私たちが日常的に口にしている加工食品には、食感をなめらかにし、品質を安定させ、保存期間を延ばすために、さまざまな食品添加物が用いられています。
その中でも乳製品、焼き菓子、アイスクリーム、さらには一部の粉ミルクにまで広く使われている「乳化剤」は、これまで比較的安全な成分と考えられてきました。
しかし近年、腸内環境と健康との深い関係が明らかになるにつれ、こうした添加物が長期的に人体へ及ぼす影響について、改めて注目が集まっています。
今回紹介する研究は、母親が摂取した乳化剤が、子どもの腸内細菌叢と免疫系の発達に影響を与え、将来の病気リスクを高める可能性を示したものです。
以下に研究の内容をまとめます。
参考記事)
・This common food ingredient may shape a child’s health for life(2025/12/29)
参考研究)
研究の背景:乳化剤と腸内細菌叢の関係

乳化剤は、水と油のように本来混ざり合わない成分を均一に保つために使用される添加物です。
食品業界では極めて一般的であり、カルボキシメチルセルロース(E466)やポリソルベート80(E433)はその代表例です。
これらは加工食品だけでなく、一部の粉ミルクにも含まれています。
一方、腸内には数兆個もの微生物が生息し、免疫系の成熟や代謝、炎症制御などに重要な役割を果たしていることが知られています。
特に生後早期は、腸内細菌叢が形成される極めて重要な時期であり、この時期の環境要因が、その後の健康状態に長期的な影響を及ぼす可能性が指摘されています。
しかし、母親が摂取した食品添加物が、子どもの腸内細菌叢にどのような影響を及ぼすのかについては、これまで十分に解明されていませんでした。
フランス国立保健医学研究機構およびパスツール研究所は、この疑問の分析に乗り出しました。
研究では、雌マウスに対して、妊娠の10週間前から妊娠期間、さらに授乳期に至るまで、2種類の乳化剤(E466とE433)を摂取させるという方法が取られました。
また、生まれた子マウス自身は、乳化剤を一切直接摂取させず、その子マウスの腸内細菌叢や免疫応答の変化を、生後早期から成体期に至るまで詳細に分析しました。
生後早期に起きた腸内細菌叢の変化
解析の結果、乳化剤を摂取した母親から生まれた子マウスでは、生後数週間という非常に早い段階で、腸内細菌叢に顕著な変化が生じていることが明らかになりました。
この時期は、母親から子へと腸内細菌が受け渡される重要な期間です。
母子の密接な接触を通じて、母親の腸内細菌の一部が子どもへと伝達され、免疫系が「自分にとって無害な細菌」を学習していきます。
しかし本研究では、乳化剤に曝露された母親の子どもでは、炎症を引き起こしやすい「鞭毛を持つ細菌」が増加していたことが確認されました。
これらの細菌は免疫系を強く刺激する性質を持っています。
腸と免疫系の対話が乱れるメカニズム
さらに研究チームは、腸内細菌が腸の上皮細胞に異常に近づく現象(バクテリアのエンクローチメント)が起きていることを観察しました。
通常、腸には「杯細胞(ゴブレット細胞)」を介した特殊な経路が存在し、微量の細菌成分が腸管上皮を通過して免疫系に提示されます。
これにより免疫系は、腸内細菌に対して過剰反応を起こさない「免疫寛容」を学習します。
ところが、乳化剤に曝露された母親の子マウスでは、この重要な経路が通常よりも早期に閉鎖されてしまうことが分かりました。
その結果、腸内細菌と免疫系の健全なコミュニケーションが阻害されてしまったのです。
これらは、本来的ではない細胞などを誤って攻撃してしまう恐れや、それに伴う炎症生サイトカインの放出など、慢性炎症が続くといった不具合が生じやすくなります。
この状態は、クローン病や潰瘍性大腸炎などの炎症性腸疾患のリスク増加、アレルギーやアトピー性皮膚炎にも関係します。
成体期に現れた長期的影響
この生後早期の異常は一過性のものではありませんでした。
子マウスが成体になると、前項に挙げたものを含め、以下の症状が現れました。
Maternal emulsifier consumption alters the offspring early-life microbiota and goblet cell function leading to long-lasting diseases susceptibilityより • 免疫系が過剰に反応しやすくなる
• 慢性的な炎症状態が持続する
• 炎症性腸疾患のリスクが大幅に上昇する
• 肥満になりやすくなる
特筆すべき点は、これらの影響が、子マウス自身が乳化剤を直接摂取しなくても生じているという事実です。
つまり、母親の食事内容が、子どもの将来の健康リスクを間接的に形作る可能性が示さcれたことになります。
ヒトへの影響と今後の課題
フランス国立保健医学研究機構の研究ディレクターであるBenoit Chassaing氏は、この研究について次のように述べています。
「我々は、食事が将来世代の健康にどのような影響を与えるのかを、より深く理解する必要がある。今回の結果は、特に腸内細菌叢が形成される重要な時期に摂取される粉ミルクなどに含まれる食品添加物の使用を、慎重に検討すべきであることを示している。」
研究チームは今後、母親から乳児への腸内細菌叢の伝達を、人を対象とした臨床研究で検証する計画を進めています。
母親の食事に食品添加物が含まれる場合と含まれない場合、さらに乳児が粉ミルクを通じて直接添加物に曝露される場合などを比較する予定です。
研究の限界と注意点
ただし、本研究はマウスを用いた動物実験であり、同じ影響がそのままヒトに当てはまるかどうかは、現時点では断定できません。
ヒトの腸内環境や免疫系は、生活環境や遺伝的背景など、より複雑な要因に影響を受けるためです。
そのため、本研究の結果は「可能性」を示すものであり、直ちに特定の食品や粉ミルクが危険であると結論づけることはできない点には注意が必要です。
ヒトにおいては、食事のコントロールや長期にわたる生活など、母子の一生に干渉する厳密な臨床試験が困難です。
だからと言って、「乳化剤が長期的に見ても安全である」と言える根拠となり得ないため、必要でないなら避けることが賢明だと考えられます。
まとめ
・母マウスが摂取した乳化剤が、子どもの腸内細菌叢と免疫系の発達に長期的影響を与える可能性が示された
・生後早期の腸内環境の乱れが、成体期の慢性炎症や肥満リスク増加につながった
・ヒトへの影響は未確定であり、今後の臨床研究による検証が不可欠



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