コーヒーは嗜好品として世界中で親しまれていますが、近年では健康機能を備えた「機能性食品」としての側面にも注目が集まっています。
抗酸化作用や神経保護作用、さらには血糖値を下げる可能性を持つ天然分子が含まれていることが知られている一方で、その化学的構成は極めて複雑であり、有用成分の探索は容易ではありません。
こうした背景のもと、最新の分析技術を駆使した研究によって、これまで知られていなかった抗糖尿病作用を持つコーヒー成分が発見されました。
以下に研究の内容をまとめます。
参考記事)
・Newly discovered coffee compounds beat diabetes drug in lab tests(2026/01/13)
参考研究)
・Bioactive oriented discovery of diterpenoids in Coffea arabica basing on 1D NMR and LC-MS/MS molecular network(2025/02/18)
機能性食品研究の壁と研究アプローチ
機能性食品とは、単なる栄養補給を超え、体の機能維持や健康増進に寄与する成分を含む食品を指します。
コーヒーには、ポリフェノール類やジテルペン類など、健康に良い影響を与えるとされる分子が数多く含まれていますが、焙煎という工程を経ることで化学構造が変化し、成分同士が重なり合うため、従来の分析手法では詳細な同定が困難でした。
そのため近年では、核磁気共鳴分光法(NMR)や液体クロマトグラフィー質量分析といった高精度分析技術が、複雑な食品成分を解析するための重要な手段となっています。
特に焙煎コーヒーのように多様な化学物質を含む食品では、これらの技術の組み合わせが不可欠とされています。
中国科学院主導による研究

今回の研究を主導したのは、中国科学院に所属する昆明(クンミン)植物研究所のMinghua Qiu氏らの研究チームです。
研究成果は、植物科学分野の学術誌『Beverage Plant Research』に報告されました。
本研究の目的は、焙煎したアラビカ種コーヒー豆(Coffea arabica)に含まれる、これまで未同定だった生理活性ジテルペンエステルを発見し、それらの抗糖尿病作用を評価することでした。
特に、食後血糖値の上昇に関与する酵素であるα-グルコシダーゼを阻害する化合物に焦点が当てられています。
三段階プロセスによる精密な化合物探索
研究チームは、活性重視型の三段階スクリーニング手法を設計しました。
この手法の特徴は、一般的に検出されやすい成分だけでなく、極微量しか存在しない化合物も同時に探索できる点にあります。
また、溶媒使用量を抑え、分析効率を高める工夫も施されています。
まず、ジテルペンを含む粗抽出物をシリカゲルクロマトグラフィーによって19の分画に分離しました。
次に、それぞれの分画について解析を行うと同時に、α-グルコシダーゼ阻害活性を評価しました。

得られた分析データをクラスターヒートマップ解析にかけることで、Fr.9からFr.13の分画が特に高い生物活性を示すことが明らかになりました。
新規ジテルペンエステル「カファルデヒド(カフアルデヒド)」の発見
代表的な活性分画であるFr.9について、さらに解析を行ったところ、アルデヒド基の存在が確認され、過去の知見とも一致しました。
その後、セミ分取HPLCによる精製を経て、これまで報告例のない3種類のジテルペンエステルが単離されました。
これらは、caffaldehydes A、B、C(カファルデヒドA・B・C)と命名されています。

それぞれの化学構造は、1次元および2次元NMR解析と高分解能質量分析(HRESIMS)によって厳密に検証されました。
これら3種の化合物は、脂肪酸部分がそれぞれ異なり、パルミチン酸、ステアリン酸、アラキジン酸を含んでいる点が特徴です。
一般的な糖尿病治療薬を上回る阻害活性
注目すべき点として、これら3種のカファルデヒドはいずれも強いα-グルコシダーゼ阻害活性を示しました。
IC₅₀値はそれぞれ45.07 μM、24.40 μM、17.50 μMであり、比較対象として用いられた一般的な糖尿病治療薬アカルボースよりも強い活性を示しています。
【用語】
・IC₅₀値:特定の薬剤や化合物が、標的となる酵素やタンパク質などの働きを50%阻害するために必要な濃度)
ただし、この結果はあくまで酵素阻害を評価する試験管内実験(in vitro)に基づくものであり、人体で同様の効果が得られるかどうかは現時点では不明です。
この点については、研究論文内でも慎重に言及されています。
微量成分の探索と分子ネットワーク解析
さらに研究チームは、NMRやHPLC単独では検出が難しい微量成分を特定するため、複数の分画を統合したサンプルに対してLC-MS/MS解析(液体クロマトグラフィー-タンデム質量分析法)を実施しました。
得られたデータを基に、GNPSおよびCytoscapeを用いて分子ネットワークを構築した結果、カファルデヒドA~Cと構造的に近縁な、さらに3種類の新規ジテルペンエステル(化合物4~6)が見いだされました。
これらの化合物は、脂肪酸部分にマガル酸、オクタデセン酸、ノナデカン酸を含んでおり、既存の化合物データベースを検索しても報告例が確認されなかったことから、完全に新規の天然化合物である可能性が高いとされています。
機能性食品としてのコーヒーの新たな可能性
本研究の成果は、焙煎コーヒーが血糖コントロールを支援する機能性食品やニュートラシューティカルの素材となり得る可能性を示しています。
また、低溶媒・高精度という今回のスクリーニング手法は、コーヒーに限らず、他の複雑な食品素材にも応用可能であり、健康関連成分の迅速な発見につながると期待されています。
今後は、今回発見された微量ジテルペンエステルについて、動物モデルやヒトを対象としたin vivo試験による有効性と安全性の検証が必要とされています。
現段階では、医療用途への直接的な応用については明確ではなく、研究は基礎段階にある点も重要です。
研究の限界と今後の課題
本研究は非常に精緻な化学分析に基づいていますが、糖尿病予防や治療への実用的効果については、現時点では断定できない部分が残されています。
特に、通常のコーヒー摂取量でこれらの化合物が十分に体内に取り込まれるのか、焙煎条件や抽出方法による含有量の違いがどの程度影響するのかについては、今後の検討課題とされています。
まとめ
・中国科学院クンミン植物研究所の研究により、焙煎コーヒーから新規の抗糖尿病候補化合物が発見された
・これらの化合物は、試験管内実験で一般的な糖尿病治療薬より強いα-グルコシダーゼ阻害活性を示した
・ただし、人体での有効性や安全性は未検証であり、今後のin vivo研究が不可欠


コメント