科学

セリアック病の歴史と日本人の有病率

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セリアック病によく見られる“絨毛などに異常を来たした小腸の一部” Samir より

 

セリアック病(celiac disease)は、グルテン摂取により小腸が損傷する自己免疫疾患です。

  

消化器症状として、慢性的な下痢、腹痛、膨満感、栄養不良による体重減少が見られ、消化器外の症状としては、疲労、頭痛、皮膚病変(疱疹状皮膚炎)などが見られます。

 

今回は、人類の食に深く関係してきたセリアックの歴史と、日本人とセリアック病との関係についてまとめていきます。

 

 

人類とグルテンの接触

  

人類は新石器時代までの数十万年もの間、ほぼグルテンに触れることがありませんでした。

 

しかし約1万年前、中東地域で農耕が始まり、小麦や大麦が主要作物として栽培されるようになったことで、人類がグルテンと接触する機会が生まれます。

 

特にエジプトで製パン技術が開発され、これがギリシャやローマを経由してヨーロッパ全体に広がりました。

 

この結果、西洋の主食として小麦やライ麦パンが定着し、グルテン消費が急増しました。

 

しかし多くの人々はこの新しい食物に適応できず免疫が発達しなかったと考えられています。

 

 

ギリシャでの記録

紀元1世紀から2世紀に活躍したギリシャの医師アレタエウスは、今日のセリアック病に似た腸疾患について記録を残しています。

  

彼は慢性的な下痢と全身の衰弱を特徴とする疾患を「セリアックスプルー」と呼び、その原因を食物の部分的な消化不良に求めました。

 

また、考古学的調査により、紀元1世紀の若い女性がセリアック病と考えられる特徴(身長の低さ、骨粗鬆症、貧血の兆候)を持つことが確認されています。

 

さらに彼女のDNA分析から、セリアック病のリスクが高いHLA(ヒト白血球抗原:Human Leukocyte Antigen)-DQ2.5ハプロタイプが特定されました。

・ハプロタイプ=片親由来の遺伝子の並び

 

 

グルテンとセリアック病の関連性の発見

子どもを診察するWillem K. Dicke医師
Pioneer in the gluten free diet: Willem-Karel Dicke 1905-1962, over 50 years of gluten free diet. より

 

1940年代、オランダの小児科医Willem K. Dickeは、第二次世界大戦中に穀物不足がセリアック病患者の症状を改善することを観察しました。

 

彼の研究は、小麦やライ麦などに含まれるグルテンセリアック病の主要な原因であることを示しました。

 

その後の研究では、小麦ドウ(パン生地の一つ)の中でグルテンが有毒である一方で、デンプンやアルブミンには毒性がないことが確認されました。

 

この発見により、無グルテン食がセリアック病治療の標準となりました。

 

 

近代的な研究と診断基準の確立

Samuel Gee((1839~1911年)

 

1888年、イギリスの小児科医Samuel Geeは、セリアック病の臨床的特徴を初めて正確に記述しました。

 

彼はこの病気を「慢性消化不良」と定義し、特に1~5歳の子供に多く見られると述べています。

 

また、治療の主要手段として食事療法を提案しました。20世紀初頭には、炭水化物や特定の食品(パンやジャガイモなど)の制限が推奨されましたが、ほとんどの患者が重篤な症状を示し、高い死亡率が続きました。

 

1950年代、John W. Paullyらによる小腸の経口生検の導入により、腸粘膜の萎縮を確認する診断技術が確立されました。

 

この技術は現在でも診断基準として用いられています。

 

 

日本人とセリアック病

欧米を基準とするセリアック病の世界的な有病率は約1%とされています。(World Gastroenterology Organisation Global Guidelines より)

 

しかし、地域によって大きな違いもあり、北アメリカやヨーロッパでは診断率が高く、セリアック病の増加傾向が確認されています。

 

一方で、アフリカやアジアでは認識や診断率が低いため、正確なデータは限られていますが、特定の地域では0.5%から1.8%の有病率が報告されています 。

 

日本ではセリアック病の有病率について大規模な調査が行われていないことから正確な数字は判明していません。

 

