近年、座りがちな生活が深刻な健康被害をもたらすことが明らかになってきました。
イギリスでは、身体の不活動による経済的損失は年間推定74億ポンド(約1.4兆円)にものぼるとされており、それ以上に多くの命を奪っていると報告されています。
しかし、がんや生活習慣病のリスクを下げるために、必ずしも激しい運動が必要なのでしょうか。
オックスフォード大学による最新の大規模研究から、日常的な「ウォーキング」だけでも十分に効果があるかもしれないという研究結果が報告されました。
本研究では、イギリス国内の85,000人以上の成人を対象に、日々の身体活動量とがん発症リスクの関連を長期にわたって追跡され、その結果を分析したところ、日々の歩数が多いほど、複数のがんの発症リスクが低下する可能性があることが示唆されています。
今回のテーマとして、研究の内容を以下にまとめます。
参考記事)
・Walking Daily Linked to Lower Risk of 13 Cancers, Major Study Finds(2025/05/15)
参考研究)
・Amount and intensity of daily total physical activity, step count and risk of incident cancer in the UK Biobank(2025/03/26)
・Association of Leisure-Time Physical Activity With Risk of 26 Types of Cancer in 1.44 Million Adults(2016/06/01)
一日あたりの歩数ががんリスクに与える明確な影響

本研究では、参加者に活動量計を装着してもらい、日常生活における動きの「量」と「強度」の両方を測定しました。
その後、平均で6年間の追跡調査を行ったところ、歩数が多い人ほど、13種類のがんの発症リスクが低下するという明確な傾向が認められました。
特に注目すべきなのは、歩くスピードではなく、歩いた「総量」がリスク低下に寄与していた点です。
以下は、研究から分かったその歩数とリスク低下についての関係です。
• 1日5,000歩を超えたあたりから、がんリスクの低下が見られるようになった
• 7,000歩で11%のリスク低下、9,000歩で16%のリスク低下が確認された
• それ以上歩いてもリスク低下の効果は横ばいとなり、男女間で若干の差が見られた
この結果は、健康のために「1日1万歩」を目指すという一般的なアドバイスを科学的に裏付けるものであり、がん予防の観点からも有効である可能性が高いと示唆されています。
歩くスピードより「動くこと」そのものが重要
さらに研究チームは、歩く速さ、すなわち「ステップ強度」も分析しました。
その結果、速く歩く人の方ががんリスクが低い傾向にありましたが、総歩数を考慮すると、歩行速度の影響は統計的に有意ではないと結論づけられました。
つまり、速く歩くかどうかよりも、どれだけ多く歩いたかが重要であるということです。
また、座っている時間を軽い活動や中程度の活動に置き換えることでもがんリスクが下がることがわかりましたが、軽い運動を中程度の運動に変えても追加の効果は見られませんでした。
このことからも、強度よりも「日常的に動くこと」が鍵であることが示されています。
研究対象となった13種類のがんと、特に効果が大きかったがん

本研究では、次の13種類のがんについて分析が行われました。
• 食道がん
• 肝臓がん
• 肺がん
• 腎臓がん
• 胃がん
• 子宮内膜がん
• 骨髄性白血病
• 多発性骨髄腫
• 結腸がん
• 頭頸部がん
• 直腸がん
• 膀胱がん
• 乳がん
6年間の追跡期間中、約3%の参加者がこれらのいずれかのがんを発症しました。
特に多く見られたのは、男性では結腸がん・直腸がん・肺がん、女性では乳がん・結腸がん・子宮内膜がん・肺がんでした。
そのなかでも、身体活動の増加が最も強くリスク低下と関連していたのは、以下の6種類のがんです。
• 胃がん
• 膀胱がん
• 肝臓がん
• 子宮内膜がん
• 肺がん
• 頭頸部がん
これらのがんに関しては、歩数とリスク低下の間により強い相関関係が確認されており、特に予防効果が高いと考えられます。
活動量の測定精度が高く、信頼性も向上
過去の多くの研究では、被験者による自己申告形式で運動量が測定されてきましたが、この方法では記憶の誤差や主観による偏りが含まれ、正確性に欠ける可能性があります。
今回の研究では、ウェアラブルデバイス(活動量計)によって、参加者の実際の身体活動を客観的かつ高精度に記録することができました。
これにより、日常の運動がどの程度がんの予防に寄与しているのかについて、より確実なデータが得られました。
さらに注目すべき点として、この研究では激しい運動やジムでのトレーニングのみに焦点を当てるのではなく、ごく軽い運動――たとえばウォーキングといった「誰にでもできる活動」でも、十分に健康上の恩恵があることを明らかにしたことです。
日常生活に「歩く習慣」を取り入れる工夫を
本研究の結果は、健康維持やがん予防において、日々の「ちょっとした運動習慣」が極めて重要であることを私たちに示しています。
たとえば、以下のような日常の行動を取り入れるだけでも、1日数千歩の追加が可能です。
• エレベーターではなく階段を使う
• 昼休みに散歩する
• 電話をしながら歩く
• 駅や店舗の入口から少し離れた場所に車を停める
これらを積み重ねることで、たとえ1日あたり4,000歩程度(約40分の軽いウォーキング)でも、長期的な健康に大きな影響を与える可能性があります。
特に中年期以降、がんのリスクが上昇し始める時期において、日々の歩行はもっとも簡単で、かつ効果的ながん予防手段のひとつとなるかもしれません。
今後の研究への期待と実践への応用
もちろん、身体活動とがんの関係は一筋縄では説明できるものではありません。
今回の研究は観察研究であり、因果関係の解明にはさらに長期的かつ個別のがんに焦点を当てた研究が必要です。
それでもなお、現時点で私たちにできる最もシンプルな健康対策は、「座る時間を減らし、もっと動くこと」だと考えられます。
オックスフォード大学のこの研究が示したように、日々の歩数を少しでも増やすことが、将来的ながんリスクを下げる鍵となる可能性があります。
まとめ
・1日7,000〜9,000歩のウォーキングで、がんのリスクが最大16%低下することが示された
・歩くスピードよりも総歩数が重要で、軽い運動でもリスク低下が見込める
・がん予防のために日常生活に「歩く習慣」を取り入れることが勧められる
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