宇宙飛行はヒト幹細胞の老化を加速させる可能性

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宇宙飛行は人類にとって未知の領域を切り開く挑戦であると同時に、私たちの身体にとって極めて大きな負荷をもたらす環境でもあります。

 

これまでの研究から、微小重力や宇宙放射線といった宇宙特有の要因が人体に及ぼす影響について徐々に理解が進んできましたが、その全貌はいまだ明らかではありません。

 

こうしたなか、カリフォルニア大学サンディエゴ校の研究によって「宇宙飛行はヒト幹細胞の老化を加速させる可能性がある」という発見が報告されました。

人類にとって未知の領域である宇宙では、細胞レベルの影響も謎が多いようです。

 

以下に研究の内容をまとめます。

 

参考記事)

Spaceflight Accelerates Aging of Human Stem Cells, Study Finds(2025/09/12)

 

参考研究)

Nanobioreactor detection of space-associated hematopoietic stem and progenitor cell aging(2025/07/28)

 

  

宇宙環境が幹細胞に与える影響

  

研究チームを率いたのは、Jessica Pham(生化学者)と、医師であるCatriona Jamiesonです。

 

彼らは、ヒトの造血幹細胞および前駆細胞(HSPCs)を宇宙環境下で培養し、その変化を観察するために、独自に開発したバイオリアクターシステムを用いました。

 

HSPCsは血液の生成や維持に直接関わる重要な細胞であり、その状態を分析することで、宇宙飛行が分子レベルで老化に与える影響を把握できると考えられました。

  

この実験はスペースX社の国際宇宙ステーション(ISS)補給ミッションの一環として実施され、32日から45日にわたり低軌道環境で細胞が培養されました。

 

その結果、宇宙空間が細胞に及ぼす影響についていくつかの注目すべき発見が得られたのです。

 

  

発見された主要な変化 

研究の分析によって、宇宙環境下の幹細胞には以下のような顕著な変化が確認されました。

 

1. 炎症性タンパク質の産生増加

微小重力環境において、血液を作り出す幹細胞は炎症性タンパク質をより多く生成するようになり、細胞の負担が増大しました。

その結果、回復のための時間が不足し、老化の兆候とされるマーカーが増加したことがわかりました。

 

2. 新しい健康な細胞の産生能力の低下

時間が経過するにつれ、幹細胞は正常な新生細胞を生み出す能力を失い、摩耗や損傷の兆候を示しました。

 

3. テロメアの短縮

染色体の末端を保護するテロメアが短縮し、細胞分裂を継続できなくなるリスクが高まったことが確認されました。

テロメア短縮は加齢と密接に関わる現象として知られています。

 

4. 「ダークゲノム」の活性化

一部の細胞は強いストレスにより、通常は不活性化されている「ジャンクDNA」を抑制するタンパク質の発現ができなくなりました。

その結果、これらのゲノム領域が活性化し、免疫機能の低下を招く可能性が示唆されました。

 

  

地球帰還後に回復の兆し

  

一方で、この研究には希望の持てる知見も含まれていました。地球に帰還した後、若く健康な骨髄基質上で細胞を培養すると、一部の損傷が修復されたことが示されました。

  

これは宇宙飛行によるダメージが完全に不可逆的ではなく、適切な環境によって回復可能であることを示唆しています。

 

この発見は、宇宙飛行士の健康回復に役立つだけでなく、地上での老化研究にも新たな手がかりを与える可能性を持ちます。

 

研究チームは「短期間の宇宙飛行で誘発される幹細胞の老化モデルは、地上でのヒトの加齢や加齢関連疾患を理解するための有用な手段となる」と述べています。

 

  

研究の意義と今後の展望

この研究が持つ意義は、宇宙飛行のリスク管理にとどまらず、老化やがんなど地上における重要な健康課題の解明にもつながる点にあります。

 

宇宙という極限環境は、人間の体にとって究極のストレステストであり、その影響を理解することは、より安全な長期宇宙ミッションを実現するうえで不可欠です。

 

同時に、宇宙で加速された老化現象を調べることは、地上での老化プロセスを短縮モデルとして観察できることを意味します。

  

これにより、がんや免疫不全といった加齢関連疾患の新しい治療法開発につながる可能性があります。

   

研究結果を踏まえ、Catriona Jamiesonは次のように述べています。

 

宇宙は人間の身体にとって究極のストレス環境である。この研究は、微小重力や銀河宇宙線といったストレス因子が血液幹細胞の分子的な老化を加速させることを示した。宇宙飛行士を守る方法を考えるだけでなく、地上での老化やがん研究にも重要な知見をもたらす

 

この発見は、商業宇宙旅行や長期的な有人探査の時代を迎えるうえで欠かせない基盤知識であると同時に、私たち自身の健康長寿研究にも寄与する可能性を秘めています。

 

本研究の成果は、宇宙飛行と人体の関係に関する理解を深める大きな一歩となりましたが、ここで得られた知見がすべての条件に当てはまるかどうか、また長期間の宇宙滞在においても同様の効果が見られるかについては、今後のさらなる研究が必要である点に注意する必要があるとしています。

 

 

まとめ

・宇宙飛行はヒト幹細胞に老化を加速させる影響を与えることが確認された

・損傷は一部可逆的であり、適切な環境により回復可能であることが示唆された

・老化や加齢関連疾患の研究、そして宇宙飛行士の健康保護にとって極めて重要な知見となる

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