カフェインといえば、目を覚ますための刺激物質として、覚醒を促す化学物質として私たちの生活に深く根ざしています。
朝の一杯のコーヒー、昼過ぎのリフレッシュ、あるいは夜遅くまでの作業や勉強の助けとして、日々多くの人々に摂取する人も多いでしょう。
しかし、就寝前のカフェイン摂取が睡眠の質を妨げるということは、すでによく知られている事実です。
ところが、カフェインが単に眠気を遠ざけるだけでなく、睡眠中の脳の活動そのものを変えてしまう可能性があることが、カナダのモントリオール大学による研究で示されました。
この研究は、カフェインが睡眠中の脳に与える影響について、従来よりもさらに深く掘り下げたものです。
以下に研究の内容をまとめます。
参考記事)
・Caffeine Has a Weird Effect on Your Brain While You’re Asleep(2025/06/09)
参考研究)
・Caffeine induces age-dependent increases in brain complexity and criticality during sleep(2025/04/30)
カフェインが脳の「臨界状態」に影響を与える
この研究は、睡眠中の脳が示す信号の複雑性(signal complexity)と呼ばれる指標に焦点を当てています。
研究チームによると、カフェインを摂取した状態では、脳が「臨界状態(criticality)」に近づくことがわかりました。

臨界状態とは、脳が「構造の安定性」と「柔軟な適応性」という二つの要素の間に最適なバランスを保っている状態です。
この状態は、日中の学習や意思決定、情報処理において最も効率的であると考えられています。
しかしながら、この臨界状態は、睡眠時にはむしろ望ましくない可能性があると研究者は指摘します。
睡眠中であっても脳が過剰に活性化されることで、休息や回復が妨げられる恐れがあるためです。
若年層ほどカフェインの影響を受けやすい

研究では、20歳から27歳までの健康な若年層の被験者40名が対象となりました。
各被験者は、2晩にわたって脳波測定装置(EEG)を装着しながら睡眠しました。
一方の晩には偽薬(プラセボ)が与えられ、もう一方では約200ミリグラムのカフェイン(コーヒー1〜2杯相当)を摂取してもらい、脳波の変化を比較検証しました。
その結果、カフェインは特に若年層の被験者において、脳の活動に顕著な変化をもたらすことが確認されました。
臨界状態への移行がより顕著に見られ、脳が休息状態に入りにくくなっていたのです。
研究者たちは、年齢による脳のアデノシン受容体の密度の違いが、その感受性の差につながっていると説明しています。
若年層の脳にはアデノシン受容体がより多く存在するため、カフェインの作用が強く表れやすいと考えられます。
脳波の変化:デルタ波・シータ波・アルファ波が弱化
研究チームはさらに、カフェインが睡眠中の脳波のリズム(特にデルタ波、シータ波、アルファ波)に及ぼす影響についても詳細に分析を行いました。
これらの脳波は、深くて回復力のある睡眠を示す指標として知られており、特にノンレム睡眠の質と強く関連しています。
ところが、カフェインを摂取した晩の脳波データでは、これらのリズムが明らかに弱まっていたことが明らかになりました。
これは、記憶の定着や神経の再生といった、脳の回復機能に悪影響を与える可能性があることを示しています。
神経科学者であるKarim Jerbiは次のように述べています。
「カフェインの影響下では、睡眠中であっても脳がより活性化され、休息的な状態に入ることが難しくなる。このリズムの変化は、記憶処理や脳の回復効率が低下する一因となり得る。」
カフェインと「覚醒の持続状態」
また、この研究では、カフェイン摂取後の脳においてニューロンの興奮状態が高まる傾向も確認されました。
これは、臨界状態へとシフトする脳の動きと一致しており、「覚醒モード」が持続する状態と言い換えることもできます。
Julie Carrier神経科学者も次のように警鐘を鳴らしています。
「この覚醒モードは日中の集中には役立つ一方で、夜間の休息を妨げる可能性がある。脳が十分にリラックスすることも、回復することもできなくなってしまう。」
なぜ「若いほど効いてしまう」のか?
本研究では、カフェインに対する反応が年齢によって異なる原因についても考察されています。
日中、アデノシン分子は徐々に脳内に蓄積し、夜間には眠気を促進します。
カフェインはこのアデノシンの作用を一時的に遮断することで覚醒感をもたらします。
しかし、若年者の脳はアデノシン受容体の密度が高いため、カフェインによるブロック効果がより強力に働いてしまうのです。
その結果、覚醒効果だけでなく、睡眠中に脳を過剰に活動的な状態に保ち続けてしまうという副作用も強く現れるということになります。
研究チームは論文の中で次のようにまとめています。
「カフェインは、コーヒーやお茶、清涼飲料、エナジードリンク、チョコレート、そして医薬品などを通じて、すべての年齢層で日常的に摂取されている。したがって、睡眠中の脳への影響、そして年齢による影響の違いを明らかにすることは極めて重要。」
結論:覚醒の代償としての睡眠の質低下に注意を
今回の研究は、カフェインが日中だけでなく、夜間の脳の回復メカニズムにまで影響を及ぼすことを科学的に裏付ける重要な一歩となりました。
目を覚ますための味方が、実は脳の深い回復や記憶の固定を妨げている可能性があるという事実は、多くの人にとって意外かつ警戒すべき事実です。
日々のカフェイン摂取においては、そのタイミングと量に対する慎重な配慮が求められることを、今回の研究は改めて教えてくれています。
まとめ
・カフェインは睡眠中の脳を活性化させ、臨界状態に近づけることで休息の質を低下させる
・デルタ波・シータ波・アルファ波など、回復的な脳波のリズムが弱化し、記憶や認知の回復に影響
・若年層はカフェインの影響をより強く受けやすく、特に夜間の睡眠に注意が必要
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