男性型脱毛症(AGA:Androgenetic Alopecia)は世界中で最も一般的な脱毛症であり、多くの人の生活の質や精神的健康に影響を及ぼしています。
現在、非外科的治療として広く用いられているのはフィナステリドとミノキシジルですが、効果には個人差があり、副作用を理由に治療をためらう人も少なくありません。
こうした中、中国伝統医学で古くから「白髪や脱毛を改善する生薬」として利用されてきた生薬・何首烏(カシュウ:Pleuropterus multiflorus、旧学名 Polygonum multiflorum)に再び注目が集まっています。
2025年に発表された総説論文では、何首烏が薄毛の発症に関わる複数の経路へ同時に作用する可能性が整理され、将来的な育毛治療薬候補として期待が寄せられています。
一方で、この研究は新たな臨床試験ではなく、既存研究をまとめたレビュー論文であり、現時点では多くの根拠が細胞実験や動物実験が中心です。
また、何首烏には薬剤性肝障害の報告も存在するため、安全性についても慎重な検討が必要でが、育毛という分野に新たな光を見出すものとして期待されるものと言えます。
以下に研究の内容をまとめます。
参考研究)
・Research progress on the application of Pleuropterus multiflorus in the treatment of androgenetic alopecia(2026/06/08)
何首烏とは

何首烏(カシュウ)は、タデ科植物であるツルドクダミ(Pleuropterus multiflorus)の塊根を乾燥させた生薬です。
古くから滋養強壮や抗老化、白髪予防、脱毛対策などに利用されています。
名前の由来もおもしろく、中国の「何」という名の人物が、この生薬を飲んでいると首から上(頭髪)が烏(カラス)のように黒くなったという逸話からくるものとされています。
不良長寿の薬としてもてはやされた過去があるものの、そこまでの効果がみられなかったことから、雑草扱いになったという落ちまでついています。
現在では、アントラキノン類(便通改善作用)やクリソファノール(アントラキノン誘導体)、スチルベン配糖体(抗酸化・抗糖化作用)などの成分が認められ、当帰飲子をはじめとした漢方の構成生薬でもあります。

特に中国伝統医学では、「肝」と「腎」の働きが髪の健康に密接に関わると考えられており、何首烏はこれらを補う代表的な生薬として位置づけられてきました。
唐代(西暦813年)の『何首烏伝』をはじめ、『本草綱目』など数多くの医学書に、白髪を黒くし、毛髪を強くする生薬として記載されています。
現在のAGA治療にはどのような課題があるのか
AGAの発症には、男性ホルモンの一種であるテストステロンが、5αリダクターゼという酵素によってジヒドロテストステロン(DHT)へ変換されることが深く関与していることが分かっています。
・5αリダクターゼ
男性ホルモンをより活性の高いDHTへ変換する酵素で、AGA発症の重要な因子と考えられている
・ジヒドロテストステロン(DHT)
毛包(毛根を包む組織)に存在するアンドロゲン受容体へ結合し、毛髪の成長期を短縮させ、徐々に細く短い毛しか生えない状態へ誘導する
現在広く使われているフィナステリドは、この5αリダクターゼを阻害することでDHT産生を抑えます。
一方、ミノキシジルは頭皮の血流改善や毛包細胞の活性化を促すと考えられています。
しかし、性機能関連の副作用への懸念、効果発現まで数か月を要すること、中止後に脱毛が再び進行することなどが課題として知られています
こうした背景から、複数の作用機序を持つ天然由来成分の探索が進められており、その代表候補の一つが何首烏なのです。
何首烏に含まれる主要な育毛関連成分
論文では、何首烏に含まれる数多くの化学成分の中でも、特に以下の3成分が重要視されています。
Research progress on the application of Pleuropterus multiflorus in the treatment of androgenetic alopeciaより 【Emodin(エモジン)】左上の構造式
アントラキノン系化合物の一種で、抗炎症作用や抗酸化作用を持つほか、5αリダクターゼ阻害や細胞死抑制への関与が報告されている。
【Physcion(フィシオン)】左下の構造式
こちらもアントラキノン系成分で、実験ではエモジン以上に5αリダクターゼ阻害作用を示したと報告されている。
【TSG】右の構造式
正式名称「2,3,5,4’-テトラヒドロキシスチルベン-2-O-グルコシド(2,3,5,4’-tetrahydroxystilbene-2-O-glucoside)」。
現在の中国薬局方でも品質管理指標として採用されている主要成分であり、毛包細胞の生存維持や増殖促進に関与すると考えられている。
薄毛への効果とメカニズム

