高齢者のうつ病治療において、腸活(プロバイオティクス)が有望な補助療法となる可能性が示されました。
インド・国立医学研究機関らによって実施された臨床試験では、中等度のうつ病を抱える60歳以上の高齢者が通常の抗うつ薬治療を継続しながらプロバイオティクスを摂取するという実験を行いました。
その結果、プラセボ(有効成分を含まない偽薬)の投与を受けた人々と比較して、うつ症状および不安症状の改善がやや大きかったことが確認されました。
今回の研究は比較的小規模な試験ではあるものの、近年注目を集める「腸脳相関(腸と脳が相互に影響し合う仕組みのこと)」を支持する興味深い結果として注目されています。
以下に研究の内容をまとめます。
参考研究)
腸と脳は密接につながっている

近年の研究では、私たちの消化管内に生息する膨大な数の細菌が、単なる消化の補助だけでなく、精神的な健康にも関与している可能性が示されています。
人間の腸内には数十兆個以上の微生物が存在しており、これらの集合体は「腸内細菌叢」あるいは「腸内マイクロバイオーム(腸内に存在する微生物全体のこと)」と呼ばれています。
研究者たちは、この腸内細菌が神経系、免疫系、ホルモン系などを介して脳に影響を与える可能性があると考えています。
実際に近年では、うつ病、不安障害、自閉スペクトラム症、認知症などの疾患と腸内環境との関連を示唆する研究が数多く報告されています。
こうした背景から、腸内環境を改善することで精神症状の改善につながるのではないかという期待が高まっています。
プロバイオティクスとは何か

