ストレスが脳に強力な影響を及ぼす(マウスによる研究より)

科学
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脳の広範な領域にわたって血流や神経活動を調節しているのは、実はごく少数の特殊な神経細胞である可能性が、ペンシルベニア州立大学による最新の研究によって示唆されました。

  

この発見は、睡眠、認知症、そして脳全体の健康を理解するうえで重要な示唆をもたらすものです。

 

以下に研究の内容をまとめます。

参考記事)

Stress-Sensitive Neurons May Have a Powerful Effect on Our Entire Brain(2025/11/18)

参考研究)

Type-I nNOS neurons orchestrate cortical neural activity and vasomotion(2025/11/11)

 

 

「type-I nNOS」

今回の研究の中心となったのは、type-I nNOS(neuronal nitric oxide synthase)ニューロンと呼ばれる、脳内でも非常に数が少ない神経細胞です。

 

これらは主に大脳皮質の深い層に散在し、過去の研究により精神的ストレスに弱い特性を持つことが指摘されてきました。

 

本研究では、この細胞が実際にどの程度脳機能に寄与しているかを明らかにするため、研究者たちはマウスの脳からこれらの細胞を選択的に除去し、その影響を詳細に調べました。

 
 

type-I nNOSが失われると、脳の血流と神経活動が広範に低下

研究チームが type-I nNOS ニューロンを除去したマウスを観察したところ、次のような変化が確認されました。

 

Type-I nNOS neurons orchestrate cortical neural activity and vasomotionより

  

• 脳全体の血流が低下

• 血管が周期的に収縮・拡張する「血管運動(vasomotion)」が弱まる

• 神経活動の減弱

• 睡眠と関連するデルタ波の低下

• 左右の脳半球の同調性の低下

 

この血管運動の低下について、研究チームを率いた生物医学エンジニアの Patrick Drew は次のように述べています。

 

脳内の動脈、静脈、毛細血管は数秒ごとに拡張と収縮を繰り返し、液体の流れを維持する。これを私たちは“自発的振動”と呼んでいます。過去の研究で nNOS ニューロンが血流調節に重要であることは示されていたが、今回その一部を除去した結果、振動の振れ幅が大きく低下することが分かった。

 

提示された画像でも、type-I nNOS ニューロン(黄色)は他の神経細胞と比べて非常に少ない一方で、その影響力は極めて大きいことが示唆されています。

 

 

睡眠、老化、そして神経変性疾患との関連

 

研究では、睡眠状態において血流と神経活動の低下がより顕著であった点が注目されました。

 

デルタ波は深い睡眠と関係しており、今回の結果からは type-I nNOS ニューロンが健康な睡眠サイクルに不可欠な役割を果たしている可能性が考えられます。

 

さらに、血管運動は脳内の老廃物を排出する機能に関わっており、このプロセスの障害はアルツハイマー病などの認知症で見られる脳ダメージの増加要因となります。

 

研究論文では次のように記されています。

 

nNOS 陽性ニューロンのごく少数の集団が、脳全体の神経活動と血管動態の調節に不可欠であることを示している。これらの細胞の喪失は、神経変性疾患や睡眠障害の発症に寄与する可能性がある。

 

ただし、研究はあくまでマウスの脳を用いたものであり、人間にも同じメカニズムが存在するかはまだ確認されていません。

 

現段階では、類似性が示唆されているものの、直接的な証拠は今後の研究が必要である点も明記されています。

 
 

ストレスが type-I nNOS を失わせ、脳機能を損なう可能性

脳の健康にとって血流の安定は不可欠であり、酸素や栄養素の供給だけでなく、精神状態の維持にも影響します。

 

もしも血流調節に関わる type-I nNOS ニューロンがストレスなどで失われると、脳全体の機能に影響が及ぶ可能性があります。

 

Patrick Drew氏は次のように警鐘を鳴らしています。

  

脳血流の低下は、脳機能の低下や神経変性疾患の要因のひとつである。加齢が重要な役割を果たすことは分かっているが、慢性的なストレスによってこれらの希少なニューロンが失われることも、これまで見落とされてきた環境要因かもしれない。

 

この指摘からは、ストレスマネジメントが脳の健康を維持する上で、従来以上に重要である可能性が浮かび上がってきます。

 

 

研究は eLife に公開:しかし人への適用には今後の調査が不可欠

この研究は、神経科学における重要な手がかりとして注目されている一方、マウスを研究対象としているため、研究者たち自身も「人間にも同様の仕組みがある可能性は高いが、確証はまだない」と述べています。

 

そのため、本研究の知見をもとに認知症治療や睡眠障害治療へ直ちに応用することはできませんが、将来的には type-I nNOS ニューロンが新たな治療ターゲットになる可能性は十分にあります。

  

脳全体の神経活動と血流を司る「わずかな細胞」の存在は、私たちがこれまで理解してきた脳の仕組みを再考させるものです。

 

脳の健康、老化、そして神経疾患に向けた新たな研究方向が示されたと言えるでしょう。

 

 

まとめ

・type-I nNOS ニューロンはごく少数ながら、脳全体の血流と神経活動を調節する重要な役割を担っている可能性がある

・この細胞の喪失は、睡眠周期の乱れや老廃物排出の低下を通じて、神経変性疾患のリスクを高める可能性が示唆されている

・研究はマウス研究であり、人間に同じ仕組みが存在するかは今後の調査が必要であることが明記されている

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