多くの場合、2006年に信州大学から発表されたデータ(項:本邦におけセリアック病の頻度に関する検討)が参考にされることが多いです。

 

該当箇所の記述 本邦におけセリアック病の頻度に関する検討

 

本分析もセリアック病ではなく内科疾患患者にフォーカスしたものであるため、正確な有病率を表すものではありません。

 

これに続く類似の調査として、島根大学医学部内科学講座第二(2021年)にて発表されたデータがあります。

 

これは無症状の健診受診者2008人健常成人約4000人腹部症状のある患者では47人に対しtTG抗体(組織トランスグルタミナーゼIgA抗体)によるスクリーニング調査を行ったものです。

 

【tTG抗体とは】

・セリアック病の診断に用いられる血液検査の項目

・グルテンを摂取すると体内で生産される抗体

 

【IgA抗体とは】

・Immuno globinA(免疫グロブリンA)と呼ばれる免疫系の機能

・A型は口などの消化管をはじめ、鼻や涙腺といった粘膜の分泌液に多く含まれる

・病原体から体を守る役割がある

 

スクリーニング調査の結果は以下の通りでした。

無症状の健診受診者 : 1/2008人(有病率0.05%)

健常成人 : 8/4063人(有病率0.2%) 

腹部症状のある患者 : 1/47人(有病率2.1%)

 

報告内では、「この結果から、日本人におけるセリアック病の有病率は欧米(約1%)に比べて低いが、有症状者の鑑別疾患にセリアック病を含める必要があることが示された。また、セリアック病と診断された患者は、外来でのグルテン除去食(Gluten Free Diet:GFD)の指導により症状の改善が得られた」と述べられています。

 

これまで日本を含むアジアでは統計としての有病率は報告が少なく、0.01%未満であると考えられていましたが、その認識とはズレが生じているようです。

 

 

日本人はセリアック病が少ない?

上記のデータも含めて考えると、日本人は欧米と比べてセリアック病の有病率が少ないと考えられいます。

  

この理由として、遺伝的要因と食事的要因が挙げられます。

  

遺伝的要因として、セリアック病はHLA(ヒト白血球抗原:Human Leukocyte Antigen)-DQ2またはHLA-DQ8という特定の遺伝子を持つ人に多く発症するとされています。

  

これらの遺伝子は日本人では少ないため、欧米と比べて発症率が少ないのではないかと推測されています。

  

食事的要因として、日本ではグルテンを多く含む食品を主食とする文化が比較的浅いことも要因の一つと考えられています。

  

また、セリアック病の診断は、一部の地域では特に高い有病率が見られ、西サハラのある地域では5.6%という数値も報告されています。

 

このような高い有病率は、遺伝的要因に加えて食事中のグルテン消費量に関連していると考えられています 。

  

セリアック病は診断が難しいケースも多く、下痢や腹部膨満感などの症状が他の病気と混同される場合があります。

 

そのため潜在的にこの病気を抱えている場合もあり、日本では実際の患者数は診断されている数より多い可能性もあります。

 

もし、慢性的な下痢、倦怠感、体重減少などで困ることがあった場合には、グルテンを含む食材を断つのは効果的だと考えられます。

 

グルテンを含む食材の代表としては小麦が有名ですが、大麦のホルデイン、ライ麦のセカリン、オート麦のアペニン、トウモロコシのゼインなども注意が必要です。

 

理由は、グルテン不耐症の原因物質(グリアジン)と構造が似ているため、グルテン不耐症と同じ症状が現れるためです。

 

ちなみにグルテンフリーと謳っているものは、これらホルデインらグルテンに似た成分を除去したものです。

 

 

まとめ 

・グルテン摂取で小腸が損傷し、消化器症状や全身症状を引き起こす自己免疫疾患(治療は主にグルテンフリー食)

・グルテンは農耕開始とともに食生活に広まり、1940年代にグルテンがセリアック病の原因と特定された

・日本の有病率は欧米より低く、約0.05~0.2%

・遺伝的要因や食文化が関与していると考えられるが、未診断例が多い可能性あり

・体に不調があると感じる場合は、グルテンを含む食べ物を断つと良い(制限ではなく断つ)

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