男性の脳は女性よりも早く萎縮する傾向がある

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人間の脳は加齢とともに自然と縮小していくことが知られていますが、新たな研究によると、男性の脳は女性よりも速いペースで萎縮していく可能性があることが明らかになりました。

 

これは単なる偶然ではなく、加齢に伴う生物学的変化に性差が存在することを示唆する重要な発見です。

 

今回のテーマとして、以下に研究の内容をまとめます。

 

参考記事)

Male Brains Shrink Faster Than Female Brains, Study Finds(2025/10/18)

 

参考研究)

Sex differences in healthy brain aging are unlikely to explain higher Alzheimer’s disease prevalence in women(2025/10/13)

 

 

加齢による脳の変化と性差の謎 

アルツハイマー病などの神経変性疾患では、脳の体積が著しく減少していることが知られています。

 

しかし、健康な状態で加齢する場合に、男女の脳がどのように変化していくのかについては、これまで十分に解明されていませんでした。

 

女性はアルツハイマー病を男性の約2倍の頻度で発症しますが、その理由は未だ明確ではありません。

 

もし女性の脳の方が急速に萎縮するのであれば、その発症率の高さも説明できたはずです。

 

ところが今回の研究では、女性の脳は男性よりも灰白質・白質の減少速度が遅いことが示唆されました。

 

本研究は、ノルウェー・オスロ大学の神経科学者であるAnne Ravndal氏を中心とした国際的な研究チームによって実施されれ、彼女は「もし女性の脳の萎縮がより大きいのであれば、女性にアルツハイマー病が多い理由を説明できたかもしれない」と述べています。

  

  

1万人以上のMRIデータを解析

研究チームは、17歳から95歳までの参加者のMRIスキャン12,000件以上を解析しました。

 

各参加者は少なくとも2回以上の脳スキャンを受けており、その間隔は平均で約3年間でした。対象者の総数は4,726人で、いずれも健康な認知機能を持つ人々でした。

 

解析の結果、性別による脳サイズの違いを統計的に補正した上でも、男性の方がより多くの脳領域で加齢に伴う体積減少を示すことが明らかになりました。

 

Sex differences in healthy brain aging are unlikely to explain higher Alzheimer’s disease prevalence in womenより

  

特に、記憶や感情、認知に関わる大脳皮質の多くの部位でこの傾向が観察されました。

 

一方、女性では萎縮する領域が少なく、皮質の厚さも比較的保たれていたことが確認されました。

 

この結果は、加齢に伴う脳の変化が単に年齢によるものではなく、性差に根ざした生物学的要因を含む可能性を示しています。

  

  

結果の解釈には慎重さが必要

研究チームは、この結果を断定的に解釈するのではなく、「慎重に受け止めるべきだ」と警告しています。

 

なぜなら、脳の体積変化が必ずしも機能の低下を意味するとは限らないからです。

 

脳の一部の縮小は、神経回路の効率化や老化の自然なプロセスとして起こることもあり得ます。

 

また、脳の形や構造の変化が認知機能や疾患リスクにどのように関わるかは、依然として十分に理解されていません。

 

特に興味深いのは、記憶と学習に関わる海馬において、男女間で体積変化の差が見られなかったという点です。

 

海馬は認知症の進行に深く関与する脳領域として知られていますが、この研究では、若年期から中年期にかけては男女差がほとんど確認されませんでした。

 

しかし、高齢期になると女性の海馬の萎縮速度がやや速まる傾向も見られました。

 

ただしこれは、女性の平均寿命が男性よりも長いことに起因する「見かけ上の遅延現象」である可能性も指摘されています。

 

つまり、女性の脳の老化は単に時間軸がずれて現れるだけであり、疾患リスクの高さを直接説明するものではないということです。

  

  

性差研究の遅れとその影響

 

神経科学の分野では長年にわたり、性差を考慮しない研究が主流となってきました。

 

2019年の統計によると、神経科学や精神医学の論文のうち、性差の影響を分析したものはわずか5%に過ぎませんでした。

 

このような偏りは、老化に伴う脳変化の理解を遅らせるだけでなく、特に女性の健康に深刻な影響を及ぼすと懸念されています。

 

Ravndal氏らの研究は、こうした偏りを是正しようとする取り組みの一環であり、男女の脳老化の進行速度や構造変化を正確に比較するための大規模データを初めて用いた試みのひとつといえます。

  

今回の研究では、全脳体積、皮質の厚さ、表面積、皮質下領域の体積など、複数の脳構造指標において性差が確認されました。

 

とはいえ、これらの構造変化が実際の認知機能や疾病リスクにどのように影響するかは、今後の研究に委ねられています。

 

脳の体積減少は一概に「悪い」とは限らず、神経の再編成や不要な接続の削減といった、効率化の過程で起こる可能性も指摘されています。

 

また、体積減少の「場所」が極めて重要であり、特定の領域の萎縮が疾患リスクや加齢の影響を左右する場合もあります。

 

Ravndal氏らは、脳の変化に関する理解を深めるためには、性別以外の遺伝的・環境的要因をも同時に考慮した長期追跡研究が不可欠であると強調しています。

 

実際、性別の影響を他の要因から厳密に切り分けることは非常に困難です。

 

社会的要素、生活習慣、ホルモンの違いなど、複合的な因子が脳の老化に関与している可能性があります。

 

 

今後の課題と展望 

今回の研究成果は、男女で脳の老化過程が異なることを示す有力な証拠ではありますが、それが認知症や神経変性疾患のリスク差にどのように結びつくのかはまだ明確ではありません。

 

今後は、脳構造の変化と実際の認知機能の変化を長期的に追跡し、どの要素が疾患発症に寄与するのかを突き止めることが求められます。

 

Ravndal氏らのチームは、男女差を踏まえた脳老化モデルの構築を進めており、性別を考慮した認知症予防や治療法の開発につながる可能性があります。

  

なお、この研究成果は科学誌「PNAS」にて確認できます。

  

  

まとめ

・男性の脳は女性よりも広範囲かつ速いペースで萎縮する傾向が見られた

・女性の皮質の厚さは比較的保たれており、萎縮する領域も少なかった

・脳老化研究における性差の理解はまだ初期段階であり、さらなる長期的・包括的研究が必要

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