なぜ若者の大腸がんは増えているのか? スイス全国研究が示した“原因不明”の危機

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大腸がんは長年、「中高年に多い病気」と考えられてきました。

 

しかし近年、その常識を覆すような変化が世界各国で報告されています。

 

特に注目されているのが、50歳未満の若年層における大腸がんの増加です。

 

今回、スイスの研究チームは、約40年間にわたる全国規模の大規模データを解析し、若年性大腸がん(Early-Onset Colorectal Cancer:EOCRC)の発症率が着実に上昇していることを明らかにしました。

 

しかも、その増加は単なる統計上の揺らぎではなく、直腸がんや若年女性の右側結腸がんを中心とした、特定の傾向を伴っていたのです。

 

さらに深刻なのは、若年患者の多くが進行した状態で診断されている点です。

 

研究では、50歳未満患者の約4人に1人が、診断時点ですでに転移性病変(がんが他臓器へ広がった状態)を有していました。

 

この研究は、ジュネーブ大学(UNIGE)およびジュネーブ大学病院(HUG)の研究チームによって実施されたものです。

 

研究者らは、若年層における大腸がん増加の背景には、食生活、肥満、生活習慣、腸内細菌叢など複数要因が関与している可能性があると指摘しています。

 

しかし一方で、現時点では「これが唯一の原因である」と断定できる要因は存在しておらず、依然として多くの謎が残されています。

 

以下に研究の内容をまとめます。

  

参考研究)

Rising early-onset colorectal cancer in Switzerland despite declining incidence in older adults: A nationwide population-based study, 1980–2021(2026/03/30)

  

 

世界で増加する若年性大腸がん

 

大腸がんは現在、世界で3番目に多く診断されるがんであり、がん死亡原因としては2番目に位置しています。

  

世界保健機関(WHO)によれば、2022年には世界で190万人以上が新たに大腸がんと診断され、約90万人が死亡しました。

 

特にヨーロッパ、オーストラリア、ニュージーランドでは発症率が高いことが知られています。

 

スイスでも大腸がんは主要ながんの1つであり、毎年約4500件の新規症例が報告されています。

 

これまで、大腸がん検診の普及によって50歳以上では発症率低下が見られていました。

 

しかし研究者らは、その一方で若年層では逆方向の変化が起きていることに注目しました。

 

 

約10万件を解析した全国規模研究_

今回の研究は、スイス全国のがん登録データを用いた人口ベース研究(population-based study:特定病院ではなく地域全体のデータを解析する研究)です。

 

研究チームは1980年から2021年までに診断された96,410件の大腸腺がん(大腸の粘膜細胞由来の一般的ながん)が解析されました。

 

このうち、50歳未満で診断された若年性大腸がんは5,928件でした。

 

データは、スイス国家がん登録機関(NACR)と州別がん登録システムから収集されました。

 

本研究はこうした全国規模データを長期間解析したことで、短期的な流行ではなく、長期的傾向を確認できた点が大きな特徴とされています。 

  

 

若年層では年間0.5%ずつ増加

研究では、50歳未満における大腸がん発症率が、年間約0.5%ずつ増加していることが確認されました。

  

Rising early-onset colorectal cancer in Switzerland despite declining incidence in older adults: A nationwide population-based study, 1980–2021より

 

最終的には、10万人年あたり約7件に達していました。

  

人年(person-years)」とは、研究対象者数と追跡年数を組み合わせた疫学指標です。(例えば、1万人を10年間追跡すると10万人人年になる。)

 

一方で、50〜74歳の検診対象世代では、大腸がん発症率は減少していました。

  

男性:年間1.7%減少

女性:年間2.8%減少

 

つまり現在の大腸がんは、「高齢層では減少」「若年層では増加」という、対照的な動きを示しているのです。

 

 

増加の中心は「直腸がん」

研究では、増加している部位にも特徴が見られました。

 

特に増加していたのは、男女ともに「直腸がん」でした。

 

直腸とは、大腸の最も肛門側に位置する部分で、便を一時的に貯留する役割があります。

 

さらに、若年女性では「右側結腸がん(proximal colon cancer)」の増加も確認されました。

 

右側結腸とは、盲腸や上行結腸など、大腸の右側部分を指します。

 

この部位のがんは、血便よりも貧血や疲労感など非特異的症状が出やすく、発見が遅れやすいことがあります。

 

ただし、この研究だけでは「なぜ直腸がんが増えているのか」までは明確に説明できません。

  

  

若年患者ほど進行がんで発見されやすい

 

今回の研究で特に重要視されているのが、若年患者における進行がんの割合です。

 

研究によると、50歳未満患者の約23〜28%が、診断時点ですでに転移を有していました。

 

