行動

腸内細菌と酢酸の連携が明かす肥満抑制の新機構:筋肉を維持しつつ脂肪を減少させる

行動

近年、肥満は世界中で急速に拡大しており、心疾患や二型糖尿病、さらにはがんといった重篤な疾患の発症リスクを高める深刻な健康問題として注目されています。

高カロリーで糖質の多い食事、運動不足、生活習慣の乱れなどが複合的に関与し、肥満の発症は加速しています。

これに伴い、治療や予防のための新たな方法が求められている中で、日本の理化学研究所統合生命医科学研究センター(IMS)に所属する大野 博司氏を中心とした研究チームが、腸内細菌と酢酸の相互作用による肥満抑制メカニズムを解明しました

研究の中では、Bacteroides属の腸内細菌と酢酸が協力することによって、マウスの体脂肪および肝脂肪を著しく減少させながら、筋肉量を維持するという現象が確認されました

この研究成果は、国際的に権威のある科学誌『Cell Metabolism』に掲載されており、肥満治療の新たな可能性を示す重要なマイルストーンとして注目を集めています。

本記事では、この現象について明らかになったことについて、研究から判明したことをまとめます。

参考記事)

Gut bacteria and acetate team up to cut fat in mice without muscle loss(2025/05/19)

参考研究)

Acetylated cellulose suppresses body mass gain through gut commensals consuming host-accessible carbohydrates(2025/05/16)

腸内細菌が秘める代謝調節機能 

Lactobacillus sp. (乳酸桿菌)=細胞周辺に散らばる赤紫の細菌

 

腸内には数百種類以上の細菌が生息しており、これらは消化・吸収に加えて、宿主の免疫や代謝機能にも大きく関与していることが明らかになっています。

 

近年の研究では、腸内細菌が産生する短鎖脂肪酸(Short-chain fatty acids:SCFAs)と呼ばれる代謝物が、肥満や糖尿病の予防・改善に役立つことが示されています。

  

中でも、酢酸(acetate)は最も多く生成されるSCFAであり、宿主のエネルギー代謝を調整する働きを持つことが知られています

 

この酢酸は、食物繊維を摂取した際に腸内細菌が発酵を行うことで生み出され、腸内にとどまるだけでなく、血液を通じて全身へと運ばれることで、広範な生理作用を示します。

 

とはいえ、食物繊維を摂取してもその効果には個人差が大きく、腸内に存在する細菌の種類や量によって酢酸の生成量が左右されるため、十分な健康効果を得られないケースも少なくありません。

 

 

AceCel:酢酸の標的送達を可能にする新技術

そこで大野氏らの研究チームが着目したのが、「酢酸を安定して腸内に届けるための補助食品」の開発でした。

 

従来の食物繊維では、酢酸の生成は腸内細菌の働きに依存しており、その効果の再現性に限界がありました。

 

研究チームは、酢酸をセルロース(植物性食物繊維)に化学的に結合させた「アセチル化セルロース(Acetylated Cellulose, AceCel)」という物質を開発し、これをマウスに投与する実験を行いました

  

このAceCelは、小腸では分解されず、大腸の後半部(遠位大腸)に到達してからゆっくりと分解されるよう設計されています。

  

これにより、酢酸が最も効果的に機能する場所で作用することが可能となったのです

  

  

体重減少と筋肉保持を両立したマウスの変化 

Acetylated cellulose suppresses body mass gain through gut commensals consuming host-accessible carbohydratesより

   

研究チームは、正常体重のマウスおよび高脂肪食によって肥満化したマウスにAceCelを与え、その代謝や体組成の変化を観察しました。

 

結果として、AceCelを摂取したマウスは、体脂肪や肝脂肪が著しく減少する一方で、筋肉量はほとんど減少しないという優れた効果を示しました

  

これは、既存の多くの減量法が筋肉量の低下を伴ってしまうことを考えると、非常に画期的な結果です。

  

また、他の短鎖脂肪酸(プロピオン酸や酪酸など)では同様の効果が得られなかったため、酢酸固有の作用であることが証明されました

  

代謝測定の結果では、AceCelを与えられたマウスは、安静時においても炭水化物よりも脂肪をエネルギー源としてより多く利用していたことがわかりました。

  

これは、断食やケトジェニックダイエットと類似した代謝状態をAceCelが誘導していることを意味します

  

  

腸内細菌と酢酸の“タッグ”が鍵 

この変化の背景には、腸内細菌の構成変化が密接に関係しています。

  

研究チームがマウスの腸内フローラを解析したところ、AceCelの摂取により、Bacteroides属の細菌が顕著に増加していることが判明しました

 

Bacteroides属(Bacteroides biacutis)の画像

  

さらに、無菌マウスや特定の腸内細菌のみを持つマウスを用いた実験では、腸内にBacteroides細菌が存在しない限り、AceCelの効果は発揮されないことが示されました。

   

一方で、3種類の異なるBacteroides属細菌を保有するマウスでは、いずれも体重・肝臓・脂肪の減少が認められたことから、酢酸とBacteroidesの「セット」でなければ効果が得られないという事実が明確となったのです。

   

  

糖の吸収抑制と脂肪代謝の活性化 

では、なぜ酢酸とBacteroidesの組み合わせがこれほどまでに強力な代謝改善効果を生むのでしょうか。

  

研究チームが詳細に腸内での代謝プロセスを解析した結果、この組み合わせによって炭水化物の発酵が促進され、腸内の糖分が急速に消費されることがわかりました

  

そのため、宿主であるマウスが吸収可能な糖分が減少し、エネルギー源として脂肪の利用が優先される代謝状態が生まれるのです。

  

さらに、肝臓におけるグリコーゲンの蓄積も抑制され、肝脂肪が減少するメカニズムも明らかにされました

  

このようにして、AceCelは「食べても太りにくい身体」を作る手助けをすることができる可能性を持っているのです。

   

   

将来的な応用と実用化の可能性 

大野氏らは今回の成果について、「肥満の治療および予防は人類にとって喫緊の課題であり、この研究がその突破口になる可能性を示した」と語っています。

   

また、アセチル化セルロースが腸内細菌の機能をうまく調整し、代謝の健全化を図るというシステムは、今後ヒトにも応用できる可能性があるとし、さらなる研究の必要性を強調しています。

 

現在、研究チームではヒトへの応用に向けて、アセチル化セルロースの安全性や有効性を検証する段階に入っており、将来的には肥満予防を目的とした機能性食品への応用も視野に入れられています

  

これにより、食事によって腸内細菌を活性化させ、自然な形で体脂肪を減らすという「食べる予防医学」の実現が期待されています。

 

 

まとめ

・アセチル化セルロース(AceCel)は、酢酸を大腸に安定して届けることで体脂肪と肝脂肪を減少させる効果を持つ

・この効果は、腸内にBacteroides属の細菌が存在する場合に限り発揮され、糖代謝を抑えて脂肪代謝を促進する

・今後はヒトでの応用研究が進められ、機能性食品としての実用化が期待されている

コメント

タイトルとURLをコピーしました