プロバイオティクスとは、生きた微生物を摂取することで健康に有益な作用をもたらすものを指します。
代表的なものとしては、乳酸菌、ビフィズス菌、酪酸産生菌などがあります。
これらの細菌は腸内細菌のバランスを整え、炎症を抑えたり、短鎖脂肪酸(腸内細菌が食物繊維を分解して作る有益な物質のこと)の産生を促進したりすることが知られています。
さらに近年では、神経伝達物質の産生や脳機能への影響についても研究が進められています。
研究方法
今回の研究はインドで実施されたパイロット試験(本格的な大規模研究の前段階として行われる小規模試験のこと)です。
対象となったのは、60歳以上で中等度のうつ病を有する58人でした。
参加者全員はエスシタロプラム、セルトラリンなどのSSRI、ミルタザピンなどのSNRI、ベンラファキシンなどのNaSSAといった、一般的に使用される抗うつ薬による治療を継続していました。
研究者らは参加者を無作為に2つのグループへ割り付けました。
一方のグループには毎日プロバイオティクスを投与し、もう一方には見た目が同じプラセボを投与しました。
介入期間は12週間で、その後さらに12週間にわたり経過観察が行われました。
このような無作為化比較試験は、治療効果を検証する上で比較的信頼性の高い研究デザインとされています。
調査された点
研究では複数の指標が評価されました。
まず、うつ症状や不安症状については、精神医学分野で広く使用される評価尺度を用いて測定されました。
さらに研究者らは、BDNF(脳由来神経栄養因子:神経細胞の成長や維持に関与するタンパク質のこと)も測定しました。
BDNFはうつ病研究で特に重要視される指標です。
一般的に、うつ病患者ではBDNF濃度が低下していることが報告されており、抗うつ薬治療によって上昇することがあります。
また研究者らは、糞便マイクロバイオータ解析(便中の細菌構成を解析する方法のこと)も実施しました。
これにより、プロバイオティクスが腸内細菌叢へどのような影響を与えたかを調べています。
プロバイオティクス群でより大きな改善がみられた研究期間中、両グループとも症状の改善が認められました。
これは参加者全員が抗うつ薬治療を継続していたためと考えられます。
しかしその中でも、プロバイオティクスを摂取したグループでは、うつ症状と不安症状の改善幅がより大きかったことが報告されました。
【グラフの概要】
・うつ症状(MADRS)と不安症状(GAD-7)の変化を、プロバイオティクス群とプラセボ群で比較したもの。
【うつ症状(MADRS:図A)】
研究開始時(Baseline)は両群とも重症度がほぼ同じ。
しかし6週後、12週後、24週後(介入終了後の追跡期間を含む)では以下の結果が現れた。
・プロバイオティクス群:25.7 → 12.8 → 11.4 → 10.2
・プラセボ群:27.0 → 19.2 → 17.1 → 19.2
この結果から、プロバイオティクス群の方が大幅な改善を維持していたことが示された。
特に24週時点では、プロバイオティクス群はさらに改善している一方、プラセボ群では症状がやや悪化。
【不安症状(GAD-7:図B)】
こちらも開始時は両群ともほぼ同程度だった。
結果は以下の通り。
・プロバイオティクス群:12.0 → 5.4 → 5.6 → 4.1
・プラセボ群:11.8 → 8.9 → 9.3 → 9.0
プロバイオティクス群では不安症状が約3分の1まで減少した。
一方、プラセボ群でも改善はみられましたが、その程度は小さいものだった。
この結果は、プロバイオティクスが既存治療を補完する役割を果たす可能性を示唆しています。
生活の質には明確な差がみられなかった
興味深いことに、症状改善がみられた一方で、生活の質(QOL:Quality of Life)については、プラセボ群に対する明確な追加効果は確認されませんでした。
うつ症状が改善しても、日常生活機能や社会活動などの広範な指標に反映されるまでには時間がかかる可能性があります。
また、試験規模が小さかったことも影響しているかもしれません。
これらの反応に対し、研究者たちはいくつかの仕組みを想定しています。
その一つが腸内細菌です。
腸内細菌は神経伝達物質の産生や代謝に関与しており、セロトニンやGABAなど精神状態に関わる物質に影響を与える可能性があります。
また、慢性炎症はうつ病発症に関与する可能性が指摘されていますが、プロバイオティクスは炎症反応を抑制する作用を持つことが報告されています。
さらに、腸と脳は迷走神経を介して双方向に情報をやり取りしており、腸内環境の変化が脳機能へ影響を及ぼす可能性も考えられています。
ただし今回の研究だけでは、実際にどの経路が最も重要だったのかは判断できません。
研究の限界と今後
今回の研究結果は興味深いものですが、いくつかの重要な限界があります。
まず、参加者数は58人と少なく、統計学的な精度には限界があります。
また、対象者はインドの高齢者に限定されており、他の国や人種でも同様の結果が得られるかは分かっていません。
さらに、記事からは使用された菌株や菌量の詳細が確認できません。
プロバイオティクスの効果は菌種によって大きく異なるため、すべての市販製品で同じ効果が得られるとは断定できません。
したがって、現時点では関連性や有効性の可能性を示した段階であり、プロバイオティクスがうつ病を治療することを証明したわけではありません。
共同責任著者であるSaibal Das博士は、今回の結果を受けてより大規模な臨床試験を計画していると述べています。
また、共同責任著者のAbhinaba Ghosh博士は、手頃な価格で利用できる医療ソリューションの開発を目指していると語っています。
今後、大規模試験によって効果の再現性が確認されれば、プロバイオティクスは高齢者うつ病の補助療法として活用される可能性があります。
今回の研究結果は、腸内環境と精神的健康のつながりを改めて示したものといえます。
ただし、うつ病の治療中に自己判断で薬を中止し、プロバイオティクスだけに頼ることは推奨されません。
まずは医師の指導のもとで標準治療を継続することが重要です。
そのうえで、発酵食品を適度に摂取することや、食物繊維の豊富な野菜・豆類・全粒穀物を取り入れることは、腸内環境の改善に役立つ可能性があります。
腸内環境を整えることは、身体だけでなく心の健康維持にもつながるかもしれません。
まとめ
・高齢者のうつ病患者において、プロバイオティクス併用群はうつ症状と不安症状がより改善した
・腸内細菌と脳の関係を示す「腸脳相関」を支持する結果が得られた
・小規模試験のため結論はまだ暫定的であり、大規模研究による検証が必要


コメント