数値に幅があるのは、掲載資料ごとに解析条件や定義が若干異なる可能性があるためです。

 

論文本文では約23%、大学広報資料では約28%と記載されていました。

 

一方、高齢患者では約20%でした。

 

つまり若年患者のほうが、より進行した状態で見つかる傾向があるのです。

 

研究者らは、その理由として以下を挙げています。

  

・若年層では「自分はがんではない」と考えやすい

・症状を痔やストレスと誤認しやすい

・医療側も若年患者では大腸がんを疑いにくい

・検診対象年齢外である

 

研究者の一人であるJeremy Meyer氏は、「30代でも家族歴のない患者が増えている」と指摘しています。

 

 

生存率は改善したが、若年女性では停滞も

研究では、生存率についても分析されています。

 

全体としては5年純生存率(net survival:他疾患の影響を除外した生存率)は改善していました。

 

これは診断技術や治療進歩の影響と考えられます。

 

しかし研究では、「若年女性では2010年以降、生存率改善が頭打ちになった可能性」が示されています。

 

ただし、この原因については論文でも断定されていません。

 

症例数の違い、がん部位の変化、生物学的特性、診断遅延など複数要因が考えられますが、追加研究が必要だとされています。

 

 

なぜ若年性大腸がんは増えているのか

研究者らは、若年性大腸がん増加の背景として、複数の仮説を挙げています。

 

【食生活の変化】

超加工食品(工業的加工が高度に行われた食品)、赤身肉、高糖質食、低食物繊維食などは、大腸がんリスクとの関連が以前から指摘されています。

特に欧米化した食生活は、腸内細菌叢へ影響する可能性があります。

  

【肥満と運動不足】

肥満は慢性炎症(軽度の炎症が長期間続く状態)を引き起こし、インスリン抵抗性(インスリンが効きにくくなる状態)を悪化させることで、大腸がんリスクに関与する可能性があります。

若年肥満率上昇との関連も議論されています。

  

【腸内細菌叢の変化】

腸内細菌叢は、免疫や代謝に深く関与しています。

抗生物質使用、食品添加物、環境化学物質などによって腸内環境が変化し、一部細菌が発がん促進に関与する可能性も研究されています。

  

ただし現時点では、「若年性大腸がん増加を説明する単一要因」は存在していません。研究者ら自身も、「完全には解明されていない」と明言しています。

 

 

検診年齢引き下げの議論

若年患者増加を受け、アメリカでは大腸がん検診開始年齢を50歳から45歳へ引き下げています。

 

さらに、家族歴や遺伝性大腸がん症候群がある場合には、より若年からの検査が推奨されています。

 

研究チームは、以下の症状を軽視しないよう呼びかけています。

  

・血便

・長引く腹痛

・排便習慣の変化

・原因不明の体重減少

・便秘・下痢の持続

 

もちろん、これら症状の多くは良性疾患でも起こります。

 

しかし、「若いから大丈夫」と自己判断することが、診断遅延につながる危険性があると研究者らは警告しています。

 

 

研究の限界 

今回の研究は非常に大規模ですが、いくつかの限界もあります。

 

まず、観察研究であるため、「何が原因で若年性大腸がんを増やしているか」を直接証明するものではありません。

 

また、食事内容、運動習慣、肥満度、抗生物質使用歴など、個人レベルの生活習慣データは十分に含まれていません。

 

繰り返しになりますが、「どの要因がどれだけ影響しているか」は依然として不明です。

 

さらに、スイス特有の医療制度や生活環境の影響もあるため、すべての国へ同様に当てはまるとは限りません。

 

それでも、欧米各国でも同様傾向が報告されていることから、若年性大腸がんは国際的な公衆衛生課題として注目されています。

 

若年性大腸がんの増加は、「大腸がんは高齢者の病気」という従来の認識を見直す必要性を示しています。

 

もちろん、若年層での発症率そのものは依然として高齢層より低く、過度に不安になる必要はありません。

 

しかし、血便や長引く腹痛、便通変化などを軽視せず、必要に応じて医療機関へ相談することは重要です。

 

また、今回の研究は、生活習慣や腸内環境とがんとの関係を改めて考えさせる内容でもあります。

 

今後は、より詳細な分子レベル研究や、若年層を対象とした予防戦略の構築が求められていくことになりそうです。

 

 

まとめ

・スイス全国約10万件解析で、50歳未満の大腸がんが年間0.5%ずつ増加していることが確認された

・若年患者では直腸がんや進行がんの割合が高く、診断遅延が問題視されている

・食生活・肥満・腸内環境など複数要因が疑われていますが、明確な単一原因はまだ解明されていない

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