がん診療を担う人材が足りない:低・中所得国で深刻化する医療格差

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食べ物がなくて餓死する確率も、戦争で命を落とす確率も、ウィルスや細菌による病気が原因でなくなる確率も過去と比べて少なくなっているはずの現代。

  

高齢化や人口増加も相まり、死から遠ざかっているはずの現代ですが、がん患者数も急増すると予測されています。

  

新たに発表された国際報告書によると、2050年には年間3,530万人が新たにがんと診断され、年間1,850万人が死亡すると見込まれています。

 

しかし、それ以上に深刻な問題として浮上しているのが、がん診療を支える医療従事者の不足です。

 

研究チームは、このままの状況が続けば2050年までに世界で約1億人のがん医療関連人材が不足すると推計しました。

 

特に看護師や放射線診断医、病理医などの不足が深刻になると考えられています。

 

さらに、低所得国・中所得国では診断や治療へのアクセスが限られており、生存率の格差も拡大する可能性があります。

 

報告書では、人材育成や国際協力、AI(人工知能)技術の活用などを進めることで、2030年から2050年までの間に約1億7,000万人のがん死亡を防げる可能性があると指摘しています。

  

今回の研究は、がんそのものだけでなく、がん医療を支える人材不足が世界的な健康危機になり得ることを示した重要な報告です。

 

以下に研究の内容をまとめます。

 

参考記事)

Growing ‘Cancer Crisis’ Requires Millions More Healthcare Workers, Report Warns(2026/06/03)

  

参考研究)

Cancer workforce—a global crisis: a Lancet Oncology Commission(2026/05/31)

  

 

世界のがん患者数は今後さらに増加する

 

今回の研究は、米国の世界最大級の歴史と実績を持つがん専門の総合医療・研究機関であるメモリアル・スローン・ケタリング・キャンサーセンターと、インディアナ大学メルビン・アンド・ブレン・サイモン総合がんセンターの研究者らが主導したものです。

 

研究チームは、世界各国の人口動態やがん発生率のデータを基に、2050年までの将来予測モデルを構築しました。

 

解析では17種類の主要ながんと、18種類のがん医療従事者について検討が行われました。

 

Cancer workforce—a global crisis: a Lancet Oncology Commissionより

  

研究者らによると、今後がん患者数が増加する主な要因は以下の通りです。

  

・世界人口の増加

・高齢化の進行

・生活習慣の変化

・環境要因の変化

・がんリスク因子の増加

  

がんは加齢とともに発症リスクが高くなるため、高齢化社会の進展はがん患者数の増加に直結します。

 

研究チームは2050年には年間3,530万人が新たにがんと診断されると推計しました。これは現在よりも大幅な増加です。

 

特に増加が著しいと予測されているのは、医療資源が比較的限られている低所得国および中所得国です。

 

報告書によると、2050年には新たながん患者の約70%がこれらの国々で発生すると予測されています。

 

 

世界のがん医療人材は約1億人不足する見込み

今回の報告書で最も衝撃的な結果は、将来的ながん医療人材の不足です。

 

研究チームは、増加する患者数に対応するために必要な人員を試算した結果、2050年には世界全体で約1億人分の人材が不足すると予測しました。

 

不足が予測される主な職種は以下の通りです。

  

・看護師:約6,500万人不足

・診断専門職:約1,600万人不足

・専門医:約1,000万人不足

・高度臨床専門職:約600万人不足

・医療技術職・関連職:約1,500万人不足

 

特に看護師不足は極めて深刻であり、全体の不足数の大半を占めています。

 

また診断専門職の不足も大きな課題です。

 

診断専門職とは、病気を見つけるための専門家を指します。例えば放射線画像を読影する放射線科医や、組織標本を解析する病理医などが含まれます。

 

がん治療では早期発見が重要ですが、診断を行う専門家が不足すれば、診断の遅れにつながる可能性があります。

   

がん患者の生存率を左右する「住む場所」

研究チームは、がんの生存率についても将来予測を行いました。

 

その結果、地域によって大きな格差が生じることが明らかになりました。

 

2050年の5年生存率(診断から5年後に生存している割合)は、アフリカ:約34%、アジア:約39%と予測されています。

 