① DHT産生を抑える
レビューでは、何首烏抽出物が5αリダクターゼ活性を強く抑制した複数の研究が紹介されています。
一部の培養実験では、75%エタノール抽出物が90%以上の酵素阻害を示したとされており、PhyscionやEmodinがこの作用に寄与している可能性が示唆されています。
もっとも、この結果は主として試験管内実験で得られたものであり、人で同程度の作用が得られるかどうかはまだ明らかではありません。
② 毛包細胞のアポトーシスを抑制する
アポトーシスは、細胞が自ら死ぬプログラムされた仕組みのことです。
AGAでは毛乳頭細胞の過剰なアポトーシスが進行し、毛包が小型化すると考えられています。
TSGはPI3K/Akt経路という細胞生存シグナルを活性化し、Bcl-2という細胞保護タンパク質を増やしながら、BaxやCaspase-3など細胞死を促す因子を抑制したことが報告されています。
③ Wnt/β-catenin経路を活性化する
Wnt/β-cateninは、毛包の形成や成長期維持に極めて重要な細胞内情報伝達経路です。
マウス実験では、何首烏抽出物を2週間塗布すると休止期毛包が成長期へ移行し、β-cateninやShhシグナルの発現増加が認められました。
④ 成長因子を増やし、頭皮環境を改善する
何首烏は、VEGF(血管新生因子)、HGF(肝細胞増殖因子)、IGF-1(インスリン様成長因子)、FGF-7(線維芽細胞増殖因子)などの発現を高め、一方で毛包退縮を促すTGF-βやDkk-1を抑える可能性が示されています。
⑤ 頭皮の血流改善
ミノキシジルと同様に、何首烏にも局所血流改善作用が報告されています。
マウス実験では、皮膚内の微小血管数が増加し、血液粘度や赤血球凝集が改善したとされています。
これにより毛包への酸素や栄養供給が増え、発毛環境が整う可能性があります。
化粧品や医薬品への応用も進んでいる
論文内では、中国国内で何首烏を配合したシャンプー、育毛美容液、漢方製剤などが数多く開発されていることも紹介されています。
また、中国国家薬品監督管理局(NMPA)承認の一部漢方製剤にも何首烏が配合されており、伝統医学と現代製剤技術を組み合わせた製品開発が進められています。
ただし、これらの多くは複数の生薬を組み合わせた製剤であり、「何首烏単独の効果」を厳密に評価することは難しいと著者らも指摘しています。
研究の注意点
本論文はレビュー論文であり、新規の臨床試験ではありません。
また、紹介されている研究の多くは、細胞実験、マウス実験、小規模な後ろ向き研究で構成されています。
したがって、「何首烏を服用すればAGAが改善する」と現時点で断定することはできません。
さらに重要なのは、何首烏には薬剤性肝障害(DILI)が報告されていることです。
薬剤性肝障害(Drug-Induced Liver Injury:DILI)
医薬品や健康食品などによって肝機能障害が引き起こされる状態。
論文でも、TSGの代謝産物や加工不足の製剤などが肝毒性に関与する可能性が議論されており、安全性評価の重要性が強調されています。
そのため、健康食品や個人輸入製品として何首烏を自己判断で長期間摂取することには注意が必要でしょう。
今回の総説論文は、主に以下の内容が確認されました。
・男性ホルモン調節
・毛包細胞保護
・成長因子制御
・血流改善
・毛周期正常化
何首烏がAGAに対して単一の仕組みではなく、複数の経路へ同時に働きかける可能性を整理した点で非常に興味深い内容でもあります。
一方で、現段階では十分なヒト臨床試験が不足しており、科学的エビデンスはまだ発展途上です。
薄毛治療を考える際には、実績のある治療法を基本としつつ、新しい天然由来成分の研究成果にも注目していく姿勢が重要といえるでしょう。
また、何首烏を含むサプリメントや漢方製剤を利用する場合は、肝機能への影響を含め、慎重な使用が望まれます。
まとめ
・何首烏(カシュウ:Pleuropterus multiflorus)は、DHT抑制、毛包保護、血流改善など複数の経路からAGAへ作用する可能性が示されている
・ただし、現在の根拠の多くは細胞実験や動物実験であり、ヒトでの大規模臨床試験は今後の課題
・薬剤性肝障害の報告もあるため、「天然だから安全」と考えず、今後の研究成果を慎重に見極める必要がある


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