アメリカのエモリー大学らによる研究から、これまで主に精神的な治療効果が注目されてきた幻覚成分シロシビン(Psilocybin)が、細胞レベルでの老化抑制や寿命延長にも効果を持つ可能性があるという研究結果が報告されました。
エモリー大学およびベイラー医科大学の研究チームは、人間の細胞培養およびマウスによる動物実験の双方において、シロシビンが生物学的老化に与える影響を調査しました。
その結果、細胞の寿命が50%以上延びるという前例のない効果が確認されました。
この研究結果は、細胞の老化および生物の老化そのものにアプローチする新たな視点として注目を浴びています。
以下に研究の内容をまとめます。
参考記事)
・Psilocybin Extends Life of Human Cells by 50% in Wild New Study(2025/07/24)
参考研究)
・Psilocybin treatment extends cellular lifespan and improves survival of aged mice(2025/07/08)
シロシビンとは何か

シロシビンは、いわゆる「マジックマッシュルーム」に含まれる天然由来の幻覚成分であり、近年ではうつ病や不安障害、PTSDなどに対する治療薬候補として、世界中で研究が進められています。
これまでの研究では、神経回路の再構築を促す作用があることや、精神的な苦痛を緩和する効果が確認されており、精神医療の未来を切り開く物質として注目を集めてきました。
しかしながら、シロシビンが生物学的老化に及ぼす影響については、これまでほとんど研究されていませんでした。
今回の研究は、この空白を埋める形で行われ、ヒト細胞とマウスの両方を用いた実験により、シロシビンが老化抑制に関与する可能性を示した初の事例となります。
ヒト細胞を用いた実験

研究チームは、成人の皮膚線維芽細胞および胎児由来の肺線維芽細胞という2種類のヒト細胞を用いて実験を行いました。
これらの細胞は、老化によって分裂を停止し、増殖できなくなる「細胞老化(senescence)」という現象を観察するのに適しています。
細胞に投与されたのは、シロシビンそのものではなく、体内でシロシビンに変換される活性成分シロシン(psilocin)です。
細胞は100μmol(マイクロモル)という濃度でシロシンに曝露され、その後、どのくらいの期間で老化状態に達するかが測定されました。
その結果、肺細胞では57%、皮膚細胞では51%、それぞれ寿命が延長されたことが明らかになりました。
つまり、未処理の細胞と比較して、同じ条件下でより長く生存し、活動を維持したのです。
研究を率いたエモリー大学のAli John Zarrabi医師は「これまでの研究では見られなかった明確な細胞寿命の延長が確認されたことは、老化研究における大きな一歩」と述べています。
マウスを用いた実験
次に、研究チームは老齢期に差しかかる19か月齢の雌マウス(人間でいうと60〜65歳相当)を用い、月に1回シロシビンを投与するという10か月間の長期実験を実施しました。
この実験でも、注目すべき結果が得られました。シロシビンを与えられたマウスの80%が生存していたのに対し、対照群(処置なし)では50%しか生存していなかったのです。

これは単なる統計的な差ではなく、生存率における有意な改善であると研究チームは結論づけています。
また、科学的に定量化はされなかったものの、処置群のマウスでは毛並みの状態や白髪の割合といった加齢の兆候が明らかに少なかったことも報告されています。
研究の意義と今後の課題
本研究は、シロシビンが単なる精神疾患治療薬にとどまらず、老化そのものに働きかける可能性があるということを示唆した、極めて革新的な内容となっています。
特に寿命の延長に加え、「健康寿命」の延伸が期待される点は、医学的にも社会的にも大きな意義を持ちます。
一方で、研究チームは以下のような今後の課題と限界点についても慎重に言及しています。
• シロシビンの最適な投与量や頻度、開始年齢の検討が必要
• 老化の定量的指標(臓器の機能、炎症レベル、運動能力など)についての追加研究が必要
• 人間への応用にあたっては倫理的・法的な整備が不可欠
また、マウス実験において観察された見た目の老化抑制効果については、定量的な測定が行われていないため、今後の研究で詳細に検証する必要があるとしています。
「長く生きる」だけでなく「よく生きる」ために
高齢化が進む現代社会において、「長寿」はもはや特別なものではなくなっています。
むしろ問われているのは、どのようにして健康な状態で長く生きるか=健康寿命を延ばすかという視点です。
今回の研究は、その問いに対する新たな答えを提示しつつあります。
シロシビンという物質が、神経系だけでなく全身の老化にも影響を与える可能性があるということが、科学的に裏付けられ始めたからです。
もちろん、これはまだプレ臨床段階の研究であり、実際の医療応用には多くのハードルがあります。
しかしながら、精神と身体の老化が密接に関係していることを考えると、シロシビンがもたらす可能性は計り知れません。
本研究によって、シロシビンの新たな可能性、すなわち老化抑制と寿命延長という視点が加わりました。
精神医療にとどまらない、全身的なアンチエイジング効果の探求が今後ますます加速することが予想されます。
今後、倫理的課題や法的な整備を含めた社会的な議論と、医学的なエビデンスの積み重ねが求められるでしょう。
まとめ
・シロシビンは人間の皮膚細胞および肺細胞の寿命を50%以上延長する効果が観察された
・老齢マウスへの月1回投与で、生存率が対照群の1.6倍に向上した
・老化抑制効果の再現性や人間への応用可能性について、さらなる研究が求められている


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