海辺で見かけるトゲだらけのウニは、一見するとただの丸い棘の塊のように思えるかもしれません。
しかし、この素朴な海の生き物が持つ体の仕組みは、私たちがこれまで想像していた以上に複雑であり、そして驚くほど高度な神経系を備えていることが新たな研究により明らかになりました。
最新の研究によると、ウニは「全身が脳」のような構造を持つ生物である可能性が高く、その遺伝的な配置は私たち脊椎動物と驚くほど共通点があるといいます。
この発見に至った研究は、イタリアの海洋研究機関 Stazione Zoologica Anton Dohrn(スタツィオーネ・ズーロジカ・アントン・ドールン) の発生生物学者 Periklis Paganos 氏を中心とする科学者チームによって行われました。研究チームは、ムラサキウニ(Paracentrotus lividus)が幼生から成体へと変態する過程を詳しく調べる中で、ウニの神経細胞がどのように構築され、どのような遺伝子プログラムにより制御されているのかを解明しました。
今回のテーマとして、以下に研究の内容をまとめます。
参考記事)
・Shock Discovery Reveals Sea Urchins Are Basically ‘All Brain’(2025/11/17)
参考研究)
・Single-nucleus profiling highlights the all-brain echinoderm nervous system(2025/11/05)
ウニの変態は動物界でも特異な劇的変化
ウニは幼生期と成体期でまったく異なる体の仕組みを持ちます。
幼生の段階では、二方向に対称な「左右相称(bilateral symmetry)」の体を持ち、自由に泳ぐプランクトンとして生活します。

ところが、成体へと変態すると、クラゲやヒトデに近い「放射相称(radial symmetry)」へと体の構造を大きく変えるのです。
研究チームが明らかにしたのは、この変態過程において神経系が劇的な再編成を起こし、最終的に全身へと複雑に張り巡らされた神経ネットワークが形成されるという点でした。
幼生から若い成体へと移行する段階で、ウニの体内では膨大な種類の神経細胞が生成され、それらが全身に統合されたシステムとして配置されます。
重要な点として、これらの神経は脳から伸びてきたものではありません。
むしろ、ウニは体全体そのものが脳のように機能する「全身脳(all-body brain)」の状態にあると研究者たちは指摘します。
細胞アトラスが示した「脳なき脳」の全貌

研究チームは、変態を終えて若い成体となったウニの体内で、どの細胞がどの遺伝子を発現しているかを詳細に調べ、細胞アトラスを作成しました。
その結果、幼生期と成体期で遺伝子の使い方が大きく変化していることが明らかになりました。
とくに神経細胞は、幼生期とはまったく異なる発達経路をたどり、多様で高度な神経細胞の集合体を形成していることがわかりました。

研究者たちが確認した神経物質には、ドーパミン、セロトニン、GABA、グルタミン酸、ヒスタミン、さらには多種の神経ペプチドなど、脊椎動物の脳にみられるものと共通の分子が数多く含まれてました。
この事実は、ウニの神経系が単純な神経網にすぎないという従来の理解を根底から覆すものです。
研究者らによれば、細胞アトラスに含まれていた細胞クラスターのうち過半数が神経細胞で構成されていたといいます。
つまり、ウニの体はどこをとっても高度な情報処理を行う神経細胞に満ちており、まさに全身が複雑な脳のように働いていると表現できます。
研究者が語る「脳の進化を考え直す必要性」
研究チームは、ウニの神経系を「脳がない(no-brain)」のではなく、むしろ「全身が脳(all-brain)」という状態であると表現しています。
この点について、ベルリンのベルリン自然史博物館に所属する進化生物学者 Jack Ullrich-Lüter 氏は次のように述べています。
「従来のような中枢神経系を持たない生物であっても、脳に類似する高度に組織化された神経構造を発達させることができるという事実は、複雑な神経系の進化についての考え方を根本的に変えるものである」
この発言が示すように、今回の成果は動物界全体における神経系の進化を捉え直す重要な手がかりとなる可能性があります。
脊椎動物の脳がどのように発達し、どのようにして情報処理を複雑化していったのかを推測する上で、ウニのように中央集権的な脳を持たない生物が複雑な神経系を築くプロセスはきわめて貴重なモデルとなるためです。
ウニは「体全体が頭」だった?

研究の内容をさらに突き詰めると、ウニは私たち脊椎動物とはまったく異なる進化の道を歩みながら、結果的に似たような神経構造を形成したとも解釈できます。
研究者たちが明らかにしたように、若い成体期のウニは体表から内部に至るまで複雑な神経細胞に覆われており、体全体が脊椎動物の頭部(head-like body plan)に相当するという描写すら行われています。
つまり、ウニには脳がないのではなく、「脳を一極集中させる」という発想そのものが進化の過程で採用されなかっただけであり、代わりに高度な処理能力を体全体に分散させたネットワーク型の脳を発達させたと考えることができるのです。
今回の研究が示す新たな視点
この新発見は、動物の神経系が「脳を中心とする構造に必ず収束する」という先入観に挑戦するものです。
むしろ、脳のような複雑な構造は中央集権的な形でも、分散型のネットワークとしても成立し得ることを示し、生命の多様性がいかに多彩であるかを再認識させてくれます。
今回の研究成果は Science Advances に掲載されており、今後さらに多くの研究によりウニの神経系がどのように機能し、どのように進化してきたのかが詳細に明らかになることが期待されています。
まとめ
・ウニは中央集権的な脳を持たない一方で、体全体に高度な神経細胞が張り巡らされた「全身脳」の構造を持つことが判明した
・若い成体期のウニでは、神経細胞が極めて多様であり、脊椎動物の脳と共通する分子を数多く発現している
・この発見は、複雑な神経系の進化について従来の理解を見直す必要性を示す重要な成果である


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