運動は、うつ病に対して効果的――近年、このような見解を裏づける研究結果が次々と報告されています。
薬を使わず、身体を動かすというシンプルな行為が、心の健康にどこまで貢献できるのか。
その問いに対し、複数の臨床試験を統合して分析した大規模レビューが、新たな知見を提示しました。
以下に研究の内容をまとめます。
参考記事)
・Scientists find exercise rivals therapy for depression(2026/01/10)
参考研究)
・Exercise for depression(2026/01/08)
世界的課題としてのうつ病と運動の可能性

うつ病は、現在もなお世界的な公衆衛生上の大きな課題です。世界保健機関(WHO)の推計によれば、世界で2億8,000万人以上がうつ病を抱えているとされており、生活の質の低下だけでなく、労働能力の喪失や社会的孤立など、さまざまな問題を引き起こしています。
こうした背景の中で、治療の選択肢として注目されているのが運動です。
運動は、費用が比較的低く、特別な医療設備を必要としないうえ、身体的健康の向上という副次的な利益も得られるため、患者と医療従事者の双方にとって魅力的な手段といえます。
今回紹介する研究は、運動がうつ病症状の軽減にどの程度有効なのかを、心理療法や抗うつ薬と比較する形で検証したものです。
運動は無治療より明確に有効

本研究は、ランカシャー大学の研究チームによって主導されました。
この研究は、医療分野で信頼性の高いエビデンス統合として知られるコクラン・レビューの一環として実施されました。
研究チームは、うつ病と診断された成人約5,000人を対象とした73件のランダム化比較試験を分析しました。
これらの試験では、運動介入が「無治療または対照条件」と比較されたケースだけでなく、「心理療法」や「抗うつ薬治療」と直接比較されたケースも含まれています。
解析の結果、運動は無治療の場合と比べて、うつ病症状を中等度に軽減する効果があることが示されました。
これは、統計学的にも意味のある改善であり、単なる気分転換以上の治療的効果が期待できることを示唆しています。
この結果は、運動が単独の介入としても一定の価値を持つ可能性を示しており、治療へのアクセスが難しい地域や、薬物療法に抵抗を感じる人々にとって、重要な選択肢となり得ます。
心理療法との比較:ほぼ同等の改善効果
さらに注目すべき点は、運動が心理療法と比較しても、ほぼ同程度の改善効果を示したことです。
10件の試験に基づく解析では、エビデンスの確実性は「中程度」と評価されており、一定の信頼性があるとされています。
これは、認知行動療法などの専門的な心理療法と比べても、運動が症状改善という点では遜色ない可能性を示しています。
ただし、心理療法が持つ「思考パターンの修正」や「再発予防」といった側面については、本レビューでは十分に評価されていない点に注意が必要です。
抗うつ薬との比較とエビデンスの限界
抗うつ薬との比較では、運動が同程度の効果を持つ可能性が示唆されたものの、こちらはエビデンスの確実性が低いと評価されました。
比較試験の数が少なく、研究規模も限定的であったため、結論には慎重さが求められます。
また、多くの研究で治療終了後の追跡調査が行われておらず、運動の効果が長期的に持続するかどうかは不明確です。
この点は、薬物療法や心理療法と比較するうえで重要な課題として残されています。
副作用と安全性の観点
安全性に関しては、運動プログラムによる重篤な副作用はほとんど報告されていませんでした。
一部の参加者では、筋肉や関節の軽度のけがが見られましたが、頻度は低いものでした。
一方、抗うつ薬を使用した群では、疲労感や消化器症状など、一般的によく知られている薬剤関連の副作用が報告されています。
この点からも、運動は比較的安全性の高い介入と考えられます。
研究の筆頭著者である Andrew Clegg教授は、次のように述べています。
「私たちの研究結果は、運動がうつ病の症状管理に役立つ、安全で利用しやすい選択肢であることを示している。ただし、運動はすべての人に同じように効果があるわけではない。重要なのは、個々人が無理なく続けられる方法を見つけることである。」
効果的な運動の種類と強度

本レビューでは、軽度から中等度の運動強度のほうが、激しい運動よりも有益である可能性が示されました。
また、13回から36回程度の運動セッションを完了した人で、より大きな改善が見られる傾向がありました。
特定の運動形式が他より明確に優れているという結果は得られませんでしたが、複数の運動を組み合わせたプログラムや、筋力トレーニングを含む運動は、有酸素運動単独よりも効果が高い可能性が示唆されています。
一方で、ヨガ、気功、ストレッチといった活動については、本分析では評価対象となっておらず、今後の研究課題とされています。
なぜ結論は慎重なのか
今回のレビューは、2008年と2013年に発表された過去のレビューを更新するもので、新たに35件の試験が追加されました。
それにもかかわらず、全体的な結論は大きく変わっていません。
その理由として、多くの研究が小規模で、参加者が100人未満である点が挙げられます。
研究規模が小さいと、結果のばらつきが大きくなり、一般化が難しくなります。
Andrew Clegg教授も、「質の高い大規模研究が1件あるほうが、小規模で質の低い研究が多数あるよりも有用です」と述べており、今後は、どの運動が、どのような人に、どのくらいの期間効果を持つのかを明らかにするための、より厳密な研究が求められています。
まとめ
・運動は、無治療と比べてうつ病症状を中等度に軽減し、心理療法と同程度の効果があることが示された
・安全性は高いものの、抗うつ薬との比較や長期効果についてはエビデンスが不十分
・今後は、より大規模で質の高い研究によって、最適な運動方法と対象者を明らかにする必要がある

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