暑さというのは、その場にいるだけで体力を消費する厄介な環境要因です。
夏場を想像すると分かるように、疲れやすくなり、気分が悪くなることもあります。
恒温動物の私たち人間にとって暑さとは厄介なものですが、極端な暑さは私たちの体に長期的な影響を与え、老化を加速させる 可能性があることが、最新の研究で明らかになりました。
アメリカの研究チームは、 暑さによる累積的なストレスが細胞のエピジェネティクス(後成遺伝学)を変化させ、老化の速度を速めることを発見しました。
特に、 長期間の極端な暑さにさらされた高齢者は、2年以上の生物学的老化を経験する ことが示されています。
今後、 地球温暖化により気温が上昇し、熱波の頻度と強度が増加することが予測されている ため、この研究結果は非常に重要です。
特に、 オーストラリアなどの暑い地域では、より深刻な影響が懸念されています。
今回は、そんな暑さと老化に関する研究がテーマです。
参考記事)
・Extreme Heat Can Accelerate Aging, New Research Finds(2025/02/27)
参考研究)
暑さはどのように老化を引き起こすのか?

老化は自然なプロセスですが、その速度は個人や環境要因によって異なります。
私たちの体は、さまざまなストレスや衝撃を受けながら時間とともに変化していきます。
例えば、 長期間にわたる睡眠不足や慢性的なストレスは、老化を加速させることが知られています。
同様に、 極端な暑さも私たちの体に大きな負担を与えます。
暑さは 直接的に熱中症や脱水症状を引き起こすだけでなく、体の恒常性(バランスを維持する仕組み)を乱し、代謝や免疫機能を低下させる可能性があります。
これにより、 体の細胞が本来持っている自己修復機能が低下し、老化が加速する のです。
また、 体が極端な暑さにさらされると、細胞の機能が低下し、生命維持に必要な様々なプロセスが効率的に行われなくなる ことも分かっています。
このような 慢性的なストレスが積み重なることで、生物学的な老化が通常よりも速く進行する のです。
遺伝子レベルでの変化
私たちの遺伝子(DNA)は基本的に一生変わりませんが、その発現(どの遺伝子がオンまたはオフになるか)は環境によって変化します。
これは エピジェネティクス(後成遺伝学) と呼ばれ、私たちの健康や老化に大きな影響を及ぼします。
特に重要なのがDNAメチル化(DNAm) という仕組みです。
DNAメチル化とは、 特定のDNA配列にメチル基(化学修飾)が付加されることで、遺伝子の発現を制御するプロセスです。
このメチル化によって、 特定の遺伝子のスイッチがオフになり、必要なタンパク質が生成されなくなることがあります。
2021年に行われたマウスを対象とした研究では、 極端な暑さがDNAメチル化のパターンを変化させることで、老化の速度を速める可能性があることが示されています。(Exertional heat stroke leads to concurrent long-term epigenetic memory, immunosuppression and altered heat shock response in female miceより)
さらに、細胞は過去に受けた暑さのストレスを「記憶」し、DNAメチル化のパターンが長期間にわたって変化する ことも分かっています。
同様に、魚、鶏、モルモット、マウスなどにおいて、一度の極端な暑さの経験が長期的な影響を及ぼすことが確認されています。
しかし、 人間に関する研究はこれまでほとんど行われておらず、本研究がそのギャップを埋める重要な役割を果たすことになります。
以下に研究の詳細についてまとめます。
研究の詳細

アメリカの南カリフォルニア大学の研究チームは、 約3,700人(平均年齢68歳)を対象に調査を実施しました。
高齢者は、年齢を重ねるにつれて体温調節機能が低下し、外部のストレスに対する耐性も弱まるため、若年層よりも暑さの影響を受けやすいことが知られています。
実際、 熱波が発生すると、高齢者の間で病気や死亡率が急増することが報告されています。(Mortality impacts of the most extreme heat eventsより)
研究では、 被験者が住んでいる地域の気温データを分析し、過去6年間(2010~2016年)の暑さへの曝露レベルを評価しました。
暑さのレベルは、アメリカの熱指数(Heat Index) を用いて以下の3段階に分類されました。
• 注意(最大32℃)
• 警戒(32~39℃)
• 危険(39~51℃)
次に、被験者の血液サンプルを採取し、ゲノム全体のエピジェネティックな変化を測定しました。
このデータを基に、 3つの生物学的年齢測定法(PcPhenoAge、PCGrimAge、DunedinPACE)を用いて、老化の速度を分析しました。
その結果、 長期間の暑さへの曝露が、通常よりも最大2.48年早く老化を進める ことが判明しました。
具体的には、
• PcPhenoAge:6年間で生物学的年齢が2.48年増加
• PCGrimAge:1.09年増加
• DunedinPACE:0.05年増加
つまり、 6年間で通常なら6歳分老化するところを、最大8.48年分老化する可能性がある ということです。
さらなる研究が必要
これまでの研究では、 暑さが人間のエピジェネティクスに及ぼす影響についての研究はほとんど行われていませんでした。
2020年のシステマティックレビューによると、 環境要因が人間のエピジェネティクスに及ぼす影響を調査した研究は、わずか7件しか存在せず、その多くは寒冷環境の影響に焦点を当てたものでした。(Environmental temperature and human epigenetic modifications: A systematic reviewより)
今回の新しい研究により、暑さが老化を加速させるメカニズムが明らかになりつつあります。
しかし、 私たちがこの変化に適応できるのか、それとも適応が不可能な地域が出てくるのかについては、まだ分かっていないため、今後の研究に期待が寄せられます。
まとめ
・極端な暑さはエピジェネティクスに影響を与え、生物学的老化を加速させる
・特に高齢者は影響を受けやすく、6年間で最大2.48年分の追加老化が発生
・今後の温暖化に向けて、暑さへの適応策を検討する必要がある
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