科学

「ポップコーン肺」の脅威:若年層の電子タバコ使用が招く取り返しのつかない病

科学

近年、喫煙者の間では「タバコの代わりに電子タバコを吸う」ということが当たり前になってきています。

 

アメリカの10代の若者が、3年間密かに電子タバコ(Vape)を使用していた結果、「ポップコーン肺」と呼ばれる珍しくも深刻な肺疾患を発症したという報告がありました。

 

この病気の正式名称は「閉塞性細気管支炎(bronchiolitis obliterans)」であり、その名の通り、肺の中でも特に小さな気道である細気管支に炎症と瘢痕を引き起こし、慢性的な咳や喘鳴(ゼーゼーする呼吸音)、強い疲労感、息切れなどの症状をもたらします。 

  

閉塞性細気管支炎(bronchiolitis obliterans)Ventilation/Perfusion Scintigraphy in Children with Post-Infectious Bronchiolitis Obliterans: A Pilot Studyより

  

この病気が「ポップコーン肺」と呼ばれるようになったのは、2000年代初頭、アメリカのポップコーン製造工場で働く複数の労働者が、ポップコーンの香りづけに使われる「ジアセチル(diacetyl)」という化学物質を長期間吸い込んだ結果、同様の肺障害を発症したことがきっかけでした。

 

ジアセチルは、ポップコーンに濃厚でバター風味を与える添加物で、食用としては認可されているものの、エアロゾル化(霧状化)して吸入されると毒性を持ち、肺に重大な損傷を与えることが分かっています

 

この研究を主導したのは、アイルランド王立外科医学院のDonal O’Shea教授(化学)およびGerry McElvaney教授です。

 

彼らの報告によれば、電子タバコの使用によって、このような危険な物質が肺に取り込まれる可能性は十分にあり、若年層の健康に深刻な影響を及ぼすと警告しています。

 

研究の内容を以下にまとめます。

 

参考記事)

‘Popcorn Lung’: Vapers at Risk of Irreversible Disease, Experts Warn(2025/04/29)

 

参考研究)

Associations between vaping and self-reported respiratory symptoms in young people in Canada, England and the US(2024/05/29)

 

 

電子タバコに含まれる化学物質のリスク

ジアセチル(2,3-ブタンジオン)の構造式

 

ジアセチル(2,3-ブタンジオン)は、加熱されて気化すると毒性を発揮し、気道内に炎症と瘢痕を引き起こします。

  

これが細気管支を狭め、空気の流れを著しく妨げることで、不可逆的かつしばしば障害を伴う肺の損傷をもたらします。

  

現在では一部の電子タバコ製品からジアセチルは排除されていますが、その代替物質であるアセトインや2,3-ペンタンジオンもまた、同様の毒性を持つ可能性があると指摘されています

 

さらに、電子タバコの加熱によって生成されるホルムアルデヒドやアセトアルデヒドといった揮発性のカルボニル化合物もまた、ポップコーン肺の原因となる可能性があることが分かっています。

 

これらの物質は、肺に取り込まれた後すぐに血流に乗って全身を巡り、心臓や脳などの重要な臓器にも影響を及ぼす可能性があるといわれています。

 

 

食べるのと吸うのとでは毒性が異なる

よくある誤解として、「食品に使われているなら安全」という認識があります。

 

しかしながら、食べるのと吸い込むのとでは、体内での処理方法がまったく異なります

 

食べた場合、消化管を通過して肝臓で解毒されてから血中に入りますが、吸入した化学物質はこの「解毒フィルター」を素通りし、直接肺に入り込み、そこから一瞬で血液中へと取り込まれます

 

これはまさに、ポップコーン工場での労災事件においても示されたことです。

 

バター風味のポップコーンを食べるのは問題がない一方で、その香りのもとになる化学物質を吸い込むことは、肺に甚大な被害を及ぼすのです。

 

 

10代の若者と電子タバコ

現在、電子タバコは特に10代から20代の若年層の間で急速に広まっています。

 

その一因には、バブルガム、綿あめ、マンゴーアイスといった「お菓子のような」フレーバーが何千種類も市場に出回っていることが挙げられます

 

電子タバコにはニコチンが含まれているだけでなく、ユーザーの嗜好を引きつけるために化学物質の「カクテル」が混合されていることが多くあります。

 

食品添加物として認可されている物質であっても、吸入した場合の安全性は検証されていないものが多く、加熱により新たな化合物が生成され、その中には毒性を持つ可能性のあるものもあると考えられています。

 

専門家の推定によれば、電子タバコ製品には180種類以上の香料成分が使用されており、その安全性評価は極めて限定的です。

 

また、ある研究では電子タバコを使用する10代の若者は、使用しない人に比べて有意に多くの呼吸器症状(咳、喘鳴、息苦しさなど)を報告していることも明らかにされています。

 

 

過去の教訓を未来に生かす必要性

2019年、アメリカでは電子タバコ関連の重篤な肺障害(通称EVALI)が流行し、68人が死亡、2800人以上が入院するという深刻な事態となりました。(Outbreak of Lung Injury Associated with the Use of E-Cigarette, or Vaping, Productsより

 

この事件では、主にビタミンEアセテートという大麻系の製品に使われた増粘剤が原因とされ、加熱により有毒なガス「ケテン(ketene)」が発生していたことが分かっています。

 

このような事例からも分かるように、一見無害に見えるフレーバー製品や添加物であっても、吸入によって体内に入ると命に関わるリスクを持ち得るのです。

 

過去に産業安全の分野で学んだ教訓を、今こそ電子タバコの規制や若年層への教育に活かすべき時期に来ているのではないでしょうか。

 

 

電子タバコは「害が少ない」ではなく「害の形が違う」

 

電子タバコは従来の紙巻きタバコよりも害が少ないとする言説がありますが、それは必ずしも正しいとは限りません。

 

害の種類やメカニズムが異なるだけであり、決して「安全な代替品」ではありません

 

特に、発育途中にある若年層の身体には、電子タバコによる化学的刺激は長期的に深刻なダメージを与える可能性が高いと考えられます。

 

電子タバコの販売や成分に対する規制、ラベル表示の厳格化、そして何より教育と啓発が必要です。

 

これらの取り組みによって、今後新たな「ポップコーン肺」の悲劇を防ぐことができるでしょう。

 

 

まとめ

・ポップコーン肺はジアセチルなどの化学物質吸入により発症する不可逆性の肺疾患

・電子タバコの加熱で発生する成分は、吸入によって全身に急速に影響を及ぼす恐れがある

・若者の電子タバコ使用拡大に対して、規制・表示・教育による予防策が急務

コメント

タイトルとURLをコピーしました