科学

皮膚の常在菌が紫外線から私たちを守っている可能性

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紫外線(UV)は皮膚に日焼けやDNA損傷、さらには皮膚がんを引き起こす原因となることが広く知られています。

 

しかし今回、皮膚に常在する細菌が、こうした有害な紫外線から人体を守る可能性があることが新たな研究によって明らかになりました。

 

この研究を主導したのは、フランスのリヨン大学のバイオテクノロジー研究者、VijayKumar Patra氏で、彼のチームは、紫外線が皮膚細胞に与える影響を皮膚の細菌がどのように調節しているかに着目し、そのメカニズムを分子レベルで解明しました。

 

その結果、皮膚の常在菌と紫外線との興味深い関係が明らかになりました。

 

今回のテーマとして、研究の内容を以下にまとめていきます。

 

参考研究)

Urocanase-Positive Skin-Resident Bacteria Metabolize cis-Urocanic Acid and in Turn Reduce the Immunosuppressive Properties of UVR(2025/05/13)

 

 

皮膚の紫外線反応と常在菌の関係性

 

紫外線の中でも、特にUVBは皮膚の炎症や日焼けを引き起こすことで知られています。

 

こうしたUVBの影響に対して、皮膚の細胞は「シス-ウロカ二ン酸(cis-urocanic acid)」と呼ばれる分子を生成します。

 

この分子は、もともと皮膚の角質層に存在する「トランス-ウロカ二ン酸」が紫外線を受けることで変化したものです。

 

これまでの研究では、シス-ウロカ二ン酸がセロトニン受容体に結合することで皮膚の免疫系を抑制すること、またDNAに酸化的ダメージを与えることで皮膚がんの発症に関与していることが示されていました。(Cis-urocanic acid, a sunlight-induced immunosuppressive factor, activates immune suppression via the 5-HT2A receptorより

 

ところが、今回の研究で明らかになったのは、このシス-ウロカ二ン酸一部の皮膚常在菌によって「消化」されるという事実です。

 

これにより、細菌が皮膚に有害な分子を除去し、紫外線による悪影響を軽減している可能性があることが示唆されました。

 

 

表皮ブドウ球菌と皮膚の関係

 

研究チームが注目したのは、表皮ブドウ球菌(Staphylococcus epidermidis;スタフィロコッカス・エピデルミディス)という、皮膚に広く分布している常在菌です。

   

この菌は「ウロカナーゼ(urocanase)」という酵素を用いてシス-ウロカン酸を分解することが確認されました。

   

この反応は、マウスの皮膚だけでなく、ヒトの皮膚上でも同様に起こっている可能性があると考えられています。

  

研究チームは試験管内実験(in vitro)およびマウスモデルの両方で、UVBに曝露された皮膚環境における細菌の挙動を詳細に観察しました。

  

International Center for Research in Infectiology(フランス感染症研究国際センター)に所属する免疫学者Marc Vocanson氏「これは、紫外線・宿主由来分子・細菌の行動が免疫機能に影響を与えるという代謝的な関連性を初めて実証したものである」と述べています。

 

 

皮膚がんを防ぐ可能性と将来的な応用

今回の発見が画期的である理由は、皮膚の微生物叢(マイクロバイオーム)が紫外線応答を調節している可能性があるという点です。

 

これにより、従来の「日焼け止め」にとどまらず、細菌との相互作用を考慮した新たなスキンケアや治療法が展開される可能性が広がります。

 

特に注目されているのは、紫外線療法(フォトセラピー)との関連です。

 

これはアトピー性皮膚炎、乾癬、ビタミンD欠乏症などの治療に用いられていますが、皮膚の常在菌を一時的に除去することで治療効果が高まる可能性があると示唆されています。

 

一方で、S. epidermidisの増殖を促す製品や、ウロカナーゼを含むスキンケア用品が、皮膚の免疫系を保護する新しい手段として機能するかもしれないとも述べられています。

 

グラーツ医科大学の光皮膚学者Peter Wolf氏は「この発見は、マイクロバイオームを意識した紫外線防御という新たな概念を開くものである」と述べています。

 

 

今後の展望と課題

もちろん、今回の研究は試験管内およびマウス皮膚における実験結果に基づいているため、ヒトへの応用にはまだ多くの検証が必要です。

 

たとえば、ヒトの皮膚上でS. epidermidisが常にウロカナーゼを発現しているかどうかや、紫外線曝露との関係性がどの程度の個体差を持つのかなど、詳細な研究が求められます。

 

また、こうした細菌の働きを利用したウロカナーゼ配合の日焼け止めなどの製品が市場に出るには、科学的裏付けと長期的な安全性の確認が必要不可欠です。

 

それでもなお、この研究は皮膚とその常在菌が一体となって外的環境から私たちを守っているという、これまで見過ごされてきた重要な生物学的機構を明らかにした点で非常に意義深いものと言えるでしょう。

 

 

まとめ

・皮膚常在菌Staphylococcus epidermidisが紫外線によって生成される有害分子「シス-ウロカ二ン酸」を分解することが明らかになった

・この反応は、皮膚の免疫抑制やがんリスクの軽減に関与している可能性があり、将来的な治療応用が期待されている

・今後の研究によって、細菌の代謝機能を活用したスキンケア製品や紫外線療法の補完技術が登場する可能性がある

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