【前回記事】
この記事は、著書“心理学をつくった実験30”を参考に、”パヴロフの犬”や”ミルグラム服従実験”など心理学の基礎となった実験について紹介します。
「あの心理学はこういった実験がもとになっているんだ!」という面白さや、実験を通して新たな知見を見つけてもらえるようまとめていこうと思います。
今回のテーマは、“マシュマロテスト”です。
欲求のコントロール
【本書より引用(要約)】
常識的に考えれば、相手に腹を立てた際に感情に任せて殴りかかるような行動をする人はいないと思います。
なぜなら、人を傷つけると自分にも罰が下るリスクがあるからであり、法律を守る理性があるからです。
こ例えは極端かもしれませんが、感情(欲求)を理性でコントロールできる人は、社会的な成功を収める可能性が高いことが研究でも明らかになっています。(詳しくは“学力の経済学”にてまとめているのでコチラも是非……!)
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ウォルター・ミッシェル(1930~2018)
アメリカ(ウィーン生まれ)の心理学者ウォルター・ミッシェルは、子どもの欲求をコントロールする能力についての追跡調査を行ったことで有名です。
いわゆる“マシュマロテスト”と呼ばれる実験を基にした調査です。
以下に、その実験内容を紹介します。
マシュマロテスト
一人の子どもを被験者として実験室に呼びます。
子どもは緊張しているので、実験者は緊張を解くために遊んであげます。
子どもが慣れてきた頃「呼び鈴を鳴らしたら、すぐ戻ってくるね」と伝えて席を外します。
ほとんどの子どもは、実験者が戻ってくるのを確かめるようにすぐに呼び鈴を鳴らします。
実験者もそれに応じて子どものそばに戻り、少し時間が経つとまた席を外します。
子どもが実験者に慣れた頃から実験が始まります。
子どもの目の前に皿が出され、一方の端にはマシュマロが1つ、もう一方の端にはマシュマロが2つ載っています。
このとき部屋にはおもちゃなど子どもの気を引くものはありません。
ここで実験者はこう言います。
「もしマシュマロが今すぐに欲しければ、こっちの1個をあげる。私は隣の部屋にいくけど、戻ってくるのを待ってくれれば2個あげる」
その後、実験者は部屋を出ていきます。
この実験で3歳児はほとんど数10秒も待てず呼び鈴を鳴らしますが、5、6歳になる子はマシュマロから目をそらしたり、皿ごと机の下に隠したりとマシュマロを我慢しようと工夫する様子が見られます。
12歳頃になる子は、「マシュマロを食べ物ではなく雲だと考えるようにした」といった方法で我慢をする者も現れるといいます。
マシュマロテストで待つことができる平均時間は512秒ほどだったそうです。
5秒も待てない子もいる一方、驚くべき工夫で誘惑に耐える子もいる……。
誘惑に耐える心は個人差があるようです。
マシュマロテストの追跡調査
こういった欲求をコントロールできるかどうかによって将来の成功や社会的な適応を予測するという、縦断的研究の報告が近年目立つようになってきました。
この報告はマシュマロテストの考案者、ミッシェルらによる追跡研究から得られた結果です。
研究の対象者は1968年から1974年にスタンフォード大学のング保育園に通っていた子どもたちです。
最初にマシュマロテストが実施された6歳児は600人ほどいましたが、後の追跡調査を実施する中で、調査の返信がない者や転居先が不明のものなど、脱落者が出たため、18歳まで追跡できたのは185人でした。
対象者の両親には、スクールでの対人関係などに関する調査、子供の認知能力に関する調査の評定、大学進学適性検査(数字や英語)に関する点数の報告などを郵送で求めました。
これらの結果からマシュマロテストで待つことができた時間との関係を算出してみたところ、以下のようないくつかの項目で相関関係が見られました。
・お子さんは欲求が満足できない状況において、自己コントロールを発揮できますか
・お子さんは誘惑に負けやすい方でしょうか
・お子さんは集中しようとしたとき何かと気が散ってしまう方でしょうか
など……。
また、大学進学適性検査とマシュマロテストとの間にも、英語が0.42、数学が0.57と統計学的な相関関係が認められました。(通常、心理学領域では、0.3~0.4程度の相関関係が得られていれば、一定の関係性が認められるとみなすことが多い)
マシュマロテストの調査結果は間違い?
以上の調査が、本書にて紹介されているマシュマロテストの内容です。
“自制心がより良い結果をもたらす”という強いインパクトを残した実験でしたが、近年ではその分析が限定的である可能性が指摘されています。
マシュマロテストの被験者となった子どもたちは、スタンフォード大学に併設されている保育園の子ども達です。
つまり、裕福な家庭でかつ、高い教育水準をもつ環境で育った子どもと言えるのです。
ニューヨーク大学のテイラー・ワッツ氏とカリフォルニア大学アーバイン校のグレッグ・ダンカン氏らによる研究では、被験者の数を910人(ミッシェルの実験の10倍)に増やして同様の実験を行いました。
被験者となった子どもは、人種、民族性、親の学歴など、他民族国家からなるアメリカ人的な関係性が強い前提で行われました。
また、実験結果は子どもの家庭の年収といった特定の要素についても調整が行われました。
その結果、ミッシェルが実施したオリジナルの実験結果を再現することはできませんでした。
2個目のマシュマロを得られるまで我慢できるかどうかは、子どもの社会的・経済的な背景に左右されるということ、そして自制心ではなく社会的・経済的背景が、長期的にみた子どもの成功のカギとなっていることが示されました。
母親が大学卒業などの学位を持つ場合、マシュマロを我慢できた子どもは、SAT(大学進学適性検査)の点数や後に行われた母親による報告の両方において、我慢できなかった子どもと差が見られなかったことが示されています。
また、母親が学位を持たない場合も、我慢できた子とそうでない子との間に差はみられませんでした。
研究から示唆されたことは、マシュマロを我慢できなかった子は貧困層が多かったということでした。
つまり、大切なのは子どもが3歳の時点における家庭の年収と環境であり、自制心は必ずしも経済的、社会的な成功と相関するとは言えないようです。
なぜ貧困層にそういった傾向があるのかは詳しいことは判明していませんが、「我慢すればいいことがある」という経験を積んでいないために、短期的な報酬を手にしてしまうのではないかと考えられています。
しかし、自制心を持ち欲求をコントロールできるということは、社会的な成功や対人関係のみならず、心身ともに健康に生きる上で有利に働くことは間違いありません。
いずれにしろ、マシュマロを我慢してより良い報酬を得ることができた子どもたちのように、忍耐の上に成功を収めていける人になりたいですね。
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