長年にわたり、世界中の保健当局は「赤身肉」の摂取について警鐘を鳴らしてきました。
特に世界保健機関(WHO)の国際がん研究機関(IARC)が、牛肉や豚肉、羊肉などの赤身肉を「人に対して発がん性がある可能性が高い(グループ2B)」と分類したことは広く知られています。

さらに、ベーコンやソーセージなどの加工肉は「発がん性がある(グループ1)」と明確に位置づけられてきました。
この評価は、多数の研究において赤身肉の摂取と大腸がんリスクとの関連が指摘されてきた事実に基づいています。
そのため、これまでの食事指導では赤身肉の摂取制限が推奨されてきました。
そんな中、今年の7月、カナダのマクマスター大学から、こうした通説に異議を唱える研究結果が報告され、物議を醸しています。
研究チームは、「動物性たんぱく質を多く摂取する人は、がんによる死亡率がむしろ低い傾向にある」と報告したのです。
矛盾する結論に思えるかもしれませんが、そこにはいくつかの重要な前提や制約が隠されています。
今回のテーマは、そんな動物性たんぱく質の食事リスクに関する研究です。
参考記事)
・Meat Protects Against Cancer, Suggests Controversial Study. Here’s The Catch.(2025/09/02)
参考研究)
研究目的と背景

この研究は、米国の国民健康栄養調査(NHANES III、1988–1994年)を用いて、動物性たんぱく質と植物性たんぱく質の通常摂取量が、全死因・心血管疾患死・がん死亡リスクにどのように関係しているかを調査するものです。
また、がんリスクに関係があるとされるインスリン様成長因子1(IGF-1)との関連も評価しています。
対象は成人15,937名、1994年までの食事データと2006年までの死亡情報(3,843件)が分析されました。
その結果は以下のようなものでした。
【研究結果】
・全死因死亡率
動物性たんぱく質(HR = 0.99, P = 0.29)
植物性たんぱく質(HR = 1.02, P = 0.55)ともに有意な関連なし
・心血管疾患による死亡率
動物性たんぱく質(HR = 1.02, P = 0.14)
植物性たんぱく質(HR = 1.01, P = 0.81)ともに関連なし
・がんによる死亡率
動物性たんぱく質にわずかながら有意な逆関連(保護効果)があり
(HR = 0.95, P = 0.04)。植物性たんぱく質には関連なし(HR = 1.08, P = 0.30)
・IGF-1との関連:全死因・心血管・がん死亡いずれとも関連なし
年齢別に分けても結果は同様
つまり、動物性たんぱく質の通常摂取が死亡リスクを高めることはなく、むしろがん死亡に対してはわずかながら保護的である可能性があることを示唆されているといえます。
ここからは、キングストン大学・がん生物学の上級講師Ahmed Elbediwy氏らによるこの研究への見解となります。(参考記事より)
動物性たんぱく質とは何か:赤身肉との混同
まず押さえておきたいのは、この研究が対象としたのは「赤身肉」ではなく、「動物性たんぱく質」という広いカテゴリーだった点です。
牛肉や豚肉といった赤身肉だけでなく、鶏肉、魚、卵、乳製品まで含まれていました。
特に魚、なかでもサバやイワシなどの脂の多い青魚は、抗酸化作用やオメガ3脂肪酸の働きによってがんを抑制する効果があると従来から知られています。
そのため、今回の研究で観察された「動物性たんぱく質による保護効果」は、赤身肉そのものではなく、魚や一部の乳製品による可能性が高いと考えられます。
また、乳製品についても研究は複雑な結果を示してきました。
ある研究では大腸がんリスクを下げるとされる一方、前立腺がんリスクを高める可能性もあると報告されています。
こうした相反するデータが存在するため、「動物性たんぱく質」という包括的な概念では、食品ごとの違いを明確に捉えることができません。
加工肉と非加工肉を区別しない問題点
さらに重要なのは、今回の研究では加工肉と非加工肉の区別がなされなかった点です。
数多くの先行研究が示しているように、ベーコン、ソーセージ、ハムなどの加工肉は、一貫して高い発がんリスクと結びついています。
一方で、非加工の新鮮な肉はそのリスクが低いと考えられています。
これらをひとまとめにしてしまったことは、研究結果の解釈を大きく難しくしています。
また、この研究はがんの種類ごとのリスクを検討しておらず、「特定のがんで効果があったのか、それとも全体的な傾向なのか」が不明確なままです。
このため、「動物性たんぱく質が本当にがん死亡率を下げるのか」について断定することはできません。
植物性たんぱく質の意外な結果
研究ではさらに、豆類やナッツ、大豆製品(豆腐など)に代表される植物性たんぱく質についても調査が行われました。
その結果、植物性たんぱく質にはがん死亡率を下げる強い効果は確認されなかったとされています。

この結果は、これまでの研究で示されてきた「植物性食品ががんリスクを減らす」という知見と矛盾しています。
多くの疫学研究では、食物繊維や抗酸化物質を豊富に含む植物性食品が疾病リスクを下げるとされてきました。
したがって、今回の結果は例外的であり、先行研究の知見を覆す決定的な証拠とまでは言えません。
また、研究の資金提供元が「全米牛肉生産者協会(National Cattlemen’s Beef Association)」という米国の牛肉業界の主要ロビー団体であったことも懸念点のひとつです。
産業界が資金提供を行う研究では、しばしば結果に有利なバイアスがかかる可能性が指摘されてきました。
もちろん、研究チームが意図的に結論を操作したと断定することはできませんが、資金源が研究の解釈や方向性に影響を与える可能性を考慮する必要があります。
無制限に肉を食べてよいということではない
仮にこの研究の結論が正しいとしても、それは「好きなだけ肉を食べてもよい」ということを意味するわけではありません。
過剰な赤身肉の摂取は、心臓病や糖尿病といった他の深刻な健康リスクと関連することが広く知られています。
したがって、肉の摂取については引き続き「適度」が重要であり、バランスの取れた食事が基本であるべきです。
栄養学研究の難しさと今後の課題
この研究が示すように、栄養学は非常に複雑です。
人間は単一の栄養素だけを摂取して生きているわけではなく、さまざまな食品の組み合わせと生活習慣全体の影響を受けて健康状態が決まります。
したがって、「肉は良いか悪いか」という単純な二分法で語るのは難しく、むしろ食事全体のパターンに注目することが重要です。
多様な食品を適度に組み合わせる「バランスの取れた食生活」が、最も確かな健康の道筋であると考えられます。
マクマスター大学の今回の研究は、肉食と健康の議論に新たな視点を加えましたが、最終的な答えではありません。
今後もさらなる研究が必要であり、現段階では「適度・多様性・バランス」が最も賢明な選択と言えるでしょう。
まとめ
・マクマスター大学の研究から、動物性たんぱく質の摂取と病気による死亡率とは関係がないという研究結果が示された
・本研究は「動物性たんぱく質」の広いカテゴリーを調査しており、赤身肉単独の安全性を証明したものではない
・加工肉と非加工肉の区別がされておらず、またがんの種類ごとの影響も不明確
・過剰な肉の摂取は依然として心疾患や糖尿病など他の健康リスクと関連しており、食生活の基本は「適度・多様性・バランス」であることが重要


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