人間は高度な文明と技術を発展させたことで、自然界を克服した特別な存在であると考える人が多くいます。
また、そのような文明の力によって、人類はもはや進化する必要がないと主張する人も少なくありません。
しかし、これらの考えはいずれも科学的な事実とは異なります。
チャールズ・ダーウィンの『種の起源』によって、あらゆる生物が進化してきたことが主張されたように、人類もほかの生物と同じく、環境によって形づくられ、世代を超えて進化し続けてきた存在です。
そしてその進化は、過去だけでなく現在も続いています。
今回のテーマは、そんな人類のこれからの進化と現状についてです。
参考記事)
・The Secret To The Inuit High-Fat Diet May Be Good Genes(2015/11/17)
参考研究)
・Greenlandic Inuit show genetic signatures of diet and climate adaptation(2015/09/18)
・他、記事当該箇所にリンク
文化と環境のあいだで続く「人類の進化」

記事の筆者である人類学者 Michael A. Little(ビンガムトン大学) は、人間がどのようにさまざまな環境へ適応してきたかを研究する専門家です。
進化の鍵となる「適応」とは、特定の環境において生存上の利点となる性質が集団の中で広がっていく過程を指します。
人類は、二足歩行によって両手を自由に使えること、器用な手指、そして大きな脳をもつことなど、進化によって獲得した特性を活かすことで文化を発展させてきました。
この文化には、道具を作る力、農耕や牧畜の技術、未来を予測し計画を立てる能力など、多くの要素が含まれます。
こうした文化の発展によって人間の生活環境は大きく変化しましたが、文化による環境の改変は、人間を進化から完全に解放するものではないと研究者は指摘しています。
私たちが住む環境には、気候や自然条件だけでなく、食事、感染症、日照量なども含まれています。
文化が環境の一部を変えられるとはいえ、気候変動や病原体、栄養条件など、進化の圧力となる要因は依然として存在しています。
日差しが作った「肌の色」の進化

太陽光は生命に欠かせないエネルギー源ですが、同時に有害な紫外線も含まれています。
肌の色は紫外線との関係によって進化した代表的な例です。
メラニン色素が多い濃い肌をもつ人は紫外線ダメージから身を守ることができます。
そのため、強い日差しのもとで暮らす熱帯地域ではこの特性が生存上有利で、結果として濃い肌の人々が多くなりました。
しかし、古代の人類が寒冷で日照の弱い地域へ移動すると状況は変わりました。
濃い肌は紫外線から守る利点はあるものの、ビタミンDの生成を妨げるため、日照量の少ない環境ではむしろ不利となったのです。
その結果、ビタミンDを十分に生成できるよう、より明るい肌をもつ人々が増えていきました。
肌の色の違いは、まさに環境の違いによって進化した遺伝的変化の典型例といえます。(Evolution of Human Skin and Skin Pigmentationより)
食文化が導いた「遺伝的変化」──乳糖分解・高脂肪食・水分代謝

約1万年前、人類は家畜を飼い、2,000年ほど後にはその乳を飲む文化を確立しました。
しかし、当時の多くの人間は乳糖(ラクトース)を消化できず、乳を飲むと体調を崩す状況でした。
ところが、一部の人々は遺伝的に乳糖を分解できる体質をもっていました。
乳は高エネルギー食品であるため、乳を飲める人ほど生存と繁殖に有利でした。
その結果、乳糖を分解できる遺伝子は集団内に急速に広まり、現在では多くの地域で大人でも乳を飲める体質が一般化しました。
このように、文化(牧畜)が生物学的進化を促す現象は「文化−生物共進化」と呼ばれます。
また、グリーンランドのイヌイットは、脂質を多く含む魚や海獣を中心とした食生活に適応するため、心血管疾患を起こしにくい特殊な脂質代謝の遺伝的特徴をもっています。
これは、極寒環境と独特の食文化がもたらした進化の例と考えられています。
ケニアの乾燥地域で家畜を飼うトゥルカナ族もそいった遺伝的な特徴をもつ集団の一つです。
彼らは、水分補給が少なくても腎臓に害を与えずに過ごせる遺伝的特性をもつことが知られています。(Adaptations to water stress and pastoralism in the Turkana of northwest Kenyaより)
他の人々であれば腎臓に負担をかけてしまう長時間の脱水状態でも、彼らは比較的安全に生活できます。
これらの例はいずれも、食生活や環境条件の違いが遺伝的進化を引き起こしてきた証拠です。
ただし、一部の進化のメカニズムについては、まだ完全には解明されておらず、研究段階にある点も明記する必要があります。
感染症と人類を進化

14世紀にヨーロッパとアジアを襲ったペスト(黒死病)は、欧州人口の約3分の1を死に至らしめました。
しかし、生き残った人々の多くは、ペストへの抵抗性を高める遺伝子をもっていた可能性が示唆されています。
こうした遺伝的特性は、その後の世代でも生存率を高め、結果として集団内に広がりました。
ただし、ペスト抵抗性遺伝子の過去の広がりと現在の免疫状態との関連については、研究によって異なる結論が示されることもあるため、完全に確立した知見とは言い切れない部分も残されています。
2020年に世界的に流行したCOVID-19に対しては、多くの人にワクチンが打たれました。
しかし一方で、遺伝的にウイルスに対する自然耐性をもつ人も存在すると報告されています。
今後の進化により、この耐性が人類全体で高まる可能性も考えられていますが、これはまだ仮説の段階であり、さらなる調査が必要です。
人類は今も進化し続けている
Michael A. Little 氏は、現代人が置かれる環境が急速に変化し続けている以上、人類の進化が止まることはないと強調しています。
食生活、気候変動、病原体、文化的行動など、さまざまな要因が複雑に絡み合うことで、人類は今も世代を超えた変化を経験しているのですね。
まとめ
・人類は文明を獲得したあとも環境の影響を受け続けており、進化は現在も継続している
・食文化や感染症、気候条件など、文化と自然環境が相互に作用することで遺伝的進化が起こっている
・一部の進化メカニズムはまだ解明されておらず、今後の研究が必要とされている



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