ホテルに閉じ込めてインフルエンザを「意図的に感染させようとした」実験

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インフルエンザは、毎年世界中で流行を繰り返し、多くの人々の健康や社会活動に大きな影響を及ぼしてきた感染症です。

 

一般には「同じ空間にいれば簡単にうつる」「近くに感染者がいれば避けられない」と考えられがちですが、こうした常識に疑問を投げかける研究結果が報告されました。

 

アメリカの研究チームは、インフルエンザに感染している人と未感染の人を同じ部屋に長時間閉じ込め、ウイルスが広がりやすい環境を意図的に作り出す実験を行いました。

 

しかし、その結果は従来の考え方とは全く別のものでした。

  

今回は、そんな感染の研究の意外な結果についてです。

  

以下に研究の内容をまとめます。

 

参考記事)

Scientists Tried to Spread The Flu, Only to Discover Something Unexpected(2026/01/23)

参考研究)

Evaluating modes of influenza transmission (EMIT-2): Insights from lack of transmission in a controlled transmission trial with naturally infected donors(2026/01/07)

 

 

実験の目的は「インフルエンザは本当にどうやって広がるのか」を確かめること

 

この研究を主導したのは、アメリカのメリーランド大学の研究チームです。

 

研究の狙いは非常にシンプルで、「インフルエンザは、現実の生活空間において、どのような条件で人から人へと感染するのか」というものでした。

 

インフルエンザウイルスは、感染者の咳やくしゃみ、さらには通常の呼吸によって放出される微細な飛沫、いわゆるエアロゾルを通じて広がることが知られています。

 

また、ドアノブやスマートフォンなど、ウイルスが付着した物体に触れることで感染する接触感染も起こり得るとされています。

  

しかし、実際の生活環境で、どの要因が感染拡大に最も強く影響するのかについては、必ずしも明確ではありませんでした。

 

そこで研究チームは、実験室内で人工的に感染させる従来の方法ではなく、自然にインフルエンザに感染した人を対象にした「現実に近い実験」を行うことにしました。

 

 

ホテルの一室で行われた、極めて特殊な感染実験

   

研究では、参加者を「ドナー」と「レシピエント」に分けました。

  

ドナーはすでにインフルエンザに感染している人、レシピエントは未感染の健康な人です。

 

彼らは数日間、ホテルの一室に閉じ込められました。

 

部屋の温度は22〜25度、湿度は20〜45%に保たれ、これはインフルエンザの感染に有利と考えられている環境条件です。

 

さらに、窓やドア、換気に関わる空気の通り道は意図的に塞がれ、換気の悪い、空気が滞留しやすい状況が作られました。

 

実験は2つのパターンで行われました。

 

一つは、感染者1人と未感染者8人が同じ部屋で過ごすケース、もう一つは、感染者4人と未感染者3人が同室するケースです。

 

ドナーの年齢は20〜22歳、レシピエントは25〜45歳でした。

  

参加者たちは、カードゲームを至近距離で行い、ダンスやヨガなどの軽い運動にも参加しました。

 

マーカーやマイク、タブレット端末といった物品も頻繁に共有され、日常生活以上に濃厚な接触が意図的に作られていたといえます。

 

 

それでも「誰一人として感染しなかった」という衝撃的な結果

研究チームは、ドナーの呼気、唾液、口腔内のぬぐい液を採取し、ウイルス量を測定しました。

 

また、室内の空気や共有物品についても、ウイルス粒子の存在を調べています。

 

参加者自身も、咳、くしゃみ、頭痛などの症状を詳細に記録しました。

 

その結果、ドナーの複数人からは、確かにインフルエンザウイルスが検出されました。つまり、感染は実在していたのです。

 

しかし驚くべきことに、レシピエントの誰一人としてインフルエンザに感染しませんでした

 

一部の参加者が軽い頭痛を訴えたものの、検査結果からはインフルエンザ感染を示す明確な証拠は見つかりませんでした。

  

  

なぜ感染が広がらなかったのか、研究者が挙げた3つの理由

研究チームは、感染が成立しなかった理由として、主に次の3点を挙げています。

 

第一に、ドナーから放出されるウイルス量が少なかった可能性です。

 

インフルエンザの感染拡大には、咳やくしゃみが重要な役割を果たしますが、今回の実験では、ドナーに強い症状がほとんど見られず、激しい咳やくしゃみも少なかったと報告されています。

 

その結果、空気中に放出されるウイルス量が限定的だった可能性があります。

 

第二に、レシピエント側にある程度の免疫が存在していた可能性です。

 

参加者は全員成人であり、これまでに何度もインフルエンザの流行を経験してきました。

 

また、過去にワクチン接種を受けた人も多く、当該シーズンに接種していた人も含まれていました。

 

こうした背景免疫が、感染を防いだ可能性が指摘されています。

 

第三に、室内の空気の循環の仕方です。

 

換気は制限されていたものの、ファンによる空気の再循環が強く、ウイルスを含む空気の「塊」が一箇所に滞留せず、拡散・希釈された可能性があります。

 

この点については、完全に検証されたとは言えず、解釈には一定の注意が必要です。

   

   

この研究が示す、インフルエンザ感染の「複雑さ」

  

この研究は、インフルエンザが簡単にうつらないことを示しているわけではありません。

 

実際、インフルエンザは毎年、世界で数百万から数十億人規模の感染者を出しており、エアロゾル感染が重要であるという科学的証拠も確立されています。

 

一方で、この研究は、「同じ部屋にいる=必ず感染する」という単純な図式が成り立たないことを示しています。

 

ウイルスを大量に放出する人、いわゆるスーパースプレッダーの存在、症状の有無、周囲の人の免疫状態、室内の空気の流れなど、複数の要因が重なったときに初めて感染が成立する可能性が高いと考えられます。

 

なお、この研究では子どもが含まれていません。

 

インフルエンザの流行を牽引する存在として子どもが重要であるという指摘も多く、この点は本研究の限界として明確にしておく必要があります。

  

  

私たちが日常生活で取るべき行動とは

研究者たちは、咳やくしゃみといった症状がある場合には、可能な限り人との接触を避け、適切にフィットしたマスクを着用することが重要だと述べています。

 

また、換気の悪い狭い空間では、空気循環の改善が感染予防に不可欠であることも改めて示唆されました。

 

本研究の結果は、インフルエンザ対策が不要であることを意味するものではなく、むしろ、状況に応じた対策の重要性を浮き彫りにしたものだといえるでしょう。

  

 

まとめ

・インフルエンザ感染者と長時間密接に過ごしても、必ずしも感染が成立するわけではないことが示された

・感染の成立には、ウイルス放出量、免疫状態、室内の空気循環など、複数の条件が関与する可能性がある

・本研究は成人のみを対象としており、子どもを含む場合の感染リスクについては不明確な点が残されている

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