減量の科学 ── なぜ人間は太るようにプログラムされているのか

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近年、肥満や減量に関する科学研究は大きな進展を遂げており、従来「食べ過ぎ」や「運動不足」といった個人の意思の問題として処理されがちであった体重管理の課題が、実際には脳やホルモンが深く関与する生物学的な現象であることが次第に明らかになってきています。

 

とりわけ、脳が過去の体重を“記憶”し、その重さを守ろうとする仕組みは、ダイエットを行う現代人にとって大きなハードルとなっており、努力と結果が必ずしも結びつかない理由の一端を説明するものです。

 

今回のテーマは、コペンハーゲン大学による研究から明らかになった、太る仕組みについてです。

 

参考記事)

The science of weight loss – and why your brain is wired to keep you fat(2025/11/10)

参考研究)

On the pathogenesis of obesity: causal models and missing pieces of the puzzle(2024/08/20) 

  

 

脳とホルモンが減量を「脅威」とみなす仕組み

 

私たちが体重を落とそうとすると、体は単なる体組成の変化としてではなく、生命維持に対する脅威としてその変化を捉える傾向があります。

 

この反応は、人類の祖先が食糧不足の中で生き延びる必要があった時代に進化した防御機構であり、現代ではその機能が逆に肥満の維持や減量の困難さを生み出していると考えられています。(Evolutionary perspectives on the obesity epidemic: adaptive, maladaptive, and neutral viewpointsより

  

体重が減ると、体内では以下のような変化が生じます。

• 空腹ホルモン(グレリン)の上昇

• 食欲や食物への渇望の増加

• 基礎代謝の低下 

 

これらの適応反応は、環境の変動によって食糧が手に入らない可能性があった祖先の生活においては、生命を守るために合理的な仕組みでした。

 

しかし、現代社会のように高カロリー食品が容易に手に入り、身体活動が最小限で済む生活環境では、この仕組みが体重管理における大きな障壁になっています。

 

研究によれば、これらの反応は単なる短期的なものではなく、体が元の(あるいはそれ以上の)体重に戻るまで長期間持続する可能性があり、ダイエットの失敗やリバウンドが頻繁に起こる科学的根拠ともなっています。

 

  

脳が「最高体重」を記憶する

  

コペンハーゲン大学のValdemar Brimnes Ingemann Johansen氏らの研究が示したのは、私たちの脳と体が過去に達したもっとも重い体重を“基準値”として記憶するという性質です。

 

これは、厳しい環境下で体重を落とした祖先が、状況が改善すれば元の体重に戻して生存の確率を上げるために必要だった仕組みです。

 

しかし現代においては、以下のような問題を引き起こします。

• 一度太ると、その重さが脳の「新しい普通」になる

• ダイエットで減量しても、脳が自動的に元の重さへ戻ろうとする

• リバウンドは意思の弱さではなく、進化した生物学的反応である

 

実際、体重が減ると脳内の食欲調節システムが反応し、食欲が増すだけでなく、エネルギー消費すら抑制されます。

 

このため、多くの人が努力を重ねても体重が戻ってしまう現象が起きており、これが“意志の問題ではない”と科学者が指摘する理由です。

 

なお、この体重記憶の仕組みは多くの研究で支持されているものの、一部のメカニズムについては現在も研究途上であり、完全に解明されていない部分も存在することも報告されています。

 

 

減量治療薬:生物学的抵抗を“ハッキング”する試み

ウェゴビーやマンジャロといった減量治療薬は、腸で分泌されるホルモン(GLP-1 など)を模倣することで脳に「お腹が満たされている」というシグナルを送る薬剤です。

  

これにより、従来のダイエットでは克服しづらかった強い食欲の反動を抑える作用が期待できます。

 

しかし、この治療法には以下の課題もあります。

• 副作用により継続困難な人もいる

• 一部の人は効果が出にくい

• 治療を中止すると体重が戻りやすい 

 

つまり、薬で一時的に脳のシグナルを変えられても、根本的な体重の“記憶”までは十分に書き換えられない可能性があるという点が大きな課題です。

 

ただし最新研究では、脳のシステムを長期的に変化させ、治療後も体重が維持されるような新薬や介入方法の可能性も示されており、今後の治療開発が期待されています。

 

 

“健康”は体重だけで測れるわけではない

 

Johansen 氏は、体重そのものよりも健康習慣の改善が心身の状態を大きく左右すると述べています。運動、睡眠、バランスの良い食事、精神的安定などを整えることで、体重が劇的に変わらなくても以下のような恩恵が得られる可能性があります。

• 心血管リスクの低下

• 血糖値や代謝機能の改善

• 精神的安定の向上

 

これらの関係は複数の研究で示されているものの、体重とは独立してどの程度健康が改善するのかについては研究によって差があり、すべてが確実な結論に達しているわけではありません。

 

 

肥満は社会全体の課題でもある

肥満の増加は個人の選択だけではなく、社会構造や環境要因が深く関与する“社会的問題”として認識されています。

 

研究では、以下のような予防策が効果的である可能性が指摘されています。

• より健康的な学校給食の提供

• 子ども向けジャンクフード広告の規制

• 歩行や自転車利用を優先する都市設計

• レストランでの提供食品の標準化

 

さらに、妊娠期から7歳ごろにかけては、子どもの体重調節システムが非常に影響を受けやすく、親の食習慣や育児スタイルが将来の肥満リスクに大きく影響することも確認されています。

  

ただしこの分野は研究途上であり、介入の効果やメカニズムに関する科学的知見には不確定な要素もあるため、今後の研究が待たれます。

 

 

「痩せられないのは自分のせい」ではない

最新の科学が示すのは、「肥満は意思の弱さや努力不足の問題ではなく、生物学・遺伝・環境が重なって生じる状態である」という点です。

 

脳の記憶システム、ホルモンの反応、生活環境の構造が重なったとき、体重を減らすことは極めて難しくなります。

 

しかし、治療薬の進歩、脳科学の発展、社会的施策の拡充により、これまでよりも現実的で持続可能な対策が生まれつつあります。

 

もし過去に減量に苦労していたとしても、それはあなたの責任ではなく、脳という強力な相手が背後に存在していたからです

 

科学と社会の変化によって、ようやくそのハードルを乗り越えるための方策が整い始めています。

まとめ

・脳は過去の最高体重を“記憶”し、減量を脅威として扱うため、体重維持は生物学的に困難な側面がある

・減量治療薬や生活習慣改善は有効だが、効果やメカニズムには不確定な部分も残されている

・肥満は個人の問題ではなく、社会・環境・生物学が複合する現象であり、社会的アプローチが不可欠

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