古代エジプトの時代から人間とともに暮らしてきたネコ。
現代でもペットとして飼われているいるネコという動物について、近年の研究により、ヒトとネコの脳内化学物質に独自のつながりが存在することが明らかになりつつあります。
その中心的な役割を果たすのが「オキシトシン」と呼ばれるホルモンです。
オキシトシンは「愛情ホルモン」とも呼ばれ、母親が子どもを抱くときや、友人同士が抱擁するときに分泌され、信頼感や親密さを高める働きを持ちます。
今回紹介する研究では、このオキシトシンが人間とネコの絆においても重要であることが報告されました。
その背景や人間への影響など、研究を参考に内容をまとめます。
参考記事)
・Studies Reveal The Best Ways to Chemically Bond With Your Cat(2025/09/16)
参考研究)
・The effects of owner-cat interaction on oxytocin secretion in pet cats with different attachment styles(2025/02/15)
オキシトシンの役割と人間への影響

オキシトシンは社会的な絆、信頼、そしてストレスの調整において中心的な役割を果たす神経化学物質です。
例えば2005年の実験では、オキシトシンを投与された人々はお金をテーマにしたゲームにおいて他者を信頼する傾向が有意に高まることが確認されました。
また、オキシトシンには鎮静作用もあり、人間や動物においてストレスホルモンであるコルチゾールの分泌を抑える働きがあることが知られています。
副交感神経(いわゆる「休息と消化」のシステム)を活性化させることで、体をリラックスさせる効果も報告されています。
犬と飼い主の間では、友好的な交流が相互にオキシトシンを分泌させ、強固な絆を形成することがすでに知られていました。
しかし、ネコについてはこれまであまり研究が進んでおらず、その効果は十分に理解されていませんでした。
ネコと人間の間でのオキシトシン反応
ネコは犬ほど明確に愛情を表すわけではありません。
しかし、多くの飼い主がネコとの交流から愛情に似たものを感じ、ストレス軽減を実感しています。
そして、近年の研究がその主観的体験を裏付けています。
2021年、東京農業大学による研究では、短時間のネコとのふれあいが飼い主のオキシトシン分泌を促すことを報告しました。
女性の飼い主がネコをなでたり、優しく話しかけたりする場面を観察したところ、静かに座っているときに比べて唾液中のオキシトシン濃度が上昇していたのです。
この結果から、ネコとの優しい接触や柔らかな声かけが、確かにオキシトシンの分泌を引き起こすことが示唆されました。
ネコをなでることの効果と「ゴロゴロ音」

ネコをなでるときの心地よさは、単なる毛並みの柔らかさだけによるものではありません。
撫でる行為そのものや、ネコの「ゴロゴロ」という音が、私たちの脳内でオキシトシンの分泌を促すことが研究により明らかになっています。
2002年の研究では、穏やかな接触によるオキシトシン分泌がストレスホルモンであるコルチゾールを低下させ、それに伴い血圧の低下や痛みの軽減といった効果が確認されました。
ゴロゴロ音には人間の心拍数や血圧を安定させる働きがあり、まさに「癒やし」の源泉であると考えられています。
2025年の研究:オキシトシンが分泌される具体的な瞬間
今回のメインテーマとなった2025年2月発表の研究では、飼い主がネコと15分間リラックスして遊んだり抱きしめたりする中で、双方のオキシトシンが上昇することが観察されました。
ただし、この効果はネコがリラックスできる状態にある場合に限られます。
ネコ自身が膝に乗ったり、頭を軽く押し付けたりといった自発的な接触を取ったときには、飼い主だけでなくネコ自身のオキシトシンも増加しました。
一方で、無理やり抱きしめられた場合には逆にオキシトシンが低下するケースも見られました。
ネコの性格や愛着スタイルによって、オキシトシンの反応は異なることが明らかになりました。
• 自立的で距離を保つネコ(回避型)はオキシトシン変化がほとんどなし
• 飼い主に依存的なネコ(不安型)はもともとオキシトシンが高いが、強制的な抱擁で低下
この結果は、ネコの主体性を尊重した接触が信頼関係を築く鍵であることを示しています。
ネコの「絆のサイン」と人間の受け止め方

ネコは犬とは異なり、長いアイコンタクトを通じて信頼を築く動物ではありません。
その代わりに、より控えめな方法で信頼を表現します。
その代表例が「スローブリンク(ゆっくりとした瞬き)」です。
これは安全と安心を伝えるサインと考えられています。
また、ゴロゴロ音はネコ自身の治癒に役立つだけでなく、人間にも鎮静効果を与えることが知られています。
こうした日常的な小さなオキシトシンの積み重ねが、不安やうつの緩和につながり、人間にとっては社会的サポートに匹敵するほどの心の支えになると考えられています。
イヌとの比較:ネコは本当に愛情が薄いのか?
過去の研究結果を比較すると、イヌとの交流のほうがオキシトシン反応は大きいことが示されています。
2016年の実験では、10分間の遊びの前後でイヌは平均57%のオキシトシン増加を示したのに対し、ネコは12%にとどまりました。
しかしこれは、イヌとネコの進化的背景の違いに由来しています。
イヌは群れで暮らし、人間との協調に適応してきたため、アイコンタクトや撫でられることを積極的に求める傾向があります。
一方、ネコはもともと孤独な狩猟者であり、あからさまな愛情表現は必要としてこなかったのです。
つまり、ネコが人に愛情を示すとき、それは本当に安心できる状況に限られる特別な行為であり、そこで分泌されるオキシトシンは人間同士の親子関係や恋人関係に匹敵する重みを持つと考えられます。
ただし、現時点での知見にはまだ不確実な部分も残されています。
オキシトシンの分泌量やその変動は個体差が大きく、ネコの性格や環境によって大きく異なる可能性があるためです。
さらに、ネコと人間の交流における長期的な健康効果についても、今後の研究が必要です。
まとめ
・ネコと人間の交流はオキシトシン分泌を促し、信頼や安心感を深める
・ただし、その効果はネコ自身が快適さ感じる場合の交流に限られる
・イヌとの比較ではオキシトシン反応は弱いが、ネコの愛情表現は特別な重みを持つ


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