音楽・外国語・ゲーム……いつまでも脳を若々しく保つ方法

科学
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加齢とともに、誰もが「記憶力が落ちてきた」「集中力が続かない」といった変化を感じるものです。

  

しかし、それは避けられない運命ではありません。

 

適切な習慣を生涯にわたって積み重ねることで、脳を鋭く保つことは十分に可能です。 

  

本記事では、カナダのユニバーシテ・デュ・ケベック・ア・トロワ=リヴィエールで神経心理学と老化過程を専門とするBenjamin Boller教授の研究を中心に、加齢による認知機能低下を防ぐための科学的アプローチを紹介します。

  

以下に研究の内容をまとめます。

  

参考記事)

An Expert Reveals How to Keep Your Brain Sharp as You Age(2025/10/18)

 

参考研究)

More flexible brain activation underlies cognitive reserve in older adults(2025/10/18)

 

 

認知予備力とは何か

  

Boller教授は、脳の健康を維持するうえで最も重要な鍵のひとつとして「認知予備力(Cognitive Reserve)」の概念を強調しています。

 

これは、加齢や神経変性疾患によるダメージに対しても、脳が機能低下を最小限に抑える能力を指します。

 

近年、この考え方は認知症予防の中心的な理論として広く認識されるようになりました。

 

世界的な医学誌『ランセット(The Lancet)』が2024年に改訂した報告書「Dementia prevention, intervention, and care」によると、認知症の45%は14の修正可能な要因を改善することで予防または遅延できるとされています。

  

その要因には、身体活動の不足、うつ病、社会的孤立などが含まれますが、特に早い段階で重要なのは「教育水準の低さ」です。

  

  

教育を超える認知予備力の構築

従来、教育年数は認知予備力を測る主要な指標とされてきました。

 

長期間にわたる知的刺激が、効率的な脳ネットワークの発達を促すからです。

 

しかし最近の研究では、この見方は限定的であるとされています。

 

認知予備力は生まれつき決まるものではなく、人生のどの段階でも構築・維持・強化が可能だと分かってきたのです。

 

その手段としては、学習、社会的交流、そして脳を刺激する余暇活動などが挙げられます。

 

具体的には、楽器演奏、チェスなどの戦略的ボードゲーム、または計画性や問題解決力を必要とするボランティア活動などが有効です。

 

こうした活動は、脳に複雑な課題を与えることで神経ネットワークを活性化し、老化に伴う認知機能の低下を防ぐ働きをします。

 

 

3つのモデルで理解する脳の柔軟性

科学的には、認知予備力を理解するためにいくつかのモデルが提案されています。

 

1. 脳予備力モデル(Brain Reserve Model)

脳の構造そのものに焦点を当て、神経細胞の数などが加齢への耐性を左右するという考え方です。

生まれつき神経細胞が多い人は、老化による影響に強い傾向があります。

 

2. 脳維持モデル(Brain Maintenance Model)

活動的な生活が生物学的な回復力を高め、脳の構造と機能を長期間保つという考えです。

実際、健康的な生活習慣は脳の老化を遅らせることが示されています。

 

3. 認知予備力モデル(Cognitive Reserve Model)

脳の機能的柔軟性に注目し、年齢による機能低下を補うために別の神経ネットワークを動員できる能力を指します。

 

これら3つのモデルは異なる視点を持ちながらも、互いに補完的であり、実証的データに支えられています。

 

特に、認知予備力モデルは教育水準や知的活動など修正可能な要因と密接に関係するため、予防戦略の中心的理論として最も多く研究されています。

 

 

認知予備力は生涯を通じて変化する

  

Boller教授の研究は、「認知予備力は固定的なものではなく、経験や学習によって変化・成長する」というダイナミックな観点を支持しています。

 

ケベックの研究チームが行った実験では、「場所法(method of loci)」や「心的イメージ化(mental visualization)」といった記憶戦略を体系的に学ぶことで、脳活動に顕著な変化が生じることが確認されました。

 

学習および想起の過程で、脳の複数領域において活動の増減が見られ、これは記憶戦略を使うことで脳がより柔軟に機能していることを示しています。

 

また、教育水準の高い被験者ほど、学習中および想起時により的確に脳の特定領域を活用していることが観察されました。

 

さらにBoller教授が共同で行った別の研究では、教育年数と灰白質の体積、記憶課題時の脳活動の強度との間に関連があることが示されました。

 

これらの結果は、教育が単なる知識の獲得にとどまらず、脳構造そのものに影響を及ぼす可能性を示しています。

 

  

脳を刺激する楽しみ方:「Engage」研究

同様の観点から、カナダの「Canadian Consortium on Aging and Neurodegeneration」が実施しているEngage研究も注目されています。

  

この研究は、高齢者が楽しみながら脳を刺激できる余暇活動を取り入れることの効果を検証するものです。

 

Engageは、記憶戦略や注意力訓練といった形式的な認知トレーニングと、音楽・外国語・ビデオゲームなどの構造化された余暇活動を組み合わせたハイブリッド型介入を採用しています。

 

このアプローチは、現実の生活環境に近く、楽しく持続可能である点が特徴です。

  

初期の結果では、こうした自然な活動によって得られる効果が、従来の反復的な記憶訓練プログラムと同等の成果を上げる可能性が示されています。

 

これは、認知症予防のアプローチを根本的に変える可能性を持つ画期的な発見です。

 

 

第二言語学習がもたらす脳への恩恵

  

Boller教授が率いるUQTRのNeuroÂge研究室では、さらなる実践的研究が進められています。

 

同大学のPaul John教授(現代言語・翻訳学科)およびSimon Rigoulot教授(心理学科)との共同プロジェクトでは、高齢者が第二言語として英語を学ぶことが脳機能に及ぼす影響を検証しています。

 

授業、チュータリング、認知テスト、脳波(EEG)測定を組み合わせた独自のプロトコルによって、言語学習がどのように脳の活動を変化させるかを分析しています。

 

初期結果は非常に有望であり、人生の後半からでも知的挑戦を始めることで脳機能が実際に改善する可能性が示されています。

 

この研究は、加齢による脳の可塑性(柔軟性)が思った以上に高いこと、そして「学ぶことに遅すぎることはない」という希望を与えてくれます。

 

  

健康な脳を保つために

Boller教授は、良好な認知健康を維持するには「アクセスしやすく、意欲をかき立て、かつ知的に刺激される活動」の組み合わせが不可欠だと強調しています。

  

認知予備力は固定されたものではなく、日々の経験と学習を通じて構築されるダイナミックなプロセスです。

  

科学の進歩により、私たちは加齢とともに失われがちな脳の健康を守るための具体的な方法を手にしつつあります。

  

知的活動、社会的つながり、そして楽しく学ぶ習慣が、老化を超えて脳を若く保つ最良の武器なのです。

 

 

まとめ

・認知予備力は、加齢や病変による脳のダメージに対する「耐性」を示す概念であり、生涯を通じて育てることができる

・教育、社会的交流、音楽や語学学習などの知的活動が、脳の柔軟性を高めて老化を防ぐ鍵となる

・Boller教授率いるUQTRの研究は、「人生のどの段階からでも脳を鍛え直すことが可能である」ことを科学的に裏づけている

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