科学

血液脳関門を守る新薬がマウス実験で有望な効果──アルツハイマー病治療に新展開

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新たに開発された薬剤「SW033291」がマウスの実験でこの関門を強化し、神経変性疾患への新たな治療戦略となる可能性が示されました。

  

この薬剤は、脳の炎症の抑制や、脳に有害な物質をブロックする働きのある“血液脳関門”の保護が可能になるとして注目が集まっています。

   

この研究を主導したのはケース・ウェスタン・リザーブ大学の病理学者Sanford Markowitz氏です。

  

Markowitz氏は、「この薬剤が脳の炎症を抑制し、血液脳関門を保護することが分かった」と述べています。

  

アルツハイマー病の原因としてこれまで標的とされてきたのは、脳内で異常に凝集するアミロイドβというタンパク質です。

  

ところが、今回の研究では、アミロイドβの量には変化が見られなかったといいます。

  

つまり、この新薬は従来のアミロイド仮説とは異なる生理学的経路に作用している可能性があるというのです。

   

現在囁かれている「アミロイドβ悪玉説」に疑問符を加える研究としても注目です。

 

以下に研究の内容をまとめます。

 

参考記事)

Blood-Brain Barrier ‘Guardian’ Shows Promise Against Alzheimer’s(2025/05/29)
 

参考研究)

Inhibiting 15-PGDH blocks blood–brain barrier deterioration and protects mice from Alzheimer’s disease and traumatic brain injury(2025/04/17)

血液脳関門の役割とその脆弱性

ラットの血液脳関門の電子顕微鏡画像 Tightjunction BBB wikimediacommonsより

 

血液脳関門(Blood-Brain Barrier)は、血液中の物質が脳内へ到達するのを制御する膜状の組織で、毒素や病原菌、ウイルスなどの侵入を防ぐ重要なバリア機構です。

  

しかし、外傷性脳損傷や老化、神経変性疾患などにより、この関門が破壊されることがあります

 

特にアルツハイマー病においては、関門の劣化が疾患の初期兆候の一つであるとも指摘されています。

 

この研究では、ケース・ウェスタン・リザーブ大学の生理学者であるYeojung Koh氏らのチームが、血液脳関門の細胞内で活動している分子を詳細に調べました。

 

その結果、15-PGDHという免疫関連の酵素が、加齢や外傷、神経疾患によって神経変性が起こったマウスおよび人間の脳内で高濃度に発現していることが明らかになりました。

 

 

15-PGDHを標的とした新薬の開発 

Inhibiting 15-PGDH blocks blood–brain barrier deterioration and protects mice from Alzheimer’s disease and traumatic brain injuryより

  

研究チームはこの発見をもとに、15-PGDHの働きを阻害する化合物「SW033291」を開発しました。

  

この新薬を投与されたマウスは、たとえ外傷性脳損傷を受けたとしても、血液脳関門が完全に保持され、神経変性が発生しませんでした

 

さらに、認知機能や記憶能力も維持されたといいます。

  

同大学の神経科学者Andrew Pieper氏は次のように述べています。

 

この薬を投与したマウスでは、血液脳関門が完全に無傷で保たれた。脳は神経変性を起こさず、何よりも認知機能と記憶力が完全に保存された

  

このように、SW033291は従来のアミロイド除去薬とは異なる、新たなアプローチを示しています。Markowitz氏は次のように強調します。

  

最近承認されたアルツハイマー病治療薬の多くはアミロイド除去に焦点を当てているが、残念ながらその多くは十分な効果を示さず、副作用のリスクも高い。しかし、15-PGDHを阻害する方法は、まったく新しい治療戦略を提供してくれる」。

 

 

今後への期待と課題 

世界では毎年約1000万人が新たに認知症を発症していると言われており、これは個人や家族にとって大きな負担となっています。

 

しかし、数十年にわたる研究にもかかわらず、認知症に対する効果的な治療法は依然として限られているのが現状です。

  

そのような中で、今回の研究は「炎症経路を通じて脳の構造的防御機構を守る」という、まったく新しい視点を提供していると言えます。

 

Koh氏ら研究チームは、論文の中で次のように述べています。

 

今回の成果は、15-PGDHが血液脳関門の保護における“守護者”であることを示し、神経変性疾患からの防御に向けた有望な標的であることを示唆している

 

今後は、マウスで得られたこの成果をどのようにして人間の臨床治療に応用するかが大きな課題となります。

 

しかし、今回の成果は、神経疾患に対する新たな地平を切り開く一歩となる可能性があるでしょう。

 

 

まとめ

・血液脳関門の劣化がアルツハイマー病の初期兆候として注目されている中、炎症を抑制する新薬SW033291がマウスで高い有効性を示した

・15-PGDHという免疫酵素を標的とするこの新薬は、アミロイドに依存しない新しい治療戦略を提示している

・研究を主導したケース・ウェスタン・リザーブ大学のチームは、血液脳関門の保護が認知機能維持に直結する可能性を提示しており、今後の臨床応用が期待される

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