音楽を聴くことは認知症リスクを約4割も減らす可能性がある

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年齢を重ねても音楽を聴き続けることが、認知症の発症リスクを約40%も低下させる可能性がある――そんな注目すべき研究結果が発表されました。

  

この研究は、オーストラリアのモナッシュ大学の公衆衛生研究者であるEmma Jaffa氏を中心とした研究チームによって行われたものです。

 

研究チームは、70歳以上の高齢者を対象に、音楽との関わり方がどのように認知機能や認知症リスクに影響するのかを長期間にわたって分析しました。

 

その結果、音楽を積極的に聴く高齢者は、まったく聴かない人に比べて認知症を発症する確率が大幅に低いことが明らかになりました。

 

以下に研究の内容をまとめます。

 

参考記事)

Listening to Music Has a Surprising Impact on Dementia Risk, Study Shows(2025/11/10)

 

参考研究)

What Is the Association Between Music-Related Leisure Activities and Dementia Risk? A Cohort Study(2025/11/10)

 

 

約1万人を対象にした大規模調査 

 

この研究では、10,893人のオーストラリア人高齢者(70歳以上)を対象に、音楽の聴取習慣や楽器演奏の有無、さらに認知機能の変化を調査しました。

   

被験者はいずれも調査開始時点で認知症の診断を受けておらず、退職者が集まるコミュニティで生活していました。

 

研究チームは、参加者に対して「どのくらい音楽を聴くか」「楽器を演奏するかどうか」などを質問し、さらに少なくとも3年間にわたる追跡調査を行いました。

 

 

「いつも音楽を聴く」人は認知症リスクが39%低下 

最も注目すべき結果は、音楽を日常的に楽しむ人々の認知症リスクが39%も低かったという点です。

  

研究では、「常に音楽を聴く」と回答した人々は、「まったく聴かない」「めったに聴かない」「ときどき聴く」などと答えた人々に比べ、認知症を発症するリスクが39%低下していました。

 

さらに、彼らは軽度認知障害を発症するリスクも17%低下しており、認知機能全般やエピソード記憶(過去の出来事を思い出す能力)のテストでも高い成績を示しました。

 

この結果から、音楽を聴く行為そのものが脳の働きを活性化させ、日常の記憶や思考を支える神経回路を維持する可能性が示唆されています。

 

 

楽器演奏がもたらす効果とその限界

 

また、音楽を「聴く」だけでなく「演奏する」ことも一定の効果を持つことがわかりました。

 

楽器を定期的に演奏している人は、そうでない人に比べて認知症の発症リスクが35%低いという結果が得られました。

 

ただし、興味深いことに、この効果は他の研究結果と一部異なっており、軽度認知障害など他の認知機能障害に対しては有意な改善が見られなかったとされています。

  

つまり、楽器演奏が直接的に記憶力や思考力を改善するとは限らず、その効果は認知症予防に限定的である可能性もあるということです。

 

 

「聴く」と「演奏する」を組み合わせるとさらに効果的

さらに興味深いのは、音楽を聴くことと演奏することを両方行っている人々において、相乗的な効果が見られた点です。

 

両方の音楽活動をしていた人々は、認知症リスクが33%低下し、他の認知障害のリスクも22%低下していました。

  

このことから、音楽に「受動的」と「能動的」に関わる両方のアプローチが、脳の広範なネットワークを刺激し、より強い保護効果を生み出している可能性が考えられます。

 

 

学歴と音楽の効果の関係

 

研究チームはまた、教育レベルが音楽の効果に影響していることも発見しました。

 

論文の中で著者たちは次のように述べています。

 

音楽への関与による恩恵は、高等教育(16年以上の学習)を受けた人々で最も強く見られましたが、12〜15年の教育を受けた中間層では一貫した結果は得られませんでした。

 

このことは、学歴が高い人ほど音楽活動の恩恵を受けやすい可能性を示しています。

 

教育を通じて形成される認知的な柔軟性や、自己管理能力、生活習慣などが、音楽の認知保護効果を高めているのかもしれません。

 

ただし、研究チームも明言しているように、これはあくまで相関関係であり、因果関係を証明するものではないとされています。

 

 

「音楽は脳全体を活性化させる」──研究者のコメント

この研究を主導したEmma Jaffa氏は、次のようにコメントしています。

 

音楽活動は、高齢者が認知機能を維持するための、誰にでもアクセス可能な戦略となり得る。しかし、今回の研究では因果関係を直接的に証明することはできない。

 

また、同じくモナッシュ大学の神経精神疫学者であり、論文の上級著者であるJoanne Ryan氏は、ラジオインタビューの中で次のように説明しています。

 

音楽を聴くことは、脳内の非常に広範な領域を活性化させる。そのため、脳が多様な刺激を受けることになり、結果として認知症のリスクを低減する助けになる。

 

つまり、音楽は単に「聴覚的な楽しみ」ではなく、脳全体を総合的に刺激する活動であると考えられています。

 

音楽がもたらす感情的反応、記憶の喚起、運動機能との連携などが総合的に作用することで、脳の神経回路を健康に保つ働きをしているのです。

 

 

聴覚と認知症の関連──音楽が持つ二重の意味

さらに重要な点として、聴力の低下自体が認知症の主要なリスク要因であることが、近年の研究で示されています。

 

音楽を聴く習慣を持つことは、聴覚の維持にも役立つ可能性があります。

 

過去の研究では、補聴器の使用が認知機能の低下を遅らせることが報告されており、音楽を通じて耳を使い続けることが、脳の認知的ネットワークを維持する一助となるかもしれません。

 

この点については因果関係が確立されていないものの、音楽を日常生活に取り入れることはリスクがほとんどなく、潜在的な利益が大きいといえます。

 

 

音楽が「脳の健康習慣」として注目される理由

 

これらの研究結果から、音楽は単なる趣味ではなく、脳を守る生活習慣のひとつとしての可能性が見えてきます。

 

近年では、リハビリや認知症予防の現場でも「音楽療法」が積極的に導入されており、特にリズムやメロディが脳の神経伝達を活性化させることが確認されています。

 

音楽を聴くことで得られる感情的な満足感や、リズムに合わせた身体的反応もまた、神経可塑性(neuroplasticity)を高め、脳の柔軟性を維持する効果があると考えられています。

 

  

今後の課題と展望

本研究は非常に大規模で信頼性の高いデータに基づいていますが、まだ因果関係の証明には至っていません

 

つまり、「音楽を聴くことが認知症を防ぐ」のではなく、「もともと認知機能が高い人が音楽を楽しむ傾向にある」可能性もあるのです。

 

今後は、実験的介入研究や脳画像解析を通じて、音楽活動がどのように脳の構造や機能に影響するのかを明らかにする必要があります。

 

それでも、日常の中で音楽を取り入れることが高齢者の生活の質を高めることは間違いありません。

  

  

まとめ

・音楽を日常的に聴く高齢者は、認知症発症リスクが約39%低いことがオーストラリアのモナッシュ大学の研究で判明した

・音楽の演奏も35%のリスク低下と関連しており、聴く+演奏する両方の活動がさらに強い保護効果を持つ可能性がある

・ただし、因果関係はまだ証明されていないため、今後の研究でさらなる検証が求められている

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