長年、「少量の飲酒は健康に良い」と信じられてきました。しかし最新の研究によると、たとえ軽い飲酒であっても、認知症のリスクを下げる効果はほとんどなく、むしろ摂取量に比例してリスクが上昇することが明らかになりました。
これまでの観察研究が示していた「適量のアルコールは脳を保護する」という考え方は、実際には逆の因果関係(リバース・コーザリティ)による錯覚だった可能性が高いと指摘されています。
以下に研究の内容をまとめます。
参考記事)
・Think light drinking protects your brain? Think again(2025/10/04)
参考研究)
研究の概要(約56万人が対象に)

この研究は、アメリカのミリオン・ベテラン・プログラム(MVP)およびイギリスのUKバイオバンク(UKB)という2つの大規模生物データバンクを利用し、遺伝学的手法(メンデルランダム化)と観察データの両面からアルコール摂取と認知症の関係を分析したものです。
両データベースを合わせ、合計で55万9559人のデータが解析対象となりました。
対象者は平均して米国群で4年間、英国群で12年間追跡され、認知症の診断、死亡、またはフォローアップ終了日(MVPでは2019年12月、UKBでは2022年1月)まで観察されました。
飲酒量と認知症リスクの関係
参加者の90%以上が飲酒者であり、飲酒習慣は質問票およびAUDIT-C(Alcohol Use Disorders Identification Test-Consumption)という臨床的スクリーニングツールによって評価されました。
これは危険な飲酒パターン、特に一度に6杯以上飲むような「ビンジ飲酒(短時間で多量のアルコールを摂取する行為)」の頻度を評価するものです。
観察的な解析では、軽度飲酒者(週7杯未満)に比べて、非飲酒者および週40杯以上の多量飲酒者では認知症リスクが41%高く、アルコール依存者ではさらに51%高いことが示されました。
この結果から一見すると、軽い飲酒が最も安全であるようにも思われますが、研究チームは「それは因果関係を誤解している可能性が高い」と指摘しています。
つまり、少量のお酒が健康的に見えるのは、すでに健康な人がたまたま少量飲酒しているだけであり、アルコール自体の保護効果ではないということです。
遺伝的手法による検証 ― メンデルランダム化
研究チームはこの因果関係をより厳密に検証するために、メンデルランダム化(Mendelian randomization)という遺伝学的手法を用いました。
これは、飲酒量に関連する遺伝的リスクを「代理変数」として利用することで、生活習慣や社会的要因などの交絡を最小限に抑え、因果関係をより正確に推定する手法です。
研究には、認知症に関する複数の大規模ゲノム関連研究(GWAS)のデータが統合され、総計240万人分の遺伝情報が解析されました。
この解析では、以下の3つの遺伝的指標が用いられました。
1. 自己申告による週あたりの飲酒量(641の独立した遺伝的変異)
2. 問題的・リスクの高い飲酒傾向(80の遺伝的変異)
3. アルコール依存に関連する遺伝的要因(66の遺伝的変異)
これら3つすべての指標において、遺伝的に予測される飲酒量が多いほど認知症リスクが上昇するという明確な線形関係が見られました。
たとえば、週に1〜3杯多く飲むことが遺伝的に予測される人は、認知症リスクが15%高く、アルコール依存の遺伝リスクが2倍になると、認知症リスクは16%上昇するという結果が得られました。
「U字カーブ」は存在しなかった?
観察研究でよく見られる「U字カーブ」、つまり「少量の飲酒が最もリスクが低い」という傾向は、遺伝的解析では全く確認されませんでした。
代わりに、飲酒量の増加に伴い認知症リスクが直線的に上昇するという結果が示されました。

つまり、少量の飲酒にも脳を守る効果は見られなかったのです。
研究チームは、過去の研究で報告されていた「軽い飲酒による保護効果」は、実際には認知症の前兆期における飲酒量の減少(逆因果)によって生じた見せかけの効果であると説明しています。
つまり、初期の認知機能低下が始まった人は自然と飲酒量を減らす傾向にあり、そのため軽度飲酒者が健康に見えるというわけです。
研究の限界と考察
この研究にはいくつかの制約もあります。最も強い統計的関連性が確認されたのはヨーロッパ系の参加者であり、他の人種的背景を持つ集団ではデータ数が比較的少なかった点が挙げられます。
また、メンデルランダム化の手法自体がいくつかの検証不可能な仮定に依存しているため、因果関係を完全に断定することはできません。
それでも研究チームは、「低レベルのアルコール摂取が神経保護的であるという従来の考え方を再検討する必要がある」と強調しています。
アルコールに「安全な量」は存在しない
この研究は、あらゆるレベルのアルコール摂取が認知症リスクを高めるという明確な証拠を示しました。
軽い飲酒であっても安全とは言えず、これまで信じられてきた「適度な飲酒が健康に良い」という考え方を根底から覆す結果です。
研究者たちは次のように結論づけています。
「我々の研究結果は、すべてのタイプのアルコール摂取が認知症リスクに悪影響を及ぼすことを支持しており、これまで提唱されてきた中等度飲酒の保護効果を裏付ける証拠は見つからなかった。
認知症診断前の飲酒量の減少というパターンは、観察研究における因果推定の複雑さを浮き彫りにしている。アルコール摂取の削減は、認知症予防において重要な戦略となる可能性がある」
まとめ
・軽い飲酒でも脳の保護効果はなく、飲酒量が増えるほど認知症リスクは上昇する
・これまでの「適度な飲酒が健康に良い」という考え方は、逆因果関係による錯覚である可能性が高い
・アルコール摂取の削減は、将来的な認知症予防において重要な役割を果たす可能性がある


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