グルテンに対して強い免疫反応を示す自己免疫疾患の代表として、セリアック病が存在します。
この病気は、病原体から守ってくれるはずの免疫系が小腸粘膜を攻撃してしまう(栄養素を吸収する突起を平坦にしてしまう)ことが特徴です。

これによって小腸での消化や吸収がうまくいかなくなり、慢性的な下痢や腹痛、腹部膨満感をはじめ、皮膚の発疹や倦怠感などが現れます。
スイス・ローザンヌ大学の研究チームは、もともとがん治療のために開発された実験的免疫療法を応用し、マウスの腸内で起こるグルテンに対する過剰な免疫反応を抑制することに成功しました。
この研究は、セリアック病に苦しむ数百万人にとって、日常的に避けなければならないグルテンとの接触に対する新たな対処法となる可能性があり、今後の治療研究において極めて重要な足掛かりとなると考えられます。
以下に研究の内容をまとめます。
参考記事)
・Experimental Therapy Suppresses Immune Reaction to Gluten in Mice(2025/05/23)
セリアック病とは:グルテンが引き起こす免疫の過剰反応

セリアック病は、小麦や大麦、ライ麦などに含まれるタンパク質グルテンに対して免疫系が異常に反応する自己免疫疾患です。
少量のグルテンでも腸に炎症を引き起こし、下痢、腹痛、倦怠感、栄養吸収障害など多様な症状を引き起こすことで知られています。
この疾患では、免疫系のエフェクターT細胞がグルテンを「外敵」と誤認し、攻撃を仕掛けることで腸組織にダメージが生じます。
治療法としては、現在のところグルテンを完全に除去する厳格な食事療法が唯一の対策であり、患者の生活の質に大きな制約をもたらしています。
がん治療から着想を得た新しいアプローチ
今回の研究で注目すべき点は、がん免疫療法の一種である「キメラ抗原受容体T細胞(CAR-T)療法」を応用した点です。
これは、患者自身の免疫細胞を一度体外に取り出し、特定の標的に対してより効果的に反応するように遺伝子改変を行ったうえで体内に戻す治療法です。
CAR-T療法では、通常がん細胞を積極的に攻撃する目的で用いられますが、今回の研究ではその逆に、免疫反応を抑える方向で同様の手法が利用されました。
つまり、セリアック病における過剰な攻撃を鎮めるための免疫調整が行われたのです。
制御性T細胞(T regs)を活用した免疫調
研究チームはまず、セリアック病の患者の多くが持つ特定の遺伝的変異HLA-DQ2.5を有するマウスを用意しました。
次に、グルテンに反応するエフェクターT細胞と、それらを制御するように設計された制御性T細胞(T regs)をそれぞれ生成し、マウスに投与しました。
その結果、T regsを注入されたマウスでは、グルテン摂取後もエフェクターT細胞が腸内に集結せず、免疫反応が抑制されることが確認されました。
一方、T regsを投与されなかったマウスでは、腸に免疫細胞が集まり、活発な炎症反応が見られました。
このことは、T regsがセリアック病の発症を防ぐ可能性があることを示しており、今後の治療法開発への大きな期待が寄せられます。

さらに興味深い点として、この実験では、治療を受けたマウスは、エフェクターT細胞が本来標的とするグルテン抗原だけでなく、構造が似ている他のグルテン抗原に対しても免疫反応が抑制されることが明らかになりました。
これは、T regsがある程度汎用的な免疫制御能力を持つ可能性があることを示唆しており、将来的にグルテン全般にわたる耐性を誘導できる可能性が考えられます。
課題と今後の展望
この研究成果に対して、ドイツ・デュッセルドルフ大学の免疫学者Cristina Gomez-Casado氏は慎重な姿勢を示しています。
彼女は本研究には以下のような4つの制限点があると指摘しています。
1. T regsは小麦のグリアジンタンパク質に対する作用しか確認されておらず、大麦やライ麦への効果は未検証であること
2. T regsをいつ投与するのが最適か(発症前か、診断後か)が不明であること
3. 使用されたマウスは実際にはセリアック病を発症しておらず、グルテンが腸を傷つけることもなかったため、長期的影響は評価されていないこと
4. セリアック患者の多くではT regsの数が少ない、あるいは機能不全であることが既知であるため、臨床応用にはさらなる工夫が必要であること
こうした課題があるものの、本研究は免疫反応を制御する新たな視点からセリアック病を捉え直すきっかけとなるものであり、長年にわたり確立されていなかった治療法の開発に道筋をつける可能性があります。
もしこの治療法が人間においても安全かつ有効であることが証明されれば、セリアック病患者はこれまでのように食品成分表を逐一チェックする必要がなくなり、誤ってグルテンを摂取した際にも長期間苦しむことがなくなるかもしれません。
もちろん、臨床試験へ移行するには多くの検証と時間を要しますが、CAR-T療法にヒントを得たこのアプローチは、自己免疫疾患に対する革新的な方向性を示している点でも意義深いものです。
まとめ
・がん治療に用いられるCAR-T療法の手法を応用し、制御性T細胞を活用することで、マウスにおいてセリアック病の免疫反応を抑制することに成功した
・この治療法は、類似する他のグルテン抗原に対しても効果を示す可能性があり、グルテン耐性の広範な獲得が期待されている」
・一方で、治療の時期、長期効果、T regsの機能性など、今後の研究で克服すべき課題も明確となっている
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