科学

若年層における大腸がんの増加――細菌毒素「colibactin」が引き金か

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がんという病は、長年にわたり「中高年の疾患」として認識されてきました。

 

しかし近年、この常識が崩れつつあります。

 

とりわけ注目されているのが、若年層における大腸がん(結腸がん・直腸がん)の増加傾向です。

 

アメリカを含む多くの国々で、50歳未満の成人におけるがん発症率が上昇しており、これは「早期発症がん(early-onset cancer)」と呼ばれています。(Global trends in incidence, death, burden and risk factors of early-onset cancer from 1990 to 2019より

 

この背景には何があるのでしょうか。

 

アメリカ・カリフォルニア大学サンディエゴ校の研究チームは、これまであまり注目されてこなかった原因候補を提示しました。

 

研究チームは、遺伝的要因、生活習慣の変化、環境因子などが複雑に絡み合っていると考えられる中、「腸内に生息する菌が原因ではないか」という仮説のもとで研究を実施。

 

その結果、特定の大腸菌が産生する細菌毒素「colibactin(コリバクチン)」が病気の疾患に関係している可能性を発見しました。

 

今回のテーマとして、研究の内容を以下にまとめます

 

参考記事)

Colon Cancer Is on the Rise in Young People—Is a Bacterial Toxin to Blame?(2025/04/26)

 

参考研究

Geographic and age variations in mutational processes in colorectal cancer(2025/04/23)

 

 

若年者における大腸がんの増加

米国がん協会(American Cancer Society)の報告によれば、2015年から2019年の間に、55歳未満の米国成人における大腸がんの発症率は年間1〜2%ずつ上昇しており、これは深刻な公衆衛生上の懸念とされています。

 

過去数十年の比較では、1950年ごろに生まれた世代と比べて、1990年ごろに生まれた世代では結腸がんの発症リスクが2倍、直腸がんでは4倍にも達しているという研究結果もあります。(Differences in cancer rates among adults born between 1920 and 1990 in the USA: an analysis of population-based cancer registry dataより) 

 

このような傾向はアメリカだけに限られた現象ではなく、日本を含む他の先進国でも同様の動きが見られており、生活習慣や環境因子のグローバルな変化が大きく関係していると考えられます。

 

 

colibactinとは何か――知られざる細菌毒素の正体

colibactinの構造式

 

colibactinは、特定の腸内、とりわけ一部の大腸菌(Escherichia coli)が産生する化学物質であり、DNAに損傷を与えることが分かっています。(A-damage signature indicates mutational impact in colorectal cancerより

 

これはゲノトキシン(genotoxin)と呼ばれる毒素群に属し、細胞のDNA構造を破壊し、突然変異を誘発する能力を持ちます。

 

過去の研究では、colibactinを産生する大腸菌は、健康な成人の約20%、乳児では約31%の腸内に存在していると推定されており、決して珍しい存在ではありません。(Geographic and age variations in mutational processes in colorectal cancerより

 

つまり、多くの人がこの細菌毒素に日常的に曝露されている可能性があるのです。

 

 

大規模研究で明らかになった相関関係

カリフォルニア大学のLudmil Alexandrov博士のチームは、11か国にわたる約1,000件の大腸がん症例の全ゲノム解析行いました。

 

これにより、がん細胞に見られるDNA変異のパターンを比較し、どのような環境要因や地域特性が発症に関与しているのかを探りました。

 

その結果、colibactinによって生じたと考えられるDNA変異が、40歳未満で診断されたがんにおいて70歳以上のがんと比べて3.3倍も多く確認されたことが明らかになりました。

 

さらに興味深いのは、これらの変異が、患者が10歳になる前にすでに起こっていた(起こり続けていた)されていたと推定される点です。

 

この発見は、幼少期のcolibactin曝露が、数十年後のがん発症リスクを決定づけている可能性を強く示唆しています。

 

Alexandrov博士は、「これまで見過ごされてきたが、3歳や4歳のときに腸内で起きた出来事が、30年後の健康に影響を及ぼすかもしれない」と述べています。

 

 

課題と今後の展望

  

Brigham and Women’s Hospital(ボストン)の病理医、Shuji Ogino博士は、を評価しつつも、「1つの研究で因果関係を証明することはできない」と慎重な姿勢を示しています。

 

今回の研究は、colibactinと早期発症大腸がんの間に強い相関関係が存在することを明らかにしましたが、あくまで統計的な関連であり、直接的な発がん原因であると断定するにはさらなる証拠が必要です。

 

また、colibactinへの曝露が近年増加している理由についても、明確な結論は出ていません。

 

2022年6月にハーバード大学らによって発表された研究では、西洋化した食事(赤肉と加工肉、砂糖、精製穀物が多い食事)と結腸直腸癌の発生率との関連が指摘されています。(Western-Style Diet, pks Island-Carrying Escherichia coli, and Colorectal Cancer: Analyses From Two Large Prospective Cohort Studiesより

 

この研究は、pks+大腸菌(pks+ E. coli)の量が多いほど大腸がんに罹りやすいことが示唆された研究です。

 

その他、抗生物質の乱用、都市部での生活環境の変化などが関連している可能性が指摘されています。

 

しかし、今回のAlexandrov博士が行った研究ではBMIや食事内容、運動習慣などの詳細データが取得されていないため、食事との関連性を裏付ける証拠にはなっていないことに注意が必要です。

 

Memorial Sloan Kettering Cancer Center(ニューヨーク)のBenoît Rousseau博士も「説得力のある関連性だが、さらなる研究が不可欠」と述べており、国際的な追試や、より精緻な疫学データの収集が今後の課題となっています。

 

 

予防と介入の可能性――子どもの腸内環境が未来を決める?

  

Alexandrov博士の研究グループは、今後の研究として以下のようなテーマに取り組む予定です。

• 乳幼児におけるcolibactin曝露の経路の特定

• プロバイオティクスなどを用いた腸内フローラの介入的制御

• colibactin関連DNA損傷を検出する便検査の開発

 

特に便検査については、数年以内の実用化を目指しており、早期発見とモニタリングに大きく貢献する可能性があると期待されています。

 

一方で、今すぐにできることとして、食生活の見直しと予防的行動の徹底が挙げられます。

 

先の研究から、赤肉・加工肉・砂糖・精製穀物の過剰摂取は、colibactin産生菌の増殖を助けることから、以下のような生活習慣が推奨されます。

• 野菜、豆類、全粒穀物を中心とした食生活

• 加工食品や精製糖質の摂取を控える

• 子どものころからの腸内環境の管理

 

また、米国CDCは以下の行動も大腸がんの予防策として推奨しています。

• アルコール摂取の制限

• 禁煙

• 運動習慣の維持

• 45歳以上での定期的な大腸内視鏡検査

 

 

まとめ

・細菌毒素「colibactin」への幼少期の曝露が、大腸がんの若年発症リスクと強く関連していることが明らかになった

・この毒素は一部の腸内細菌が産生するもので、幼少期に腸内で蓄積されたDNA損傷が、数十年後のがんにつながる可能性がある

・現時点では因果関係の証明には至っていないものの、腸内環境の整備や食生活の見直し、便検査の開発といった予防策が重要とされている

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