高脂肪食は単に体重を増やすだけでなく、肝臓の細胞そのものを長期的に作り変え、がん発症の下地を静かに整えてしまう可能性があることが、マサチューセッツ工科大学(MIT)を中心とする研究チームによって示されました。
脂肪に繰り返しさらされた肝細胞は、生き延びるために性質を変えますが、その適応こそが、後にがん化しやすい状態を作り出すというのです。
以下に研究の内容をまとめます。
参考記事)
・MIT study shows high-fat diets give liver cancer a dangerous head start(2025/12/31)
参考研究)
・Hepatic adaptation to chronic metabolic stress primes tumorigenesis(2025/12/22)
高脂肪食が肝細胞をがん化しやすくさせる

この研究で注目されたのは、肝臓の主役である成熟肝細胞(hepatocytes)が、その成熟状態を失っていく現象です。
研究チームは、肝臓が長期間にわたって高脂肪食にさらされると、これらの成熟肝細胞が本来の専門的な機能を維持できなくなり、より未分化で幹細胞に近い状態へと変化することを突き止めました。
この変化は、一見すると細胞にとって有利に働きます。
脂肪の過剰蓄積や炎症といった強いストレス環境において、未熟な状態の細胞は生存能力が高く、死ににくいからです。
しかしその代償として、がん化しやすい土壌が形成されることになります。
MITの生命医学研究所(IMES)所長であり、研究著者の一人であるAlex K. Shalek氏は次のように述べています。
「細胞が高脂肪食のようなストレスに何度も直面すると、生き延びるための行動を取る。しかしそれは、腫瘍形成に対する感受性が高まるというリスクを伴う」
肝臓で進行する「生存優先」の遺伝子プログラム

高脂肪食は、脂肪肝(steatotic liver disease)と呼ばれる状態を引き起こします。
これは肝臓に脂肪が過剰に蓄積し、炎症が慢性化する病態であり、重度になると肝硬変、肝不全、さらには肝がんへと進行することがあります。
過度の飲酒なども同様の代謝ストレスとして知られています。
研究チームは、この過程で肝細胞の中でどの遺伝子がオン・オフに切り替わるのかを分子レベルで明らかにするため、マウスに高脂肪食を与え、single-cell RNAシーケンスという手法を用いて肝細胞一つひとつの遺伝子発現を解析しました。
その結果、比較的早い段階から、細胞死を回避し、増殖を維持するための遺伝子群が活性化することが分かりました。
一方で、肝臓本来の役割である代謝機能やタンパク質分泌に関わる遺伝子は、徐々に抑制されていきました。
MITの大学院生で研究著者の一人であるConstantine Tzouanas氏は、この状態を次のように表現しています。
「これは、個々の細胞が過酷な環境で生き残ることを優先し、組織全体として本来果たすべき役割を犠牲にしているように見える」
未熟な肝細胞ががんを加速させる理由
研究によって明らかになった重要な点は、未熟な状態にある肝細胞は、後から遺伝子変異が起きた際に、がん化しやすいという事実です。
成熟した肝細胞は通常、増殖能力が抑えられていますが、未熟化した細胞はすでに増殖に必要ながん関連遺伝子の多くを活性化しています。
Tzouanas氏は次のように説明しています。
「これらの細胞は、がんになるために必要な遺伝子をすでにオンにしている。成熟した細胞としての性質を失っているため、増殖を抑えるブレーキが効きにくい。そこに不適切な変異が加われば、一気にがんへと進行する」
実際、研究終了時点では、高脂肪食を与えられたマウスのほぼすべてが肝がんを発症していました。
ただし、この発症スピードはマウス特有のものであり、人間ではもっと長い時間がかかると考えられています。
がん化を制御する遺伝子と治療への可能性
研究チームは、肝細胞の未熟化を制御する複数の転写因子を特定しました。
これらは将来的に、肝がん予防を目的とした薬剤の標的となる可能性があります。
興味深いことに、この研究で注目された遺伝子の一つである甲状腺ホルモン受容体を標的とした薬は、すでにMASH線維化という重度の脂肪性肝疾患の治療薬として承認されています。
また、別の遺伝子HMGCS2を活性化する薬剤も、現在臨床試験段階にあります。
さらに、胎児期に主に働く転写因子であるSOX4が、成人の肝細胞で異常に活性化している点も明らかになりました。
SOX4は通常、肝臓ではほとんど発現しないため、その活性化は病的変化を示す重要なサインと考えられます。
ヒトの肝疾患でも確認された同様の変化

研究チームは、マウスで得られた結果が人間にも当てはまるかどうかを検証するため、さまざまな病期の肝疾患患者の肝組織サンプルを解析しました。
その中には、まだ肝がんを発症していない患者も含まれていました。
解析の結果、肝臓本来の機能に関わる遺伝子が低下し、未熟な細胞状態に関連する遺伝子が増加するという傾向が、人間でも確認されました。
さらに、これらの遺伝子発現パターンは、がん発症後の生存期間の予測にも関連していました。
Tzouanas氏によれば、生存優先型の遺伝子発現が強い患者ほど、がん発症後の生存期間が短い傾向が見られたといいます。
ただし、人間の場合、このプロセスはマウスの約1年に相当する短期間ではなく、約20年程度かかる可能性があるという推定にとどまっています。
この点は、食事内容、飲酒、ウイルス感染など多くの要因に左右されるため、正確な時間軸は現時点では断定できません。
食事によるダメージは元に戻せるのか
研究チームは現在、高脂肪食によって引き起こされた肝細胞の変化が可逆的かどうかを調べる次の段階の研究を計画しています。
具体的には、食事改善やGLP-1作動薬などの体重減少治療薬によって、肝細胞が元の成熟した状態を取り戻せるかどうかを検証する予定です。
また、今回特定された転写因子が、がんへの進行を防ぐ治療標的として有効かどうかについても、さらなる研究が進められます。
本研究は、主にマウスモデルを用いた実験に基づいています。
そのため、人間における高脂肪食と肝がんとの因果関係は説明できていません。
また、遺伝的要因や生活習慣の違いによって、個人差が大きい点にも注意が必要です。
まとめ
・高脂肪食は肝細胞を未熟な生存優先状態へと変化させ、がんの下地を作る可能性が示された
・この変化はマウスだけでなく、人間の肝疾患でも類似の遺伝子パターンとして確認されている
・ただし人間での因果関係や進行速度には不確実性があり、今後の研究が必要


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