の続き…。
前回ではソクラテスが有罪かどうかを決める裁判が行われました。
投票の結果彼は有罪となりますが、その後どのような刑がふさわしいかも投票によって決まります。
被告であるソクラテスには弁明の機会が与えられ、罪を認めることで刑が軽くなったり、自分が希望する罰を申し出ることができます。
今回の記事では、ソクラテスが有罪後にどのような弁明をしたのか…、“ソクラテスの弁明”のクライマックスをまとめます。
刑量評決前の弁明
●ソクラテス
さて、アテナイ人諸君。
私を有罪と決めたこの結果に怒りはありません。
むしろもっと大差で有罪になると思っていいため、驚いているくらいです。
ほんの数十票でも動けば私は無罪放免でした。
さらに言うと、もし訴人メレトスの仲間であるアニュトスやリュコンらがこの場に現れていなかったらどうでしょう。
彼は得票数の五分の一を獲得することができず、逆に一千ドラクメの罰金を払うことになっていたでしょう。(1ドラクメ=当時の肉体労働1日分の対価)
●ソクラテス
ところでこの男は、私に対して死刑を要求している。
アテナイ人諸君、それに対して私はどのような刑を申し出るべきでしょうか?
私は誰からも金銭を受け取ったり、家事をみたり、軍隊の指揮をとったり、何かの活動に参加するなどを行なっていません。
神の命に従い、アテナイのために時間の限り尽くしました。
故に私は貧乏で、諸君を説き励ます時間の余裕さえもありません。
そんな私が受けるべきは本当に罰なのでしょうか?
いや違う、勲功者やオリンピックの勝利者に与えられる食事であるはずだ!
●ソクラテス
私の科料の話に戻しましょう。
罰金を申し出てもそれを払うお金はありません。
国外追放を申し出たところで、この年での放浪生活は死と同じようなものです。
それに生き延びたとしても、私の話を聞くのは青年たちでしょう。
そしてまたメレトスのような者が私を断罪しようとする。
結局同じことの繰り返しでしょう。
もし私にお金があればそれを支払って終わりにしますが、私が払えるのはせいぜい銀1ムナ。
しかしどうやらプラトンがここへ来て、クリトンやクリトブゥロス、アポロドロスらと共に30ムナの科料を申し出るよう言っています。(30ムナ=4〜5万円程度)
それでは私はその金額を申し出ることにします。
ーーーーこの後刑量の票決に入るーーーー
【投票の結果】
死刑:360票
罰金:140票
ーーーー死刑判決が下り裁判が終わるーーーー
●ソクラテス
私は私のやり方で弁明をしたことを後悔していません。
危険があるからと言って卑しい行いをするくらいなら、死を迎え入れる方がずっとましです。
私に有罪の票を入れた諸君。
私の死後、諸君らにはゼウス神に誓って処罰が下るだろう。
それは私が死刑になったことよりももっと辛い刑罰となることを予言しておく。
君たちは私からの吟味から解放されたと思っているかもしれないが、それは大きな間違いだ。
私の振る舞いをみてきたアテナイの青年たちが、私以上に諸君らを吟味するだろう。
彼らは若い。
若さゆえに私より手強く、それだけ辛い思いをすると覚悟せよ。
さて、以上が私に死刑の票を入れた者への予言であり…、これでお別れです。
●ソクラテス
私に無罪の票を入れてくれた諸君。
少し話をしましょう。
もし死ぬことを災難だと思っているならそれは正しくありません。
死は次の二つに一つです。
一つ目は、何も感じない無となること。
夢ひとつ見ない眠りのごとき無は、びっくりするほど儲けものになるでしょう。
夢も見ないほど熟睡した夜と、それ以上に楽しく善く生きた昼夜を比べてみてください。
熟睡以上に楽しんだ昼夜など数えるほどしかないでしょう。
死が感覚の無い眠りだとすると、かなりの儲けものと感じるでしょう。
もう一つは、ここから別の場所に旅立つ場合です。
死して冥界に行き、ハデスの住まいに行き着けば、いよいよ神に仕えし本物の裁判官に裁かれます。
善く生きた者は裁かれ、正しき場所に導かれる。
私のように間違いによって裁かれた者たちと身の上話ができるとなると、これほど楽しみなことはありません。
伝説の英雄たちと問答し、親しく交わり、吟味してみたい。
言い伝えが本当なら、向こうの世界では私は不死だろうから殺されることもないでしょうしね。
考えるほどに計り知れない幸福が待っているのです。
●ソクラテス
私からひとつお願いがあります。
私の息子たちが成人したら、私が諸君らを苦しめていたのと同じことで彼らを苦しめてください。
もし彼らが、自分を善くすることでなく、金銭その他のことを先に考えていたときは、私だと思って仕返しをしてください。
まだ何の価値もないのに、一人前のように振る舞っていたら彼らの非をとがめてください。
そうすることで、私も息子たちも正しい仕置きを受けたことになるでしょうから…。
…時間ですね、もう終わりにしましょう。
もう行かなければなりません。
諸君らは生きるために。
私は死ぬために。
…fin.
いかがでしたでしょうかソクラテスの弁明…。
彼は何も、好き好んで知者と呼ばれる者に突っかかっていたワケではなかったのですね。
神からのお告げを信じ、貰うものも貰わず信念を貫いた男、それがソクラテスでした。
彼の思想は弟子であるプラトンに受け継がれ、哲学界に計り知れない影響を与えます。
一言では言えな2人ですが、彼らについてもまとめているので興味があったら覗いてみてくれると嬉しいです。
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