2021年、世界のボディビルディング界にとって悲劇的な1年となりました。
わずか1年間に20人を超えるプロ選手が突然死を遂げ、その中には27歳という若さの選手も含まれていたのです。
アスリートは一般人に比べて長寿であるという研究結果が数多く報告されている一方で、ボディビルダーに関しては近年、早すぎる死が目立っており、この競技が持つ潜在的な健康リスクが改めて注目されています。
イタリア・パドヴァ大学の研究チームは、プロ男性ボディビルダーを対象に、突然死のリスクについて初めて本格的に調査を行いました。

その結果、ハードなトレーニングを行うことが心不全による突然死のリスクと関連性があることが明らかになりました。
今回のテーマとして、研究の内容を以下にまとめます。
参考記事)
・Sudden Death Among Professional Bodybuilders Raises Health Concerns(2025/05/27)
参考研究)
・Mortality in male bodybuilding athletes(2025/05/20)
・Premature Death in Bodybuilders: What Do We Know?(2023/02/30)
2万人以上の選手を追跡した大規模調査

この研究は、プロおよびアマチュアを含む20,000人以上の男性ボディビルダーを対象とし、平均8年間にわたり追跡を行いました。
その期間中に確認された突然死は73件、死亡時の平均年齢は42歳でした。
死因の中には、ステロイドやドーピングなどの薬物使用、さらには交通事故・自殺・他殺なども含まれていましたが、最も多かった死因は心不全による突然死(46件)でした。
この絶対数だけを見れば、ボディビルダー全体の突然死リスクは高くないように思われるかもしれません。
しかし、分析によって明らかになったのは、競技レベルが上がるほど、そのリスクが指数関数的に高まるという事実です。
エリート選手に見られる異常な死亡率

研究チームは、特に世界最高峰の大会とされる「Mr. Olympia」のオープンカテゴリー出場者に注目しました。
この競技レベルでは、選手の身体が極限まで鍛え上げられており、筋肉量や体脂肪率、体格指数などが異常値を示すことが知られています。
この大会に出場した100人のエリートボディビルダーのうち、7人が突然死していたことが判明しました。
そのうち5人は突然の心停止が原因とされ、死亡時の平均年齢はわずか36歳でした。
また、彼らエリートボディビルダーの突発的な心不全リスクは、アマチュアアスリートの14倍以上も高いことも判明しました。
この結果について、パドヴァ大学スポーツ医学研究者であり筆頭著者でもあるMarco Vecchiato氏は次のように述べています。
「現時点のデータだけでも十分に深刻。ボディビルダーにおける突然死や心停止を防ぐため、一般市民によるAEDの設置と活用など具体的な対策と推奨事項の整備が急務である。」
明らかになった心臓への極端な負荷
本研究の限界の一つは、突然死の症例のうち10%ほどしか剖検結果が得られていない点にあります。
そのため、各症例の詳細な死因が断定できないケースが多く残されています。
それでも、得られた剖検データからは、心室肥大や心臓の肥大化といった特徴的な所見が一貫して確認されたと報告されています。
例として、左心室の壁が厚くなったことで、心臓全体が通常よりも大きくなっていたというケースが多く見られました。
この所見は、過去に行われた別の剖検研究でも裏付けられています。
ある調査によると、ボディビルダーの平均的な心臓質量は、標準値よりも74%重く、左心室の厚さは平均男性の125%に達していたという結果が示されています。
ハードなトレーニングと薬物使用がもたらす影響

Vecchiato氏ら研究チームは、エリートボディビルダーが日常的に行っている過酷なトレーニング、極端に制限された食事管理、そしてパフォーマンス向上薬の乱用が、心臓に過度な負担をかけていると強く懸念しています。
Vecchiato氏は「これらの習慣は、心拍の異常を誘発しやすく、心臓の構造的な変化を招くことによって、長期的には致命的な心疾患のリスクを高める可能性がある。と述べています。
また、研究チームは今後の課題として、女性のボディビルダーを含むさらなる調査が必要であると指摘していますが、現時点でも既に「身体の極限を追求することが健康を犠牲にするリスクを伴う」という明確なメッセージが浮かび上がっているとしています。
競技界と医療界への警告
本研究は、ヨーロピアン・ハート・ジャーナル(European Heart Journal)に掲載され、今後の心臓病予防戦略において、ボディビルダーという特異なアスリート層への対応が急がれることを示唆しています。
Vecchiato氏は次のように強く訴えています。
「身体的な卓越性を目指す姿勢は称賛に値するが、『いかなる代償を払ってでも肉体改造を行う』という考え方は、心臓にとって深刻な危険を招きかねまない。 医療機関やスポーツ団体はこの問題を見過ごしてはならず、安全な競技参加を促進するため、連携して具体的な対策を講じる必要がある」
まとめ
・エリートボディビルダーの突然死リスクは、アマチュア選手に比べて14倍以上高く、主な原因は心停止だった
・過度な筋肥大・厳格な食事制限・薬物使用が、心臓の肥大や機能異常を引き起こすリスクと関連している可能性がある
・研究者らは、医療機関とスポーツ組織が連携して安全な競技環境を構築する必要性を強調している
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