ゾウの腸とコーヒーの秘密──ブラック・アイボリー・コーヒー

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世界でもっとも高価で、そしてもっとも不思議なコーヒーの一つとして知られる「ブラック・アイボリー・コーヒー(Black Ivory coffee)」。

 

その驚くほどまろやかで、チョコレートのような風味によって、コーヒー愛好家の間で特別な存在となっています。

 

この独特な味わいの正体は、焙煎技術や豆の品種だけでは説明できない「何か」が関与していると考えられてきました。

   

そして今回、その「何か」が、アジアゾウ(Elephas maximus)の消化管の奥深くに存在する腸内細菌叢(腸内マイクロバイオーム)である可能性を示す研究結果が報告されました。

   

以下に研究の内容をまとめます。

 

参考記事)

The Secret to Amazing Coffee May Lie Deep Inside Elephants(2026/01/21)

 

参考研究)

Preliminary study of gut microbiome influence on Black Ivory Coffee fermentation in Asian elephants(2025/11/18)

 

 

世界一高価な「排泄物由来コーヒー」

 

ブラック・アイボリー・コーヒーは、タイにある一つのゾウ保護施設でのみ生産されている極めて希少なコーヒーです。

 

ここでは一部のゾウに対し、未加工のコーヒーチェリーを含む特別な餌が与えられます。

 

ゾウがそれを消化した後、糞の中から回収されたコーヒー豆が丁寧に洗浄・乾燥され、焙煎を経て商品化されます。

 

この製法は、ジャコウネコの消化管を利用した「コピ・ルアク(kopi luwak)」と似ていますが、ブラック・アイボリー・コーヒーはそれをはるかに上回る価格と評価を得ています。

 

とりわけ注目されているのが、苦味が非常に少なく、舌触りが滑らかで、甘みすら感じられる点です。

 

 

先行研究が示した「腸内細菌とコーヒー香気」の関係

研究を主導したのは、東京科学大学に所属するゲノミクス研究者の山田 拓司氏らの研究グループです。

 

研究グループは、過去の研究において、ジャコウネコの腸内に存在する Gluconobacter 属の細菌が、コーヒー豆の成分を代謝し、香気成分の形成に寄与している可能性を示していました。

 

この知見から研究者たちは、ゾウの腸内マイクロバイオームも、Black Ivory coffee の風味形成に同様の影響を与えているのではないか」と予想したようです。

  

    

コーヒー豆ではなく「ゾウの糞」を調べるという発想

今回の研究で特徴的なのは、コーヒー豆そのものではなく、ゾウの糞を直接解析対象とした点です。

 

研究チームは、同一の保護施設に暮らす6頭のゾウから糞サンプルを採取しました。

• コーヒーチェリーを含む餌を食べたゾウ:3頭

• コーヒーチェリーを食べていないゾウ(対照群):3頭 

 

両者の通常の食事内容はほぼ同じであり、違いは「バナナ、コーヒーチェリー、米ぬか」を含む追加の間食のみでした。

  

したがって、腸内細菌叢に差が見られた場合、その主な要因はコーヒーチェリー摂取にあると考えられます。

 

 

コーヒーの苦味を生む「ペクチン」と「セルロース」

 

コーヒーの苦味の一因として知られているのが、植物細胞壁に含まれる ペクチン や セルロースです。

 

これらの成分は焙煎過程で分解され、苦味を持つ化合物へと変化します。

 

研究チームが糞サンプルのDNAを解析したところ、コーヒーチェリーを食べたゾウの腸内には、ペクチンやセルロースを分解する能力を持つ細菌が著しく多いことが判明しました。

 

さらに重要な点として、それらの細菌の一部は対照群のゾウではまったく検出されなかったのです。

  

 

ゾウだけが持つ「完全な分解ツールキット」

Preliminary study of gut microbiome influence on Black Ivory Coffee fermentation in Asian elephantsより

  

研究者たちは、既存のデータを用いて、ゾウの腸内細菌叢をウシ、ブタ、ニワトリと比較しました。

 

その結果、他の家畜にも一部の関連細菌は存在していたものの、ペクチンとセルロースの両方を十分に分解できる“完全な機能セット”を持っていたのはゾウだけであることが分かりました。

 

この点は、ブラック・アイボリー・コーヒーが他の動物由来コーヒーと一線を画す理由を説明する重要な手がかりとなります。

 

  

苦味成分「2-furfuryl furan」が少ない理由

2018年の別の研究では、ブラック・アイボリー・コーヒーには、通常のコーヒー豆に比べて2-furfuryl furanという苦味化合物が著しく少ないことが報告されています。

 

この物質は、ペクチンが焙煎中に分解されることで生成される成分です。

 

今回の腸内細菌解析の結果は、ゾウの消化過程においてペクチンやセルロースが部分的に分解・除去されることで、焙煎時に生成される苦味成分が減少するという仮説を強く支持するものです。

  

一方で、研究者自身も慎重な姿勢を崩していません。

 

今回の研究は、腸内マイクロバイオームの構成と機能から推測した間接的な証拠にもとづいています。

 

研究者も、「この仮説を検証するには、消化前後のコーヒー豆成分を直接比較する生化学的分析が必要」としています。

   

つまり、豆そのものを通過前後で分析する研究は、今後の課題ということです。

  

それでも今回の研究は、発酵や焙煎とは異なる、新たな風味形成メカニズムを提示した点で非常に意義深いものです。

  

人間の食文化において、腸内細菌が「味」を左右するという視点は、今後の食品科学や発酵技術にも大きな影響を与える可能性があります。

 

 

まとめ

・Black Ivory coffee のまろやかな風味には、ゾウの腸内細菌によるペクチン・セルロース分解が関与している可能性がある

・コーヒーチェリーを食べたゾウの腸内では、苦味成分の前駆物質を分解する細菌が顕著に増加していた

・ただし、豆そのものの成分変化を直接検証した研究はまだなく、結論は今後の追加実験を待つ必要がある

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