一方で、北米:約60%、オセアニア:約60%に達すると見込まれています。

 

研究者らは、がん患者の生存率を決定する最大の要因の一つは、がんの種類そのものではなく、「どの国で診断と治療を受けるか」であると指摘しています。

 

これは医療資源の偏在による影響が非常に大きいためです。

 

さらに研究チームは、世界全体で約3分の1のがんが未診断のままであると推定しています。

 

特にアフリカの一部地域では、60%以上のがんが診断されていない可能性があると報告されています。

 

未診断とは、実際にはがんを発症しているにもかかわらず、医療機関で発見されていない状態を意味します。

 

診断されなければ適切な治療を受けることができず、死亡率の上昇につながります。

 

 

AIとデジタル技術が人材不足解消の鍵になる

研究チームは、この危機を回避するための対策についても提言しています。

  

その中で特に重視されているのがAIとデジタル技術の活用です。

 

近年、AIは画像診断や病理診断の分野で急速に発展しています。

 

例えばCTやMRI画像から異常を検出したり、病理標本を解析したりする技術が実用化され始めています。

 

もちろん、現時点でAIが医師を完全に代替できるわけではありません。

 

しかし、人材不足が深刻化する地域では、医療従事者の負担軽減や診断効率の向上に大きく貢献する可能性があります。

 

また研究チームは、国際的ながん医療人材登録システムの構築も提案しています。

 

現在は世界規模で統一されたがん医療人材データベースが存在しておらず、どの地域でどの職種が不足しているかを正確に把握することが難しい状況です。

 

こうした情報を集約することで、人材育成や配置をより効率的に進められると期待されています。

 

 

投資による経済効果は120兆ドルに達する可能性

 

研究チームは経済的な側面についても試算を行いました。

  

人材育成や医療体制強化、AI導入などの対策を進めた場合、2030年から2050年までに約120兆ドルの経済効果が得られる可能性があるとしています。

 

これは投資額1ドル当たり約4ドルの利益に相当します。

 

さらに、適切な医療体制の整備によって約1億7,000万人のがん死亡を防げる可能性も示されました。

 

もちろん、これらは将来予測モデルに基づく試算であり、実際の数値は今後の医療政策や技術革新によって変化する可能性があります。

 

そのため、120兆ドルという数字や1億7,000万人という推計値は確定した結果ではなく、あくまでモデルに基づく予測である点には注意が必要です。

 

 

研究の意義と今後の課題

今回の報告書は、がん患者数の増加だけでなく、それを支える医療従事者の不足が世界規模の危機になり得ることを示しました。

 

これまでの議論では、新しい抗がん剤や治療技術に注目が集まることが多くありました。

 

しかし、どれほど優れた治療法が開発されても、それを提供する医療従事者が不足していては十分な効果を発揮できません。

 

特に低所得国や中所得国では、医療インフラの整備と人材育成が急務であることが改めて浮き彫りになりました。

 

また、AIやデジタル技術の活用は有望な解決策の一つですが、それだけで問題を解決できるわけではありません。

 

教育制度の充実や国際協力、持続的な資金確保など、多方面からの取り組みが必要になるでしょう。

 

私たち個人にできることは限られていますが、がん予防のための生活習慣改善や定期検診の受診は依然として重要です。

 

医療資源が今後さらに逼迫する可能性を考えると、早期発見・早期治療の重要性はこれまで以上に高まるかもしれません。

 

この報告書は観察データと将来予測モデルに基づく国際委員会(Commission)の分析であり、ランダム化比較試験(RCT)ではありません。

 

そのため因果関係を直接証明する研究ではありませんが、世界規模の疫学データと医療人材データを統合した大規模予測として、政策立案上は非常に重要なエビデンスと考えられます。

 

 

まとめ

・2050年には年間3,530万人が新たにがんと診断され、世界で約1億人のがん医療人材が不足すると予測されている

・特に看護師や診断専門職の不足が深刻で、低所得国・中所得国では生存率格差が拡大する可能性がある

・AI活用や人材育成、国際協力を進めることで、2030〜2050年に約1億7,000万人のがん死亡を防げる可能性が示された

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