日常的に親しまれているコーヒーや紅茶などの温かい飲み物ですが、その飲用温度が私たちの健康、とりわけ食道がんの発症リスクにどのような影響を与えるかについては、長年にわたり世界中で研究が行われてきました。
今回解説する論文は、オックスフォード大学らの研究チームによって発表されたもので、約100万人という大規模な追跡データに基づいて飲料の温度と食道がん発症率の関係を詳細に分析したものです。
本研究から導き出された結論として、飲み物の種類や成分に関わらず、非常に熱い状態で飲料を摂取する習慣は、食道がんの一種である食道扁平上皮がんのリスクを明確に高めることが示されました。
本研究は、二つの巨大な前向きコホート研究のデータを統合し、平均10年以上の長期間にわたり多くの被験者を追跡調査した観察研究に基づいています。
約100万人のデータを解析し、喫煙や飲酒といった既存の主要な危険因子の影響を統計的に調整している点から、観察研究の枠組みとしては非常に強固で高い信頼性を備えていると評価できます。
以下に研究の内容をまとめます。
参考研究)
・Hot Drinks and Oesophageal Cancer: Prospective Analyses in Around 1 Million UK Adults(2026/09/18)
研究の背景と目的

国際がん研究機関は2016年の段階で、65℃を超える非常に熱い飲み物を人間に対して発がん性の可能性があると分類していました。
しかし、その根拠となったデータの多くは、南米で親しまれているマテ茶を極めて高い温度で飲む習慣など、特定の地域や文化的背景に基づく研究が中心でした。
そのため、西洋諸国や一般的な生活環境において普段消費されている温度帯の温かい飲料が、同様に食道がんのリスクを高めるのかどうかについては、十分な解明がなされていませんでした。
そこで本研究チームは、イギリスの一般人口に近い大規模な集団を対象として、日常的な紅茶やコーヒーの摂取頻度および好みの温度が、食道がんの発症率とどのように関連しているかを明らかにすることを目的に調査を開始しました。
対象データと解析方法
本研究では、イギリスにおける二つの主要な基盤研究であるMillion Women StudyとUK Biobankのデータが統合されて利用されました。
解析対象となった参加者の総数は977,282人にのぼり、約100万人という未曾有の規模で詳細な統計処理が行われました。
参加者は研究開始時に、紅茶やコーヒーを普段どのくらいの頻度で飲むか、そしてそれらを飲む際の好みの温度についてアンケート形式で回答しました。
好みの温度に関する選択肢には、ぬるい、熱い、非常に熱いといった区分が含まれていました。
その後、平均して11年から14年にわたる長期的な追跡調査が実施され、医療記録などを通じて食道がんの発症状況が正確に確認されました。
食道がんは病理学的な特徴によって主に二つの種類に分類されます。
一つは食道の表面を覆う粘膜の細胞から発生する食道扁平上皮がんであり、もう一つは腺組織から発生する食道腺がんです。
食道扁平上皮がんは、食道の上皮細胞ががん化するものであり、アルコールやタバコ、物理的な刺激が主なリスク要因として知られています。
本研究では、飲み物の温度がこれら二つの食道がんに対してそれぞれ異なる影響を与えるかどうかについても独立して解析が行われました。
研究の結果
解析の結果、飲料の好みの温度が「非常に熱い」と回答した人々は、「ぬるい」と回答した人々と比較して、食道扁平上皮がんを発症する相対的なリスクが約3.17倍高くなることが示されました。

