超加工食品(Ultra-Processed Foods、以下UPF)は、近年の栄養学や公衆衛生の議論において「現代の食環境を悪化させる最大の原因」として注目を浴びています。
肥満や糖尿病だけでなく、認知症や食物依存症にまで関連するとされ、ポテトチップス、冷凍食品、炭酸飲料、スナック菓子などの工場製品は、現代病の温床のように語られることが少なくありません。
一部の専門家は、こうした食品が「人間の脳の報酬系を刺激し、必要以上に食べさせるように設計され、企業の利益を最大化するために積極的に販売されている」と強く批判しています。(The role of ultra-processed food in obesityより)
これに基づき、各国の政策立案者は警告ラベルの導入、広告規制、課税、さらには学校周辺での販売禁止といった大胆な施策を提案しています。
しかし、本当にUPFはその名の通り「悪者」と断定できるのでしょうか。
この問いに挑んだのが、リーズ大学を中心とする研究チームです。
研究を主導したのは心理学者の Graham Finlayson であり、彼と同僚たちは「人が食べ物を好む理由」や「空腹が満たされても食べ続けてしまう理由」を改めて検討しました。
今回のテーマとして、以下に研究の内容をまとめます。
参考記事)
・Ultra-processed foods might not be the real villain in our diets – here’s what our research found(2025/08/15)
参考研究)
・Exploring gender differences in the mediating effect of emotional eating on anxiety and body image(2025/05/22)
食べ物を「好きになること」と「快楽的過食」は別物
研究チームがまず注目したのは、しばしば混同される2つの概念です。
・「食べ物を好む(liking)」 … 味そのものの好み
・「快楽的過食(hedonic overeating)」 … 空腹を満たした後でも、美味しさや快感のために食べ続けること
欧米の食生活において、多くの人はオートミールを良い食べ物と思い、好んで食べる傾向にあります。
しかし、それを大量に食べ過ぎることはないでしょうし、ましてや外出先でも好んで食べることはないでしょう。
一方で、チョコレートやクッキー、アイスクリームなどは、「好き」であると同時に「つい食べ過ぎてしまう」代表例です。
この違いが、食行動を理解する上で重要な手がかりになります。
3,000人超を対象とした大規模調査

研究チームは、イギリスの成人3,000人以上を対象に、日常的に食べられている400種類以上の食品について評価させました。
写真に写った無印食品(ブランド名を隠した状態)の写真を見せ、それをどれくらい「好きと感じるか」、また「食べ過ぎてしまいそうかどうか」を回答してもらいました。
対象食品は、ベイクドポテトやリンゴ、カスタードクリーム、コテージパイ、インスタントヌードルなど、イギリスのスーパーマーケットで売られいる典型的な食品群でした。
この評価結果を、次の3つの要素と比較しました。
1. 食品の栄養成分(脂質、糖質、食物繊維、エネルギー密度など)
2. 加工度の分類(代表的には「Nova分類」と呼ばれるシステムで、食品を加工度や加工目的によってグループ分けする方法)
3. 人々の主観的な認知(「甘い」「脂っこい」「加工食品っぽい」「健康的」などのイメージ)
栄養成分だけでは説明できない「食べ過ぎ」の心理
予想通り、カロリー密度が高い食品ほど「食べ過ぎてしまう」傾向が強く見られました。
また、普段からよく食べる食品は「好き」と評価されやすいことも分かりました。
しかし、より驚くべき発見は、以下のような「食品に対する信念やイメージが食べ過ぎを強く左右する」という点でした。
・「甘い」「脂っこい」「加工度が高い」と認識された食品は、実際の栄養成分に関わらず「食べ過ぎてしまう」と答える傾向が強くなった
・一方、「苦い」「食物繊維が多い」と認識された食品は、過食につながりにくいとされた
ある調査では、食品の栄養成分データと人々の認知を組み合わせることで、過食傾向の78%を予測できることが示されました。(Food-level predictors of self-reported liking and hedonic overeating: Putting ultra-processed foods in contextより)

この研究では、栄養成分が41%、食品に対する信念や感覚的イメージが38%を説明するという結果が示唆されました。
つまり、「食べ物に何が含まれているか」だけでなく、「その食べ物をどう思うか」も食行動に大きく影響するのです。
「超加工食品」というラベルの限界
では、超加工食品である旨を記した「UPF」というラベルはどの程度役立つのでしょうか。
研究チームが導いた結論は明快でした。
彼らは、UPF分類は、食べ物の好みや過食傾向に対する影響力が非常に弱いという結論を導きました。
実際、栄養成分や認知の影響を考慮に入れると、Nova分類(UPFを含む加工度分類)による影響は、「好みの変化」で2%未満、「過食の抑制」でわずか4%にとどまる試算になりました。

また、UPFラベルが一律に食品を「悪者扱い」してしまう危険性を示しています。
たとえば、砂糖入りの炭酸飲料と、栄養強化されたシリアル、あるいは高たんぱく質のプロテインバーと菜食者向けの代替肉が、すべて同じカテゴリーに分類されてしまいます。
確かにUPFの中にはカロリー過多で食物繊維が少なく、食べ過ぎやすいものも多く含まれます。
しかし全てのUPFが悪なのではなく、高齢者や特定の食事制限がある人にとって便利かつ有益な食品も存在します。
食教育の重要性
この研究は、「すべてのUPFが悪い」というメッセージが過度に単純化されていることを指摘しています。
人々は「ラベルの成分」だけで食べるわけではなく、味や感覚、そして社会的・心理的な要素といった複合的な動機で食べ物を選びます。
したがって、政策立案において「UPFだから危険」と一括りにしてしまうことは、健康に有益な食品を避けさせてしまう可能性があり、逆効果になるリスクもあります。
研究チームは、より現実的で柔軟なアプローチを提案しています。
・食リテラシーの向上
食べ物がなぜ満足感を与えるのか、欲求を引き起こすのかを理解し、個人の過食サインを認識できるようにする
・意図的な食品の再設計
単に「ダイエット食品」を作るのではなく、食べ応えがあり満足感を与える食品を開発する
・食動機の理解と支援
人は、社交、楽しみなど空腹以外の理由でも食べる
その代替行動を支援し、楽しみを最大化することで低品質食品への依存を減らす
食行動の複雑性を受け入れることが鍵
結論として、UPFの中には確かに問題を孕むものもあります。
高カロリーで大容量、強力なマーケティングに支えられているものは、肥満や健康リスクにつながる恐れがあるのは事実です。
しかし、「加工度が高い=悪い」という単純な図式では、人間の食行動の複雑性を説明できないのです。
食べすぎを左右するのは、栄養成分、味や感覚、そして私たちの認知や心理的動機であり、UPFラベルはそのごく一部しか説明できません。
本研究は、食の選択や政策を考えるうえで「心理学的要因」と「食品の感覚的特性」をもっと重視するべきだと強調しています。
最終的に重要なのは、食品がパッケージに入っているかどうかではなく、「その食品がどのように感じられ、どのように私たちの行動を導くのか」なのです。
この行動をコントロールすることが、社会全体の健康や医療費の削減、さらにはその人の健康寿命の延長につながると考えられます。
まとめ
・UPFラベルは、食べ物の好みや過食行動を説明する力が弱いことが示された
・人々の食品に対する認知やイメージが、実際の栄養成分と同じくらい過食を左右することが分かった
・政策や健康指導では「UPF=悪」と単純化せず、心理学的・感覚的要因を踏まえた柔軟なアプローチが必要である


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