【前回記事】
感情の出方は人種を超えても同じか
かつてオランダの動物園で接したオランウータンのジェニー。
この未知の類人猿が見せた“表情”は、ダーウィンが人間の心理とは何かの謎に迫るきっかけとなりました。
『人間の由来』を著した翌年、彼は『人間と動物における感情の表出(THE EXPRESSION OF THE EMOTIONS IN MAN AND ANIMALS)』を執筆しました。
この著作は人間のと動物の表情に注目した内容です。
人間においては、自信があるときには胸を張り、落ち込んでいるときにはうつむく……、動物においては、怒りの表情にあるときは毛が逆立ち、尻尾を硬直させるなどボディーランゲージなども取り扱っています。
進化の観点から心理的な変化を読み取り、そういった感情はサルやヒトに共通する不変の法則であることを探った書でもあります。
彼は検証のために、ヨーロッパの白人とその他の人種における表情や仕草について世界各地にアンケートを実施しました。
Q1.驚いたときには目や口を大きく開け、眉が上がるか
Q2.恥ずかしいときには顔が赤くなるか、また体のどの部分まで影響するか
Q3.怒るときには眉をしかめ、体をおこして拳を握るか
……
このような喜怒哀楽に関する16の質問に対して、各地のイギリスの宣教師たちから36件の回答がありました。
観察の対象となったのは、オーストラリアのアボリジニらニュージーランドのマオリ族やインドのボルネオの未開人など先住民が中心でした。
ここでダーウィンが重要視したのは、白人と関わったことがない人種の者たちでした。
白人の影響がない者たちも、表情や仕草が同じかどうかを確かめたかったのです。
彼がたどりついた結果はもちろん、どの人種も同様に表情や仕草が遺伝しているというものでした。
表情から感情を読み取る
人の心の動きについてさらに深掘りしていったダーウィンは、当時発明されたばかりの写真技法(ヘリオグラフィ)を利用したある実験を行いました。
それは泣いている赤ん坊の顔を写真に収め、その表情から空腹や苦痛、不快感などの感情を読み取るというものです。
この表情から感情を読み取る実験は、現在の心理学においても使用されている手法です。
彼が、フランスの神経学者ディシェンヌ・ド・ブローニュ協力のもとで行った有名な実験があります。
それは、“自然な笑顔と、顔の筋肉に電流を流して無理やり作った笑顔を読み取る”という実験です。
ダーウィンは、同一人物の二種類の異なる笑顔を、イギリスの老若男女に見せました。
すると、24人のうち21人が不自然な笑顔を見分けられたことが分かりました。
作り笑い写真は「笑おうとはしている」、「気持ちの悪い笑顔」などという反応が寄せられました。
ディシェンヌの被写体はヨーロッパの白人が中心でしたが、表情を判断する者はオセアニアの先住民などを含む様々な人を対象に行われました。
その結果、“表情や感情は人種や文化に関わらず普遍のものである”というダーウィンの予想と一致することが分かり、現在の心理学の基礎となっています。
人間の行動の三原則
ダーウィンは人間と動物における感情の表出にて、人間の行動には三つの原則があると主張しました。
①快・不快の原則
一つ目は、欲望を求めたりや不快感から逃れようとする原則です。
ある欲望を満足させたり、ある感覚を和らげたりするのに役に立つ行動は繰り返されると述べています。
また、その欲望や感覚が非常に弱い程度であっても、それらが実行されるほど習慣的になるということもあり、行動心理学の基本とも言える原則を発見しています。
②反対の原則
二つ目は、反対(アンチテーゼ)の原則です。
これは、下位の動物(犬など)を対象とした研究から見出された原則で、怒りや警戒心に際して神経の力が働き、それが行動に影響するとしています。
例えば、犬が遠くにいる見知らぬ人を見て、警戒したとします。
犬の毛は逆立ち、唸り声をあげ、歯はむき出しになり、尻尾が硬直し、いつでも飛びかかる準備をします。
しかし、警戒していた相手が主人だということが分かると、毛は即座に滑らかになり、口角は下がり、尻尾は左右にに振られ、体は下に沈んだりしゃがんだり屈曲した動きをします。
ダーウィンは「この愛情表現とも言える行動は、ひとつでさえ動物として役に立たない」と考えました。
警戒し臨戦態勢が整っているにもかかわらず、次の瞬間には敵意とは全く逆のスイッチが入る……。
これは、神経による何らかの影響だと分析したようです。
③神経の構造による動作の原則
三つ目は、神経が身体に作用するという原則です。
興奮した神経系が身体に直接作用することで、意志や習慣とは無関係に衝動的な行動をとってしまう状態について述べています。
ダーウィンの経験によると、脳脊髄系が興奮するたびに神経に力が生まれ、解放されていると言います。
この神経による力は、神経細胞間、そして身体のさまざまな部分と接続される線によって必然的に決定されるとしています。
「激怒した人の必死で無意味と思われる行動は、部分的には神経力の無指向な流れに起因する可能性があり、一部は習慣の影響に起因する可能性がある」と述べており、怒りっぽいは些細なきっかけで感情が爆発し、冷静な人は同じきっかけでも判断ができる思考力があると解釈できます。
そして、こういった行動は、間接的に呼吸器系と循環器系に影響を与えることも分析されています。
しかし、現段階では分からないことが多いことも告白しています。
例えば、極度の恐怖や悲しみによる髪の色の変化、恐怖による冷汗と筋肉の震え、腸管の分泌物、および特定の腺の作用の不具合などです。
彼は最後に、「我々の現在の主題にはまだ多くのことが理解できていないが、非常に多くの表現運動と行動が上記の3つの原則を通じてある程度説明できる。今後はこれらすべてまたは密接に類似した原則によって説明されることが期待される。」と残しています。
これは確かに、快、不快による習慣づけや無意識による行動、精神医学から神経伝達による心身への影響など、現代心理学のあらゆる点に通じる考え方でもあります。
現代の表情心理学の第一人者であるポール・エクマンは、ダーウィンの「人間と動物における感情の表出」こそ心理学の始まりだと述べています。
ダーウィンらから始まった心理学についても【記事まとめ】歴史を変えた心理学(全29回)にてまとめています。
それぞれの目次が要約となっているので、気になる記事があればぜひ覗いて見てください。
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