科学

心理的ストレスと免疫との深い関係が明らかに

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心理的ストレスとそれに伴う影響は、現代の公衆衛生における重要な課題の一つです。

 

不安障害やうつ病など、ストレス関連の精神疾患は世界人口の約10%に影響を及ぼしており、特にCOVID-19パンデミックのような困難な状況下ではその発症率が急増しています。

 

しかし、これらの疾患の発症メカニズムやストレス応答における免疫システムの役割は依然として不明瞭な点が多いです。

 

复旦大学(Fudan University)が行った研究では、心理的ストレスが引き起こす免疫活性化が、どのような利益をもたらす可能性について検証しました。

 

本研究では、ストレスによる腸の透過性増加(腸漏れ:リーキーガット)を通じて誘発される免疫応答が、脳の神経活動や不安行動に与える影響が調査されました。

 

その結果、インターロイキン22(IL-22)が重要な役割を果たしていることが明らかになりました。

 

今回のテーマとして、以下の研究を参考にまとめていきます。

 

参考研究)

Elevated IL-22 as a result of stress-induced gut leakage suppresses septal neuron activation to ameliorate anxiety-like behavior(2024/12/16)

 

 

インターロイキン-22とは

インターロイキン-22(以下IL-22)は、は病原性細菌に感染したとき、免疫細胞において誘導されるサイトカインです。

 

サイトカインは、主に免疫細胞から分泌されるタンパク質や生理活性物質(生命活動や生理機能の維持、調節に働く物質)の総称で、細胞間の情報伝達を担っています。

 

特に、IL-22に関しては腸管の免疫のバランスに深く関っており、腸管上皮細胞の粘液や抗菌タンパク質の産生を誘導して、細菌感染に対する防御機能を増強させる働きがあることがわかっています。

(さらに詳しく→理化学研究所 「腸管内の細菌取り込みの新たな仕組みを解明」を参照)

 

一方、IL-22が過剰に確認される場合は代謝疾患や発がんに関わるという研究結果も報告されており、腸に限らず多くの病態に関わっていると考えられています。

 

 

ストレスと免疫応答:病理と適応の境界

Elevated IL-22 as a result of stress-induced gut leakage suppresses septal neuron activation to ameliorate anxiety-like behavior より

 

これまでの研究では、ストレス免疫システムに不調をもたらし、様々な疾患を悪化させると考えられてきました。

 

例えば、炎症や免疫調節の異常がストレス患者で観察されており、Tリンパ球が代謝シグナルやサイトカインを介して不安様行動を引き起こすことが報告されています。

 

しかし、この免疫活性化が進化的に保存されている事実は、それが単なる病理的な反応ではなく、生物に適応的な利益をもたらす可能性を示唆しています。

 

免疫応答の結果は、その強度や持続時間に依存します。

 

適度な免疫応答は生理的な恒常性の回復を促しますが、過剰な応答は組織障害を引き起こすことがあります。

 

本研究では、ストレスに伴う免疫応答の初期段階に注目し、その適応的な役割を明らかにしようとしました。

 

 

研究の焦点:腸漏れと初期免疫活性化 

 

ストレスをきっかけとする免疫活性化は、腸の透過性の増加(腸漏れ:リーキーガット)と関連しています。

 

腸漏れは、ストレスホルモン(糖質コルチコイド、コルチコトロピン放出ホルモンなど)や腸の支持細胞(肥満細胞、腸グリア細胞)の作用により引き起こされ、腸内微生物が免疫系にさらされることで免疫応答を誘発します。

 

試合や試験などの緊張からくる軽度のストレス臨床的うつ病患者でも腸漏れが確認されており、免疫系と心理的ストレスの関連性を示しています。

 

本研究では、マウスモデルを使用し、短期間の軽度な制約ストレス(30分間の拘束を3日間連続で実施)がどのように腸漏れを引き起こし、免疫応答を活性化するかを調査しました。

 

 

結果1:IL-22の誘発と腸漏れ

マウスに短期間の軽度ストレスを与えたところ、以下の現象が確認されました。

 

1. 腸の透過性増加

3日間のストレスにより、腸の透過性が増加し、腸内のアルブミンやマイクロバイオーム由来の分子が血中に漏れ出しました。

これにより、免疫調節因子であるNF-κB(核内因子カッパB)の活性化やサイトカインプロファイルの変化が見られました。

 

2. IL-22の産生増加

腸漏れにより免疫細胞が微生物にさらされた結果、IL-22の産生が増加しました。

IL-22は主に腸内のTH17細胞や他の免疫細胞によって産生され、腸内の恒常性維持や炎症応答に関与します。

 

 

結果2:IL-22の脳への作用と不安行動の軽減

IL-22は腸で産生された後、血流を介して脳の「中隔領域」に到達しました。

 

この領域は感情や行動の調節に重要な役割を果たす脳部位です。

 

IL-22は中隔領域で以下のように作用しました。

 

1. 神経活動の抑制

IL-22は直接的に神経の活性化を抑制し、過剰な神経活動を抑えました。

 

2. 不安行動の軽減

IL-22を投与されたマウスでは、不安様行動が顕著に減少しました。

一方で、IL-22の活性を阻害すると不安行動が悪化しました。

 

 

結果3:人間におけるIL-22と臨床的意義 

臨床的うつ病患者では、血中のIL-22レベルが健常者よりも低下していることが確認されました。

 

さらに、慢性的なストレスを受けたマウスに外部からIL-22を投与することで、うつ病様行動が改善されました。

 

これらの結果は、IL-22が心理的ストレスに対して保護的な役割を果たしていることを示しています。

 

 

結論と将来の展望 

本研究は、心理的ストレス応答における腸-脳相関の新しいメカニズムを明らかにしました。

  

ストレスにより誘発されたIL-22は、腸内での免疫応答を介して脳の神経活動を抑制し、不安や抑うつ行動を軽減します。

 

この発見は、ストレス関連疾患に対する新しい治療アプローチを提供する可能性があります。

 

今後の課題として、IL-22をターゲットにした治療法の開発や、その安全性と効果を検証する臨床研究が必要です。

 

さらに、IL-22の他の生理的役割や、個々の患者に応じた最適な治療法の特定にも取り組む必要があります。

 

心理的ストレスの影響を軽減するための新しい手段として、IL-22は大きな可能性を秘めていると考えられます。

  

 

まとめ

・ストレスによる腸漏れ(腸の透過性増加)が免疫応答を活性化し、サイトカイン「IL-22」の産生を促進する

・IL-22は腸内での免疫応答を通じて脳の神経活動を抑制し、不安や抑うつ行動を軽減する効果があると確認された

・IL-22をターゲットにした治療法は、ストレス関連疾患の新たな治療アプローチとなる可能性がある

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