この記事は、著書“心理学をつくった実験30”を参考に、”パヴロフの犬”や”ミルグラム服従実験”など心理学の基礎となった実験について紹介します。
「あの心理学はこういった実験がもとになっているんだ!」という面白さや、実験を通して新たな知見を見つけてもらえるようまとめていこうと思います。
今回のテーマは“心理学はどのように成立していったのか”です。
心理学が探求するものとは
【本書より引用(要約)】
17世紀のフランスの哲学者ルネ・デカルトの、「我思う、故に我在り」という言葉はきっとご存じの方が多いでしょう。
これは、デカルトの著書「方法序説」の中にある言葉で、物質的世界の存在をいくら疑ってみても、それを考えている自分の存在だけは絶対的に確かで疑うことができない、という意味です。
この言葉を心理学の立場から解釈すれば、心の世界と身体(つまり物質)の世界は別物で、それぞれ独立した世界として出来上がっており、心の世界が物質の世界の影響を受けることは原則的にあり得ないということになります。
デカルトによれば、人は生まれつき心の中に基本的な認識に必要な観念を持っており、外の世界を認識しているつもりでも基本的には、この観念を見ているに過ぎないのだといます。
デカルトより30年ほど前の時代、イギリスの哲学者ジョン・ロックは、「人が生まれたとき、心は白紙(タブラ・ラサ)である」と考えました。
これは、人には生まれつき備わった観念などはなく、外界の様々な刺激を経験することで、心が作られていくという思想です。
さらにそこに内省という考え方が加わり、それらが組み合わさることで複雑な心の動きも作り上げられると主張しました。
これは、生まれつき観念が備わっているというデカルトとは逆の考え方でした。
そしてこれらのデカルトやロックの思想を踏まえ、近代哲学の認識議論の基礎を作った人物がイマヌエル・カントです。
カントは、人の心はデカルトが考えたように物の世界から完全に独立しているものではなく、また、ロックが考えるように白紙の状態で生まれてくるものでもない、と考えました。
カントによれば、人の心はロックが主張するように、外界からの刺激を取り入れ形成されていくのだといいます。
外界からの刺激を認識する際、時間や空間を認識する枠組みのようなものがあらかじめ備わっており、受け取った刺激は、その枠組みに沿って自動的に当てはめられて処理されるのだと言っています。
記事:認識が対象に従うのではなく、対象が認識に従う~純粋理性批判~ より
これは、心をあらかじめ存在しているものとする、デカルトの思想に近いものです。
カントの理論は、デカルトやロックの思想を折衷したものとも言えます。
ではカントが考えた“認識の枠組み”とは一体何なのか……。
それこそが心理学が研究対象としているものそのものなのです。
心理学は人の心の奥底を探求する学問
人とは何か、生きるとは何か、幸せとは何か、物とは何か……。
科学が発達した現在、人間の臓器の役割や物質の化学的な反応など多くのことが解き明かされてきました。
しかし、人は今でも生きる意味とは何かについての普遍的な答えを見つけることできていません。
生物学的に言えば“子孫( DNA)を残すため”、道徳的にいえば“他人(家族や愛する人なども含め)に喜んでもらうため”……、枠をなくせば、経済に、時間に、人間関係に、健康に困らないためなど千差万別です。
しかし、一つの生物である以上、意識をしていないのに行動してしまうことや、無意識に感じてしまう感情など、その心には一定の法則があるはずです。
カントらの哲学者は、その奥底にあるものを探すために一生を費やし、哲学という学問を後世に残していきました。
心の奥底にあるものを探求する……。
その一つが心理学というわけですね。
心理学の成立
カントら西洋哲学者の時代から時間をさらに進めると、心理学成立の立役者としてヴィルヘルム・ヴントやウィリアム・ジェームズらが現れます。
ヴィルヘルム・ヴントはドイツの医師(後に生理学者)で、ヘルマン・フォン・ヘルムホルツ(エネルギー保存の法則や光の三原色などで知られている)の助手だった人物です。
当時生理学の研究テーマの一つに“人はなぜ三次元空間を認識できるのか”というものがありました。
人の網膜は二次元の像が映し出されているだけで、立体的に見えているわけではありません。
一体どのようにして知覚しているのかは、大きな研究対象だったのです。
ヘルムホルツもこの問題に関しては興味を持っていたようで、彼の見解は“人は立体的な三次元の知覚を経験によって学習している”というものでした。
“学習したことで無意識な推論が自動的に行われ、瞬時に立体的な知覚が可能なのだ”、と。
これは、カントが述べていた“人間には時間や空間を認識する枠組みがあらかじめ備わっている”という考えに似ています。
当時、ヘルムホルツら生理学者は、こういった知覚の仕組みの解明するために取り組んでいましたが、その根幹を探ると、カントらによる哲学に行き着くのでした。
そんな中ベントは、哲学と生理学を組み合わせた新しい学問を構想しはじめます。
1875年、ライプツィヒ大学の教授に就任した彼は、その新しい学問からなる“心理学実験”を開設します。
そしてその4年後には実験心理学が正式な科目となりました。(この年1879年が実験心理学誕生の日とされています。)
彼が立ち上げた心理学という学問ですが、その内実はどのようなものだったのでしょうか。
ヴントは、心理学の実験についてこのような基本方針を立てました。
①心理学の基本的な方法は意識をよく観察すること
②心の中で生じていること漠然報告するだけにしないこと
③実験室という外からの刺激をシャットアウトした空間で、コントロールされた刺激を与えること
④このとき意識の中で生じていることを、訓練された心理学の専門家が報告すること
今日の心理学の実験とは異なり、当時は心理学者自身が被験者となり、その様子を口頭で報告していました。
例えば、バニラアイスを食べたときの心理学的な分析は、バニラアイス=冷たい+甘い+バニラの香り+柔らかい+黄色……といったようなもので、ヴントによれば、そういった過程を経て、意識を細分化できると考えました。
その意識の最小単位を“要素”、要素を結びつけようという意識ないの作用を“統覚”と呼んでいます。
現在では、このように考える心理学者は少ないでしょうが、このライプツィヒの心理学実験室には、ドイツのみならず世界中の若者が集まりました。
中でもアメリカの留学生が多く、彼らがヴントから学んだ後に帰国、そして心理学という新たな学問が世界に広がっていくことになるのです……。
っとここまで、心理学と哲学の関係性や歴史について触れてきました。
哲学的な思想を紐解くと、人間の底にあるものは何なのかに行き当たるのですね。
この人間の根底に何があるのかを解き明かしていくことが心理学……。
次回からは具体的な実験をテーマに記事をまとめていきます。
最初の実験テーマは「ソーンダイクの問題箱」です。
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