また、好みの温度が「熱い」と回答したグループにおいても、リスクは69%上昇していることが確認されました。
一方で、もう一つのタイプである食道腺がんについては、飲料の温度や摂取頻度との間に統計的に意味のある明確な関連性は見出されませんでした。
食道腺がんは主に肥満や胃食道逆流症などが原因となって発生することが多いため、熱い飲料による物理的な刺激は食道扁平上皮がんに特異的な影響を及ぼしていると考えられます。
さらに、飲用頻度についての分析も行われました。飲料の温度による影響を考慮した上でも、1日に6杯以上の温かい飲み物を摂取する人々は、それ未満の人々に比べて食道扁平上皮がんのリスクが71%高くなることが分かりました。
重要な点として、このリスクの上昇は紅茶を主に飲む人でもコーヒーを主に飲む人でも同様に観察されました。
また、ミルクを加えるかどうかといった飲用スタイルの違いによっても、リスクの傾向に大きな変化は見られませんでした。
この事実は、特定の飲料に含まれる化学成分が直接的な原因なのではなく、液体が持つ熱さという物理的な性質そのものが発がんリスクに関連しているという説を強く裏付けています。
また、食道がんの最も大きな原因とされる喫煙習慣や飲酒習慣の影響について、統計学的な手法を用いて厳密に除外した解析も実施されました。
その結果、タバコを吸わない人やアルコールを飲まない人々の間であっても、熱い飲み物を好むことによるリスクの増加は変わらず確認されました。
これにより、熱い飲料の摂取が独立した危険因子として機能していることが浮き彫りとなりました。
生物学的なメカニズムに関する考察
なぜ熱い飲み物が食道扁平上皮がんのリスクを高めるのかについて、本論文では直接的な生体実験は行われていないものの、過去の動物実験や医学的知見に基づいたメカニズムが提示されています。
主な原因として考えられているのが、熱による食道粘膜の慢性的な損傷です。
非常に熱い液体が食道を通過する際、食道の表面を保護している上皮組織が熱傷を受けます。
このような物理的なダメージが日常的に繰り返されると、組織の修復過程で細胞分裂が頻繁に行われるようになり、その過程で遺伝子の複製ミスが生じやすくなります。
また、熱によって粘膜のバリア機能が低下することで、他の発がん物質が細胞内部に浸透しやすくなる可能性も指摘されています。
動物実験においても、70℃程度の極めて熱い水を投与されたマウスやラットの食道において、がんの前段階となる病変や組織の壊死が誘導されることが確認されており、今回の人間を対象とした観察研究の結果と整合性を保っています。
研究の注意点&まとめ

本研究は膨大なサンプル数を誇る質の高い研究ですが、いくつかの学術的な限界が存在します。
研究結果を正しく理解するためには、以下の不確実な点についても考慮する必要があります。
まず第一に、飲み物の温度が参加者本人の自己申告に基づいている点です。
実際の温度計を用いた摂氏温度の測定は行われておらず、「非常に熱い」「熱い」「ぬるい」といった個人の主観的な感覚による分類にとどまっています。
そのため、ある人が「熱い」と感じる温度が別の人の「非常に熱い」に該当する可能性があり、客観的な数値としての危険温度域を特定するには至っていません。
第二に、飲料を口に含んでから飲み込むまでの時間や、一口の量といった個人の飲み方の癖についてのデータが含まれていない点です。
カップの中にある液体の温度が同じであったとしても、口の中で少し冷ましてから飲む人と、直接喉奥へ流し込む人とでは、食道粘膜が受ける実際の熱ダメージに差が生じると考えられます。
第三に、本研究は観察研究という性質上、示された結果は相関関係にとどまり、完全な因果関係を直接的に証明するものではありません。
統計的に未調整の生活習慣や未知の要因が結果に影響を与えている可能性を完全に排除することは困難です。
今回の研究結果は、私たちが普段の生活の中で何気なく行っている飲酒食の習慣について、重要で実践しやすい教訓を示してくれています。
お茶やコーヒーといった温かい飲み物そのものは、適切な方法で楽しむ限りにおいて、豊かな気分をもたらし健康面での好影響も多く報告されています。
危険なのは飲み物そのものではなく、それを極端に熱い状態で喉や食道へ通してしまうことです。
日々の生活において食道への負担を減らし、健康を維持するためには、以下の点に注意することが推奨されます。
まとめ
・飲み物を「非常に熱い」状態で飲む習慣は、食道扁平上皮がんのリスクを約3.17倍高めることが確認されたた
・リスクの上昇は紅茶かコーヒーかといった飲料の種類やミルクの有無に関わらず一定であり、飲料の成分ではなく熱による物理的な刺激が主な要因であると考えられる
・喫煙や飲酒といった他の主要なリスク要因を考慮しても熱い飲み物の影響は独立して存在しており、飲む温度を少し下げることで一定割合の食道がん予防につながる可能性がある

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