit time(2022/12/07)
腸内通過時間という「見落とされてきた変数」
腸内通過時間とは、食物が口から摂取されてから便として排出されるまでにかかる時間を指します。
本論文では、この時間が個人間だけでなく同一個人の中でも大きく変動することが強調されています。
健康な成人における平均的な全腸通過時間は約28時間とされていますが、その幅は非常に広く、日によっても変化します。
さらに、消化管の部位ごとに通過時間は大きく異なり、小腸では数時間程度である一方、大腸では20時間以上かかることも珍しくありません。
このような時間的なばらつきは、腸内環境にとって単なる背景要因ではなく、腸内細菌の構成を決定する主要なドライバー(決定因子)であると位置づけられています。
腸内細菌と通過時間の「双方向関係」

本研究で特に重要なのは、腸内通過時間と腸内細菌が一方向ではなく、相互に影響し合う関係にある点です。
腸内に長く内容物が留まるほど、細菌はその中の栄養素を発酵する時間を多く得ることになります。
その結果、代謝産物の種類や量が変化し、腸内環境そのものが変わっていきます。
一方で、腸内細菌が産生する代謝物は腸の運動(蠕動運動)に影響を与え、通過時間そのものを変化させることが示されています。
蠕動運動とは、消化管が波のように収縮して内容物を前方へ送る運動のことです。
つまり、通過時間が細菌を変え、細菌が通過時間を変えるというフィードバック構造が存在するのです。
発酵の質が変わる:炭水化物からタンパク質へ
腸内通過時間が健康に影響する核心的な理由は、腸内で起こる「発酵の質」が変わることにあります。
通常、食物繊維などの消化されにくい炭水化物は大腸に到達し、腸内細菌によって発酵されます。
この過程で短鎖脂肪酸(SCFA)が産生されます。
短鎖脂肪酸(SCFA)とは、酢酸・プロピオン酸・酪酸などで、腸のエネルギー源となり、抗炎症作用を持つ有益な物質です。
しかし、通過時間が長くなると、利用可能な炭水化物が枯渇し、腸内細菌は代わりにタンパク質の分解(プロテオリシス)へとシフトします。
その結果、アンモニア、フェノール、インドール、硫化水素といった健康に悪影響を与える可能性のある物質が増加します。
このように、通過時間は「どのような代謝が行われるか」を決定するスイッチの役割を果たしているのです。
pH・胆汁酸・ガス産生への影響
通過時間の変化は、腸内の化学環境にも大きな影響を及ぼします。
通過時間が長くなると、短鎖脂肪酸が減少することで腸内のpHが上昇し(アルカリ化)、それがさらに特定の細菌の増殖を促進します。
また、胆汁酸の再吸収や変換も影響を受け、二次胆汁酸の増加が観察されています。
胆汁酸とは、脂肪の消化吸収を助ける物質であり、腸内細菌によって構造が変化し、代謝や炎症に影響を与えることが知られています。
さらに、メタン産生菌の増加は通過時間の遅延と関連しており、これも腸の運動性に影響を与える可能性があります。
疾患との関係

腸内通過時間の異常は、さまざまな疾患と関連しています。
例えば、便秘型過敏性腸症候群(IBS-C)では通過時間の延長が見られ、下痢型(IBS-D)では逆に短縮しています。
また、小腸内細菌異常増殖(SIBO)では、通過の遅れによって細菌が異常に増殖することが知られています。
SIBOとは、本来細菌が少ない小腸に細菌が過剰に増殖する状態で、腹部膨満や消化不良を引き起こします。
ただし重要なのは、これらの関係が単純な原因と結果ではない点です。
腸内細菌の変化が通過時間を変え、それがさらに疾患を悪化させるという複雑な相互作用が存在します。
また、本論文では、これまで多くの「腸内細菌と疾患の関連研究」が、実は通過時間の違いによって説明できる可能性がある、という重要な指摘もなされています。
食事よりも重要な可能性
興味深い点として、腸内通過時間は食事内容と同等、あるいはそれ以上に腸内細菌の違いを説明する可能性があります。
例えば、高炭水化物・低脂肪食は通過時間を速める傾向があり、逆に低炭水化物・高脂肪食は遅くする傾向が報告されています。
つまり、単に「何を食べるか」でだけでなく、「それがどれくらいの時間腸に留まるか」が同じくらい重要であるということです。
研究の限界と注意点
本研究はレビュー論文であり、多くの研究を統合したものですが、いくつかの制約も存在します。
まず、通過時間の測定方法は研究ごとに異なり、完全に統一されていません。
また、腸内細菌と疾患の関係については、依然として因果関係が完全には解明されていない部分があります。
そのため、通過時間を変えることで直接的に病気を予防できると断定することは現時点ではできません。
本研究から得られる最も重要な示唆は、腸内環境を考える際に「時間」という視点を取り入れる必要があるという点です。
これまでの栄養学は主に食事内容に焦点を当ててきましたが、今後は排便リズムや通過時間の管理も同様に重要になると考えられます。
日常生活においては、食物繊維の摂取、適切な水分補給、そして身体活動の維持が腸の動きを整える上で有効とされています。
ただし、通過時間は個人差が大きいため、極端な改善を目指すのではなく、自身のリズムを理解し、安定させることが重要です。
また、同じ食事やサプリメントでも効果に個人差がある理由として、この通過時間の違いが関与している可能性があるため、自分に合った方法を見つけることが今後の健康管理において重要になるでしょう。
まとめ
・腸内通過時間は腸内細菌の構成と代謝を決定する主要因である
・通過時間の変化は「有益な発酵」から「有害な分解」へのシフトを引き起こす
・腸内細菌と通過時間は相互に影響し合う双方向関係にある


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